第210話 慟哭の再会
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。
最期の審判を遂に受け、世界的にはKilled in action: KIAと化した。
生き残ったファウナ・デル・フォレスタとその仲間等も世界を混沌に貶めた関係者とされ、ファウナ代表は、連合国代表と正式会談を設けた。
そして魔導の全排除と武装解除を固く約束すると共に、自分達総じてアドノス島・ラファン自治区(旧:エトナ領)で隠居生活を送る約束にも署名。
これで如何にか世界を騒乱させた一連の事件も終結に向かう糸口を掴めた。またリディーナ博士を更迭。連合国軍へ技術提供の名目で彼女を派遣した裏取引が連合国との譲歩に繋がった。
連合国軍元総司令による人減らしがあったとはいえ、人々から廃棄される星の屑無効化についてリディーナ博士は、生涯眠れぬ日々を送るに違いない。
また、リディーナ博士と失われた現人神を惜しみなく支援したア・ラバ商会の商品棚から、兵器の二文字が完全に失せた。
マーダ亡き今、何処の勢力にも与しない形に転じた褐色の神聖術士、パルメラ・ジオ・スケイルとその息子ジオ・スケイル。
母子は不死鳥を生んだエドル神殿で余生を静かに送るとゼファンナ達と約束を交わした。これにてエドル神殿は、不死鳥の聖地と化した。
──そしてファウナ最期の審判から凡そ半年が経過した。──
歴史の表舞台にだけ通用する報道なぞどうでも良いアル・ガ・デラロサ。
彼自身、妻マリアンダ・デラロサと共に、ラファン自治区に在る深い森の中に建てた小さな新居で隠居というより幽閉生活の詰まらない日々を送っている。
何しろ彼は元連合軍のエース級。武装解除1番手な存在。真っ先槍玉に挙げられるが必然。
ガディン・ストーナーに続き、俺達のファウナすら手に掛けた妻。
ファウナ殺害後、故意ではないといえ、暫く不仲になり掛けた。それ程ファウナ神の存在は彼の中で大きな重さを占めつつあるのだ。
然しそもそもガディンの時と異なり、殺意は全く無かった。その上アドノス島を逃れられない生活とあっては、元鞘に戻る以外の選択肢がない二人であった。
この幽閉生活、当然の事ながらデラロサ夫婦に限った話ではない。
ファウナ・デル・フォレスタの元配下は全て同様の扱いである。
ラディアンヌとオルティスタ。ファウナの御付きはラファンの森にて新たに建造したフォレスタ邸の護衛任務に出戻りした。
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ改め、本名『ファウナ・デル・フォレスタ』と共にラファンの森人達と静かに暮らしている。
元ヴァロウズNo6チェーン配下の5人は、フォレスタ家指揮の元、フォルテザ復興に尽力している。
特にチェーン・マニシングの機械生命体変身能力は高く買われた。意図せず牙を奪われた狼だが意志を持った巨大な建築機械は評価されて然るべきといえる。
レグラズ・アルブレンだけは消息不明。連合国にはMissing in action:MIA扱いで報告。
実の処、あの最期の戦い以来行方が知れない。まさか瓦礫の下敷きにでもなったのか。
アルは全くそうは思わない。『奴は浮島出身の爪弾き者だぜ。きっと浮島の如くユラユラしてるさ』と適当な法螺を吹いている。
行方知れずと言えば最も肝心要な人物の居所が未だ不明。
言うまでもなく真実なるファウナ・デル・フォレスタの行方である。
姉ゼファンナは、最期の審判作戦を妹から提案された際、以下の話を聞いている。
『私は死にたくても死ねない身体になったわ。意識は女の勘頼みだけど10年位、マーダに支配されずに済むと思ってる。それに支配されても閃光だけは私と母で生涯封じるわ』
この確約があったからこその偽りの審判作戦遂行であった。依って真実のファウナは、必ず何処かで生きている。深い森に潜む数多なる伝承と共に。
然し生き延びてるなら逢いたいと思うのが人の性質。それに何時息を吹き返すか定かでないマーダを抱えたまま消息不明は余りに危険過ぎる。
もしアドノス島以外の何処かで復活し、好きに暴れられては大層努力して成し得た連合国との約束を違える災厄を呼び込みかねない。
フォレスタ家新当主、ファウナは暇してるデラロサ夫妻に妹の捜索任務を依頼。『待ってましたッ!』と膝を叩き、『見つかるまで決して戻らん!』と啖呵を切ったアル。
それから二年間、デラロサ夫妻のファウナ捜索は続いた。
何しろ森の女神様。荒れ果てた世界とはいえ、未だ隠れ蓑たり得る森は世界中に存在する。それらをたった二人でアテなく探す果てしない旅路。
真実のファウナは死亡扱い。然もこの両名とて本来ならアドノス島を抜け出す事まかりならぬ。だから隠密が如く、二人だけで探索するより他ない。
それでもデラロサ夫妻、決して絶望せず金髪で蒼い全てを見透かす瞳を抱く女性を捜し彷徨うのを人生の糧であるかの如く、実直に追い求めた。
初めて報酬以外の喜びを与えてくれた森の女神候補生。
俺等が彼女を追い詰めた。そんな自責の念も抱いた上での行動。
毎日毎夜の寝床でさえも天幕と寝袋ばかり。その日も人知れぬ山中で寝た翌朝の事。
──ハッ!?
目覚めたマリアンダ・デラロサ。隣人は無造作に投げた寝袋を抜け出して不在。夜空白む早朝。朝露濡れたテントのジッパーを開き、表へ出るマリー。
夫は天幕の外で、湯沸かしをしている。目覚めの一杯を飲んでいた。
「よう、飲むか?」
「は、はい……どうも」
夫婦に成ってもう4年目、未だ上長相手の癖抜けないマリアンダ。豆の種類などどうでも良い温かみを受け取り、椅子代わりの岩を軽く拭いてから座る。
「アル、夢を見ました……タロット使いが笑ってました」
黒い液体に目を落としたままの姿勢で夢語りを始める。
何せ特別な出来事がなさ過ぎる日常。夫婦の語り草のネタすら尽きそうな二年間。夢の話の一つや二つ、話題に挙げても不思議ではない。
なれど『タロット使い』という興趣そそるWord。それに妻の言い淀みぶりが寝惚けた夫の意識を起こす。
「──黒い女神は浮ついてるわ。それだけ言って消えました」
顔を上げ、いつになく真剣な眼差し向ける妻の台詞。彼女は完璧なる正解を告げたつもりだ。
夫の顔色一挙に変わる。ガタッと音立て立ち上がりたい気分を必死に押さえ込む。
兎に角夫婦は思い当たり過ぎる節目指し、即座に行動開始した。
旅客機は勿論、ア・ラバの支援も受けられるまま、嘗て一大決戦を演じた思い出の黒い海を静かに目指す。
エンジンの掛からない腐った鉄馬を修理し、燃料切れるまで駆ける。野に放たれた馬を半ば無理矢理乗り熟す時もあった。昼夜寝る間も惜しみ、最後は自分の脚だけに頼る。
「ハハ……嘘みてぇだな。彼奴まだ浮いてやがる」
遂に辿り着いた黒海。
占い師の微笑み、未だそこに浮いていた。
筏を組み、海を渡る無謀。何なら泳いで渡っても一向に構わないのだ。
あの場所に縋る想い出が微笑んでいるのならば。
双子の魔導士が核の魔法を互いにぶつけ合った場所、浮島。兵器的な物は見る影も無い。塁壁さえも残っていない。
こんな目立ち過ぎる僻地に人など本当に居られるものか?
必死の思いで手掛かり探すボロボロ過ぎる夫婦。
カンッ。靴が踏んだ地面の音。あからさまに土とは異なる響き。
無我夢中、素手で周囲の土埃を振り払う。指先1本入りそうな穴、見つける。
ギィ……。上でなく下に開いた。
恐らくこの小さ過ぎる穴に辿り着けねば、上方へ無理矢理開けられない仕掛け。
怪し過ぎる隠れ家じみたカラクリ。デラロサ夫妻の期待高まる。
暗闇へ真っ直ぐ伸びる梯子。降りた途端、何者かに撃たれても文句言えない状況。慎重さと裏腹な昂ぶりを抑え込みながらゆっくりと降りて往く。
スチャッ。
背中に拳銃を向けられたであろう音。両手を挙げる夫婦。
「──随分遅かったな。連合のエースも随分腕が落ちたものだ」
待ち人は確かに居た。聞き覚えある高飛車な男の声。確実に見知っている人物。されど当たりではない。
元浮島の司令官。青過ぎる男、レグラズ・アルブレン。驚天動地の出迎え、アルの背中に拳銃を突き付け冷たい再会の御挨拶。
「…………お帰りなさい。アル、マリアンダ」
温かみ溢れた女性の声、失望のどん底だったデラロサ夫妻の胸を優しく穿つ。我が家じゃないのに帰宅を喜ぶ言葉。
──無理だ、もぅ堪えらんねぇよ……。
「ふぁ、ファウナ。や、止めろよこんな出迎え。──と、歳取るとなぁ……。やった…ら涙、もろくなっちまうんだ」
漢泣きして崩れ落ちる。最早辛抱堪らぬ二年半越しの慟哭。妻も同様、戦士の皮脱ぎ捨て子供の様に泣き喚く。
『──いずれまた逢いましょう』
あの時の約束。変わらない優しみの笑顔浮かべ、これ迄抱え込んだ夫婦の罪悪を見透かし、抱き締める様、包み込んだ。




