第212話 奇行過ぎるオカエリナサイ
本物のファウナ・デル・フォレスタ当人から生存報告を二年半越しに受けたフォレスタ家新当主ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。
さらに新当主の護衛を担うラディアンヌ・マゼダリッサとオルティスタの二人。
驚き・呆れ・怒り・歓喜……そして涙。
滝の如き勢いで喜怒哀楽を流す私達の信じた女神。
ファウナ・デル・フォレスタは死してなお、ド天然であったと思い知らされた。
双子の姉ゼファンナ、散々振り回された心境。『どうして連絡しなかったのよッ!』と怒気転じて笑うより他ない。
──二年半前。
『Will you kill me?』
『Umm…Sure.』
──現在。
『Sorry,living I’m fine.』
途方もなき支離滅裂。付き合った姉は偉大。『I did my best.』と自分を褒め千切る算段決めて此処までやり遂げた。
加えてゼファンナは今や、妹の扱い良く知り得た最大手。真実の女神を掌で転がす術を熟知している。
▷▷全く……貴女は二年経っても相変わらずなド天然よね。処で一度此方に戻って来ない? 皆だって貴女の事、心配してるわ。
ゼファンナ、再び風の精霊術・言の葉を用いる。『皆、ファウナの元気な姿が見たい』妹の情に訴え掛ける最初の仕掛。
然し語るまでもなく危うき行為。
もしこの場に二人の女神が居る事実を露呈しようものなら元の木阿弥。
▷▷……えっ?
黒服の妹、戸惑う顔で暫く静止。
浮かぶ大切な友達の笑顔と涙。ファウナ自身、皆に健在ぶりを示して安堵させたい。
Meteonellaの力で誰の意識を最後に消すのか。散々悩んだ挙句、デラロサ隊長が送信した仲間達の声を聴き、涙溢れた思い出蘇る。
言葉だけじゃ足らない。触れて、抱き締め、共に歓喜の泣き笑いで踊りたい。
ホロリッと自然に落ち往く涙。──逢いたい、皆に。ファウナの心に湧き出す泉。
▷▷そ、そうか……。う、うん、そうだよね。でもどうやって戻れば……。
体裁より本音を選んだ妹。
だが此処は黒海に浮かぶ浮島。誰にも悟られないよう、あの島へ帰るにはどうすれば良いのか。
▷▷──忘れたの? ふふっ、天才過ぎるお姉ちゃんに任せなさい。デラロサ達もそこ居るんでしょ? 出来るだけ寄り添いなさい、後は私が全部やるから!
たわわな胸をボフッと叩く音。姉には妙案が在る。いや、妹とて見知ったやり方だと言い切るゼファンナ。
ゼファンナから言われるがまま、ファウナを真ん中に互いの身を寄せ合うデラロサ夫妻。
ファウナ、記念撮影する様な笑顔でアルとマリーの肩を抱く。
夫妻は長い捜索により溜り重ねた体臭と、ファウナに躰預ける恥じらいで顔を酷く紅潮させた。
「済まない、俺は此処に残……!?」
独りだけ空気を読めない青過ぎる男、レグラズ・アルブレン。
ジト目で見つめるファウナ達。
折角己が城へ戻れたのだ。『俺は浮島に骨を埋める覚悟。この危うい島が沈んでも共に逝く』語る迄でもなく周囲は理解を示すと確信していた。
グィッ。
「我儘言ってんじゃねぇ事務方ッ! 覚醒者の手前だけ残すとか絶対在り得ねぇッ! 最後の最期までファウナの護衛を全うしやがれッ!」
青い軍服の胸倉掴み唾散らすアルの無愛想な友情。唾と口臭の二重攻撃受けて辟易せずにいられぬレグラズ。
何時の間に自分は女神の護衛任務を仰せ遣った? 堅物なる軍人が女神の付き人? 引き受けるには生き方すら変えなきゃならんと眉を顰める。
「──レグラズ・アルブレン。どうか私からも御願いします。二年半、貴方が居てくれた御陰でとても心安らげたわ」
「──ッ?」
女神から何とも穏やかな気持ち抱かせる微笑みと所作を受け、堅物の決心が大きく揺らぐ。
当然、荒波に揉まれる苦痛の揺らぎではない。神々し過ぎる存在から頼られる幸福。無垢な少年めいた感情が自分に残ってるとは知らなかった。
グッ……。
レグラズ、顔背け戦友の背中に自分の背を預ける密着。
──さらば浮島、俺も馴れ合いと共に余生を歩もう。
レグラズとアルの不器用な男の友情。ファウナに懺悔し続けたマリアンダの目が、元同僚同士の馴れ合いを見てようやく和む。
「帰ったら皆でお風呂に入りましょう。私の地元なら良い温泉があるわ」
あのファウナから、驚き過ぎる裸の付き合い宣言飛び出す。人知れずな深夜を態々選び入浴していたあの頃が嘘の様。
『それってまさか、この面子って意味じゃねぇよなぁ!?』
文字面通りの男女水入らずを妄想し、ことさら真っ赤に染まるアルとレグラズ。ファウナ以外、戦場の付き合いしか知らない三名。マリアンダ、遂に女性らしき和らいだ笑顔を見せた。
フォレスタ家当主の広過ぎる部屋では、部屋の主が「オルティスタ、それ貸して」軽い口調でアーミーナイフを一振り借り受ける。
さらにスッと右手首にそれをあて、驚く姉貴分二人を尻目に血染めの魔法陣を絨毯の上に描く。描き終えるとスカーフで切り口の上を固く縛り止血した。
「さあ行くわよ──『生物召喚』」
嘗て屍と化したエルドラ・フィス・スケイルを宇宙から引き寄せた術式。生物召喚、術者の血で描いた魔法陣を用い生物を自分の元へ誘う。
浮島の隠れ家から光の礫に転じてやがて失せ往く4名。同じ輝きが魔法陣の中心に集合し4人の形を成してゆく。
森の魔導に於ける真祖であり、自ら魔導書に記したファウナが未だ成し得ぬ術式。
だから知らぬ訳がない。然し行使してない術、言わば忘却の呪文なのだ。
「ふぁ、ファウナさ…ま」
──ぐっ。
女性向けの黒いスーツを着ているだいぶ大人びたファウナと目が合い、声より先に驚喜で震えるラディアンヌ。
隣でオルティスタ、歯を食い縛り必死に涙堪えて赤に転じた目を思わず逸らす。
「うわッ、きゃあぁぁぁッ!!」
感動の再会と涙の抱擁が始まるかと思いきや、背後からムンズッと抱かれあらぬ場所を掴まれ、さも女性らしい悲鳴を上げるファウナ。
姉ゼファンナの行き過ぎた悪戯。ガッツリ両手で妹の女処を採寸しきってさも満足げ。ニタリッと口角上げる。
「ちょ、ちょっとォォッ!! な、何なのよもぅッ!! レヴァにだってその先は許してないのにィッ!!」
ファウナ、一挙に染まった赤ら顔。両腕で胸抱え、床に崩れ落ち姉に大声で訴えながら恥じらう。短いスカート捲れ黒パンスト履く太腿が妖しく乱れる。
『レヴァにだってその先は許してない』
何気に昔の愛なる育みを吐露する恥ずべき発言。ラディアンヌの脳内で響き渡りて愛の誘爆を生む。ゼファンナ以外の連中も驚きで帰宅の御挨拶が吹き飛んだ。
「ふふっ……良きッ! 何とも良き感触ッ! 背も此処も二年でしっかり成長したわね!」
両手の動き危う過ぎるゼファンナ。自らの手に残る感触を反芻しながら独りにやける。
──せ、成長? 嗚呼……何と御立派に成られて。ラディは大変嬉しゅうございます。
すっかりラディアンヌが釣られ、ファウナが隠した谷間を視界の端で覗き込む。従者というより最早乳母の心境。
「身長もこっちも私と……。いんや、何でもないわ。兎に角これで私は卒業出来る」
背丈は丁度自分と同じ位に伸びた。手ずから採寸したモノは……。ゼファンナ、口を噤んで話題を挿げ替える負け惜しみ。騒乱を招いた真なる理由をこれより体現するのだ。
ザクッ。
「え……」
何とゼファンナ、手首の次は己の長く美麗な金色の髪を惜し気なく斬って捨てた。意味ありげな『卒業』の二文字と共に。
これには自分の成長したモノを鷲掴みで奪われたファウナすらも茫然自失。全てを見透かす蒼き瞳も見抜けない姉の奇行。
「髪も切ったし、緑に染めるわ。私のファウナごっこ遊びはこれで終いよ」
ファウナの名を返上する機会を窺ってた姉。魔導書に記された緑髪、翠眼を抱く森の女神像を驚く妹へニヤリッと嗤って押し付けた。
「え……ファウナに戻れと言うの? ゼファンナ姉さん?」
森の女神の自画像を残すべく、絵師に描かせた緑色の肩まで伸びた髪を抱く少女の絵を見せられファウナは蒼き瞳を多分に見開く。
正式名ファウナ・デル・フォレスタが『ファウナに戻れ?』と傾げる異様。然も世界的には死去扱いのゼファンナ・ルゼ・フォレスタに『ゼファンナ姉さん』と続ける当たり前。
最期の審判事件以来、黒服・蒼服・黒い女神の代行者・偽りの姉&妹……。挙げ出したらキリない双子の異名なる異様。
ガタッ! ゼファンナが机の引き出しを無造作に引っ張る音。
「えっと……。あ、在ったぁ。コレコレ」
やけに楽しげな様子。大きい瞳を指でさらに広げ、両の目に対し同様の仕草。次いでに口紅も引いてる模様。さらに下の大きな引き出しからも何かを取り出す。
「じゃーんッ!」
「ええ……う、噓ん」
ゼファンナ……だった女性が緑の瞳に転じた姿をさも見せびらかす。緑色の短い髪、取り合えず緑のウィッグを頭に被る。その上、緑の口紅という念の入れ様。
化粧……。女は殊更化ける才能秘めた生き物。即興でも知らない女性が異空間から召喚されたかの様な絵面。衣服も変えればいよいよ別の女。
ファウナ困惑、まさかカラコンすらこの日の為準備してたと知り、引き気味な真顔で受けるしかない。




