第209話 偽りなる最期の審判
ゼファンナ・ガン・イルッゾ……。
否、ファウナ・デル・フォレスタが姉ゼファンナ・ルゼ・フォレスタの仕掛けた魔法陣で底上げした森の束縛に拘束された。遂に迎える最期の刻。
ファウナ、自身をマーダに取り込まれたゼファンナだと定義。森の女神に扮した姉の手で己を始末させる流れを計画。
世界をしらみ潰しにした星の屑、その元凶を生んだ黒い女神の罪を全て背負う覚悟。
こんな大罪人を偽物の女神が断罪する景色。世界中に見せ付ける事で、生き残ったファウナと、彼女に連なる者達の正義を盾に安寧を狙った次第。
今、正にその刻が訪れようとしている。
一方、SNSを世界の総てだと胡坐を掻いて観戦してた連中とは異なる目線で、この様子を捉えている大層身近な人達が居る。
レヴァーラとファウナがこよなく愛したフォルテザに住む人達。さらにフォレスタ家と幼きファウナを尊ぶエトナに住む森人達。
レヴァーラが用意した地下シェルターに避難してるとはいえ、SNSな連中とは一線画す存在の彼等。これ迄最も近しい位置でファウナを尊敬し、支え合いつつ生きてきた。
──あの宙に吊るされてる方がフォレスタ家の御息女ではないか?
此処に避難する手伝いしてたディーネの腰をさもやらしい気分で触ったセクハラ老父。御付きのラディアンヌ&オルティスタより付き合い長い隣人の目は誤魔化せない。
良く似た双子だからこそ余計に目配せしたこの老人。
ファウナ御嬢様のスリーサイズも当然把握済。孫の如く目を懸けた御息女が、あろうことか偽物の手で引導を渡されようとしている。
この老父は事情をまるで知らない。全く以って訳判らぬ仰天の出来事。黙ってられる道理がないのだ。
地下道を必死に走る老人。腰膝痛い老化を置き去りにして、1番手近な地上へ出られるマンホールの蓋を開けようとムキになる様。蓋の上には街の瓦礫が重しを成してる。
「おぃこらぁッ! 誰か外に居らんか!? 此処を開けてくれぇぃッ!!」
ドンドンドンッ!
蓋を内側から必死に叩く老父。近くで戦意喪失してたアル・ガ・デラロサの耳に偶然届く。
「ア"ア"ッ!?」
絶望な重い腰を上げ瓦礫の山掻き分け、音の主を見つけたデラロサ。「面倒くせぇ」とボヤキながら丸い蓋を開けてやる。
埃に塗れた老父が飛び出す。肩怒らせ断罪待ちの宙吊りなファウナを指差す。
「おぃッ! こらぁ一体全体どういう事だァッ!!」
やる気ない若造の襟首掴み、唾吐き散らして軍服姿の男へ文句を垂らす。
「あれはファウナ様じゃろうがッ! お前さん何で黙って見ておるッ!!」
「煩い喚くなクソ爺。俺様の耳は至って正常。次いでに言えばとち狂ってもいねぇよ」
目が腐りかけた魚類の様なデラロサ。老人からの今さらな戯言、顔を背け聞く耳持たぬ体。
「全然意味判らんぞッ! ちゃんと説明せいッ!!」
「判った判った、先ずその手をどけてくれや。これじゃ話も出来ねぇ」
アル、正直心底面倒臭い。
何せ護るべき主人が自分達手駒へ何の相談もなく消える理由を語らねばならぬのだ。
『俺様は無能の評価貼られた軍属』
然も複雑怪奇な事情を説明して相手が納得するとは正直思えない。無自覚の正義を押し売る相手に身を入れて話が出来る気しない。
こんな些事より、せめて信じた女神の最後を見届けたいもの。尤もこの気分とて突然の来訪者が来る以前、現実全てから目を逸らしたい鬱なる思いの言い訳なのだ。
◇◇
「ふ、ふふ……ふふふっ、ぜ、全部消えて無くなりなさいッ!!」
Meteonellaの造り手であり、何の力も持ち得てなかったアンドロイド男性姿のマーダにレヴァーラという力を与えた真の黒幕。
知性持ち得たAIの構築者、サイガン・ロットレンを偽りの師と仰ぎ美味しい処を奪いリディーナ博士までのし上がった存在。
リディーナの居場所、何時の間に造ったかまるで不明瞭な薄暗い地下指令室。然も手元に光るは隠し持ってたミサイル群の発射ボタン。
「わ、私から……ぜ、全部奪った餓鬼に引導渡せるのは……わ、私だけよォッ!!」
指でなく怒りの拳でボタンを叩くべく奇声と共に振り上げる狂気。
ガッシィッ!
「──ッ!? り、リイナぁッ!? 何故貴女此処にィッ!?」
これ程強く手首を握られる経験は一度もないと感じるリディーナ。背後を取った麗しの美女を、瞳血走らせ眉間に皺寄せ狼狽えた態度で睨む。
「リディーナ、貴女は外部の私に色々示し過ぎた。それにこれ以上歴史を動かせる器ではない!」
美麗なる長い銀髪と絡み合う銀色を通り越した草臥れた白髪。
敬称も敬語さえも捨てた本音が、思い込み突き進めた天才気取りの背中を床に押し付ける。何と流麗なる一連の動き。これ迄後方支援だけに徹した女性の為せる技とは到底思えない。
リディーナ、歴史を動かせるのは一握りの天才。自分はそこに連なる一縷の存在だと身勝手を決めていた。
『貴女はもう充分過ぎるほど歴史を回したのよ』
『そうだな、これ以上は過剰。この場で歴史のページが開く様を共に静観するのだけ許す』
──ッ!? な、何ぃ? 今の意識!?
自分を押さえ込むリイナと違う男女の声音が鼓膜でなく、リディーナの脳裏に直接響いた。以前、天斬相手に苦戦したレヴァーラも確かに聞いた同じ声。
リイナの指摘もそうだが、言われる側からしてみれば随分勝手な断定めいた台詞。『歴史の審判資格は自分達が持っている』と言わんばかりだ。
兎も角リディーナ博士、相棒・人形・玩具全て取り上げられ途中退場決定である。
◇◇
舞台袖で様々な人の思惑が働いた事など知る由もない森の魔導極めた双子姉妹。
殺る側と殺られる側、両者の思いが悲哀帯びて交錯する。
「──『輝きの刃』!」
息荒い蒼服姿のゼファンナ。妹から受け継いだ杖先に光る蒼き玉から光束の刃を再び形成。いよいよ残り僅かの魔力。此方も下手打つと魔力切れで無駄死にの可能性大。
「マーダ、自らの呪われた運命を悔いて逝きなさいッ!!」
「グッ! こ、こんな馬鹿なッ! 我は真実の神に成れたと言うのにッ!!」
杖握る手に汗掻くゼファンナと、未だ最期の悪足掻きを演じるファウナ。心に余裕秘めたる方は殺られ役のファウナという皮肉。
──ふぁ、ファウナ様ッ!
──ほ、本当にこれで終わりなのかッ!?
『森の女神の御意思であれば御付きの自分は貫くのみ』
そんな強がり見せたラディアンヌ。妹分の気分に乗った姉御肌のオルティスタ。
他の連中も両の瞳に哀しみを湛えつつ、流れ出るのを必死に耐える。
他人の躰のみならず意識毎移り渡れるマーダの能力以ってすれば、死罪すら茶番と乗り越えられる。そんな気配を汲み取った故、ラディアンヌは決意した。
なれど愛しき左胸にゼファンナの輝きの刃が突き立てられる地獄の様を想像すれば身体震えずにいられない。
もっと良き終結が本当にないものなのか?
何故、実の姉が殺す様子を黙って見ていなけばならない?
僕等の女神は何も悪くない、何故こんなものを受け容れないといけないの?
──ふふっ……。
憐れ過ぎる形の自分を必死に凝視する大好きな仲間達へ真なる女神が僅かに緩んだ顔を贈る。
『アナタ達は何も悪くないわ。これは私の酷過ぎる我儘。──また、いずれ逢いましょう』
私は大丈夫、皆今まで有難う。後は堂々葬送って頂戴。全ての者に天然めいた優しみを注ぎ続けた女神が最後に手向ける和らぎの施し。
後に引きようがない蒼き輝きの刃が女神の胸元に触れる寸前。
──え……。
次の瞬間、ファウナ当人を含む、周囲の誰もが驚く絵面。身体中の力失い項垂れるファウナの最後。
確かにファウナの左胸貫いた証が裏の背中より赤いものを噴き出す。然も音無し故、遠目の分にはゼファンナ最期の審判が刺し貫いた様子に映る。
「マリィィィィィッ!!!」
アル、妻に向け怒りの絶叫。無線要らずで銃声代わりの様に酷く轟く。
「た、堪えられませんでした……」
マリアンダ・デラロサ、音無しの射撃。
泣き震え小刻みに首振るマリアンダ。彼女はライフル銃をファウナへ軍人の習性的感覚で向けていただけ。
他の連中が必死に堪えてる最中、彼女が握るトリガーの指先が勝手に動いた。『堪えられなかった』この一句にマリーの想い全てが集約。全く以って狙い撃ちではない。
やり方はどうあれ、ファウナ・デル・フォレスタに終焉が来訪した。
此方も遂に堪え切れず、涙流しながら勝ちどきの声上げるゼファンナ。
──新しき森の女神生誕祭、これにて終幕。──




