第19話 極々普通の女の子なの
連合国軍は、その総力を結集しエルドラ・フィス・スケイルの捜索に尽力していた。地球の衛星軌道上に浮かぶ偵察衛星。
もうとっくに保守切れの旧式から、最新鋭の物までその全てを稼働させている。しかし何処とも知れぬ者を対象に、地球上全体を捜索範囲とする。
余りにも常軌を逸した探し物だ。それに映像で晒したものが本来の姿であるのか? ただのAIに作らせた動画であることも充分に想定出来る。
あのニュースソースが全て真実であるのか?
先ずはそこから特定する必要がある。あれ程大々的に全世界へ向けて発信したというのに回線、サーバ、それら全部が一切特定出来なかったという異常事態なのだ。
「──デラロサ隊長。何故偵察にも参加せず、その様な骨董品の改修に付きっきりなのでありますか?」
この間、手も足も出ず完全敗北を喫した試作機。グレイアードの改修作業。バルセロナの旧式な格納庫という何とも古びたコンビで行われていた。
「このグレイアード、お前さんの正式採用機に唯一勝る点がある。これが何だかマリー、お前に判るか?」
愛機グレイアードを会心の笑みで見上げたままの姿勢でアルがマリーに質問を投げ込む。
「ハァァァ……簡単過ぎて質問にすらなっていません。小型かつ軽量。後は機動性さえ向上させればそれで良い」
大きな溜息を吐きながら返す。『あと、隊長の腕もです』という本音は取り合えず飲み込んでおく。
「その通りっ! 流石俺様のマリアンダは賢いなあ……ヨーシヨシヨシ」
「それ良い加減止めてくれません? 私は確かに大尉の忠実な部下ですが、決して犬ではありません!」
またしても髪の毛を愛犬の様に撫で回され、ただの女として抵抗するマリアンダである。
「探しても無駄だと俺様の頭が言ってる。要は黙って出て来たとこをモグラの様に叩くのさ」
ひとしきりマリアンダ・アルケスタを遊び倒し、満足したアル・ガ・デラロサ。自分のこめかみを指してようやく最初の質問に応じ始めた。
「いずれ黙っていても第2波があると? それは確かに道理です。しかしまた被害が拡大するではありませんか」
さも当たり前の答え──アルケスタ少尉としての無能を自ら露呈していると思わざるを得ない。
だがそんなマリーの意図を汲み取ったのか? 踵を返し好きな部下の両肩をガシリと掴むアル。
不意を突かれたマリアンダの吊り上がった眉が戸惑いで下がる。
「マリアンダ──。お前だってシチリアでの戦闘経験で確信しているだろ? アイツ等だって充分異常者だったことを。後から出てきた野郎の場合、それに超が付いただけだ」
そんなの、今さら男にも隊長にも言われるまでもない。
「だ、だからこそ最優先事項なので……。アル? まさか貴方?」
「ただの俺様の勘だ。シチリアも、星を落としたアイツさえも、力の根源は同じだってな。ま、でなきゃあんなふざけた力、説明がつかねえってだけなんだけどな」
最後は根拠のない想像。頭を掻いて自分の無能を肯定して見せるアル。「マリー、お前やっぱり俺との相性最高だな」と背中をポンッと叩く優しさで話を締め括った。
◇◇
一方、湯浴みという平和に興じているファウナ達一同。
ディーネのお風呂マナーを押し付けられ、仕方なくハラリと、体に巻いたタオルを落としたファウナである。
「Va……bene?」
まだ湯船はおろかシャワーすら浴びていないというのに、さらに顔を上気させたファウナである。思わず母国のイタリア語でディーネに返す。
「おおぅ──。きゃ、きゃっわいぃぃぃっ!! 如何にも恥ずかしくて大事な所だけでも必死に全身で死守する仕草も加点で100点満点っ!! もぅ最高にCuteよ、ファウナちゃぁぁぁんっ!」
ファウナの状況をジックリと見つめ、やたら早口で捲し立てるディーネ。立てた親指を突き付ける。ファウナの状態説明はこの台詞が全てを物語っていた。
「嗚呼ンッ──め、女神……さ…ま……」
「お、おぃッ! ラディ、風呂で気を失っちゃァァッ駄目だァッ!」
──もう辛抱堪らん! この私ですら、見たことないのに!
首が勝手に仕事してファウナの全身を隈なく見てしまった女が此処にも一人。彼女の事を心から愛して止まないラディアンヌである。
気が遠くなりそのまま湯船で轟沈仕掛けた相棒をオルティスタが慌てて支え、その肩を荒っぽく揺すり「気は確かか!」と訴え続ける。
「そ、そ、そ、そ、そんなことない。──いえ、ありませんっ!!」
「ふ、ふふふっ……。そういえば未だ身体洗っていないよねぇ。このディーネお姉ちゃんが懇切丁寧に洗ったげるわ」
これまでどんな敵に相手にも怯まなかったファウナ・デル・フォレスタが後退りせずにいられない。
目つきが別人と化したディーネなのか、もう良く判らぬ者が、両手両指を怪しげに動かしながら迫り来る。
「め、目が何だか怖いし、その手つきも妖し過ぎます!!」
自分で落としたタオルに足を絡ませ滑ってしまうという、実にらしくない愚を犯すファウナ。大理石の浴場に尻餅を突いたままの姿勢でさらに身を捩りながら後退る。
「大丈夫、大丈夫……。ただ洗うだけだかんねぇ」
滑った事でより動きが緩慢と化したファウナ。『もう何処にも逃げられないよぉ……』ってディーネの顔に書いてある。
思わずブルッと震えるフィルニア姫。
またも昔を思い返し身震いしたのだ。『フィルニア姫ぇ……私めが鄭重に洗って差し上げますわ』とされた一部始終が脳裏をよぎる。
「ちょっと待ったァァァァッ!! 幼き時分から長年御世話してきたこの私ですら、そんな御奉公した事ないのよぉぉぉッ!!」
ザッバーンッ!
もう我慢の限界。湯船から跳び上がり、自分が相応しいことを主張し始めるラディアンヌが邪魔をする。あの鄭重な言い回しが完全に崩壊した。
「ららららら、ラディアンヌ!? おおおお落ち着いてぇ!?」
ファウナという憐れなる子羊を襲う獣が二つと化した。浴場の隅に追いやられ半泣きな顔で震えることしか出来ないファウナ。
そんな妹分を見ていたオルティスタが、ふと場違いな事を思う。
──魔導書のないあの子、何て普通の女の子だろう……。
極々当たり前な事実にちょっと噴き出しそうになったが、これは放っておけぬと仲裁をかって出る。
「待った待った二人共! 完璧に目が人捨ててやがんぞ!」
「お、オルティ……た、助けてぇ……」
自分の背後で本当にただ17歳の少女と化したファウナから、蚊の鳴くような声で助けを求められ、悪い気のしない長女である。
「ハイハイ、じゃあこうしよう。ラディが右側、ディーネは左側。俺の見張り付きでファウナちゃんを洗ってやる。無論、荒っぽいのはNG!」
「……み、右ィィ…」
「ひ、左側ね。良いわ、譲歩してあげる!」
「え、え、……嘘、でしょ?」
最早何かに取り憑かれたかのようなラディアンヌ。ファウナの右半身だけを喰いいる目で見る。
一方、ニタァと悪顔で逆側を眺め倒すディーネ。
──え、え、待ってぇ? 結局私洗われちゃうのぉぉ!?
全く以って救って貰った気がしないファウナである。この後、二人の女性から、それはそれは寛大に、気が済むまでお人形ごっこ遊びに付き合わされた。
──近頃魔法とやらで随分良い気になってるからな。たまにはこういう普通の触れ合いもさせてやれ。
普通と言うにはだいぶ過大解釈が過ぎる気もしなくもないオルティスタの采配であった。