第208話 流転と漲転
明るさ溢れる魔女っ娘に変身したファウナ。自由に任せ、己が力を大いに奮う。
立て続けに蜘蛛の糸使いジレリノと、自由過ぎる機械生命体チェーン・マニシングへ無茶振り。
ジレリノが投じた蜘蛛の糸で拘束された偽りの姉。続け様に白狼とペガサスの異種間まみれたチェーンが荷電粒子の荒波流す情け無用。
然し黒い女神の代行者、ゼファンナ・ガン・イルッゾが新呪文にて森の女神勢を再び押し返す。
蒼服ファウナ・デル・フォレスタの森の爆炎に燻られ、見た目は酷く痛々しい。
黒いスーツはおろか、下着さえ炎の餌食と化し穢れ知らぬ肢体を世界に晒す。されど軽い火傷程度で済んでる奇跡。
世界はイタリアの南に浮かぶ舞台演劇を一喜一憂。身勝手ばかりを口ずさむ。
『Black Goddess will destroy the world』
『Everything has disappear anyway』
『Destroy me, that is salvation』
『Black one wins』
『That black chick who is the most erotic!』
連合国軍に散々打ちのめされても世界のいい加減さに陰りは見えない。所詮携帯端末で観るだけの過激なショータイム。今夜の寝床すらどうでも良い輩。
やんややんやな対岸の火事。自暴自棄の群れ。ええじゃないかと踊り狂う阿呆共。
明日を捨てた連中は、やたら黒を推したがる。漆黒の女神様が全てを無に帰す地獄を欲する。
正義の味方が大逆転する幼稚な奇跡なぞ観たくない。常に非情こそ現実。
戦場下の黒服ゼファンナと蒼服ファウナ。ふざけた呟きに耳も目も向ける気一切無い。
二人の思惑──。
──良い加減〆刻?
何度も述べるが元々台本ありきの争いなのだ。
蒼服ファウナは、大切な味方がこれ以上傷つく様を見たくない。
黒服ゼファンナの方は、引き際を如何にすべきか思考巡らす。
世界に歓喜と絶望、何れも与える気など粉微塵も在り得ない。終幕の伝承書き記した後、私達の見知らぬ所で永久に死んでくれ。
──流石に魔力が尽きるわ……。
蒼服ファウナ、偽りの姉から注がれた魔力。やはりEmptyが灯るのは此方が先らしい。
ジレリノとチェーンに笑顔で頼ってるのが何よりの証拠。自由は大層楽しいなれど、余裕秘めた笑いではなかった。
「──ロッソ」
「やらせませんッ!」
紅の爆炎を決めようとした黒服ゼファンナと交錯するラディアンヌ。己の傷口より滴る血飛沫の目潰しと飛び膝蹴りの突貫狙う。
「見え透いてんのよッ!」
黒服、紙一重で避けたつもりが頬を掠り切られ唖然。
ラディアンヌ、己が信じる女神様の底尽きを気配で悟る。金色の閃光決めた黒服に届かぬ事など百も承知。だが魔法を好きにやらせはしない。
読みが鋭い女武術家だけでなく、他の連中も蒼服のファウナの終わりを肌で感じる。
自分の機体を膾に斬られ、脱出したディーネ。同乗者のフィルニアも共に離脱。なれど無償で折れるほど御人好しではいられない。
自爆スイッチ起動、水の精霊と風の精霊総動員させ、仇へ飛ばす無情なる様。
ズッガーンッ!!
「グッ!?」
苦悶の表情で吹き飛ぶ黒服。
否、最早衣服の黒が失われつつあるゼファンナ・ガン・イルッゾ。髪は金色、目の色は地中海思わせる蒼。加えてシチリアのビーチ育む白い肌。砂漠化の如き拡がり魅せる。
黒い女神の代行者として失格の烙印押されかねないあられもない姿。然し今は姿形を気に病んでる場合ではない。
他の森の女神勢も傷の具合を気にせず、偽りの姉へ一斉に襲い掛かるのだ。攻撃が届く希望はハナから捨ててる面構え。
もう二度とゼファンナに希望の光を決して与えぬ。さすれば私達のファウナが必ず決めてくれる。
追い詰められた肌色のゼファンナ。古代ローマ人を彷彿させるトゥニカをビリビリ破った布切れが載っているだけなメロスを思わせる。
見た目こそ風通し良いが、いよいよ涼しい顔などしていられない。奔れゼファンナ、死刑台に笑顔で登り詰めるべく。
「──『漲転』!!」
広げた両掌を天高く突き出す偽りのゼファンナ。得体の知れぬ液体が彼女を中心に間欠泉の如く一挙に噴き出し、森の女神勢を混濁の渦に巻き込む異変。
──漲転!?
己が耳を疑う蒼服のファウナ。事象反転の術式流転に響きこそ似ているが、妖しい液体を周囲にぶち撒けてる以外実の処、味方は一切被害を受けてる様子がない。
蒼服に取って何より驚きなのはこの呪文。魔導書に書き記されていない事だ。何て事ない仕掛け。流転記載の裏に炙り出しで記した森の女神の遊び心。
「……」
偽りのゼファンナ、自身もびしょ濡れになりながら何処かすっきりした様子。
流転でこれまで反転させた様々な事象。実は行使する度、術者の心の内側へ脈々と蓄積され続けていた。
漲転は酸いも甘いもヘドロの如く術者の心に沈殿したモノを吐き出すだけの術式。
見てくれだけは異様で巻き込んだ者共を、三途の川に流す脅威をもたらす。早い話、壮大なストレス発散。
流れ込んだ映像だけを鵜吞みにして、想像力を一切投げ捨てた世界の住人達は、さぞや生き地獄を見た気分に違いない。
▷▷──もう良いわゼファンナ姉さん。
風の精霊術、言の葉で心の声を真実の姉に届けたファウナ・デル・フォレスタ。
健やかなる妹の声に姉、覚悟の頷き。
これは事前に渡した台本通り。然し天然過ぎる妹、自分がどういう手順で消されるのか。全く以って知らない姉任せなのだ。
ブォンッ!
「──魔法陣ッ!?」
ファウナに扮するゼファンナを中心に瓦礫の下から途轍もない煌めきと共に出現した超巨大なる魔法陣。
恐らく失われたフォルテザの街をぐるりと取り囲む程の大きさ。
「こ、これは一体!?」
「フフッ……元々は太陽神に成ったマーダを稼働出来ないMeteonellaの代わりにすべく私が丹精込めて描き上げたものなのよ」
これぞ連合国軍所属のゼファンナ・ルゼ・フォレスタが仕掛けた太陽神退治用の壮大な罠。
真実のファウナ驚愕。続いて大層出来る姉上に称賛の微笑み浮かべる。
仮に妹が不出来であったとしても姉の準備は女性の旅行バッグが如く用意周到だったと思い知る。
「さあ覚悟なさいゼファンナ・ガン・イルッゾ! ──『森の束縛』!」
「──ッ!?」
此処でよもやよもやの森の束縛。術者の精神力が相手を上回なければ発現しても真っ先に千切られる拘束のツタ。
巨大過ぎる魔法陣の端から現れ太過ぎるツタが次々伸び、真実のファウナを雁字搦めに縛り上げる。天高く昇る磔台が完遂。
如何に敵が強大であろうとも、この巨大な魔法陣が収集する森の精霊達が術者の精神力を大いに底上げする仕組みなのだ。
裸同然のファウナ、最期の審判受けるキリストが如き様子。
心中だけ聖母マリアの様な総てを赦す微笑み浮かべる。
されどこれから磔刑に処されるのは、闇色の体現者。レヴァーラ・ガン・イルッゾとその血筋を継いだゼファンナなのだ。絶望の淵であっても悪役に徹底しないと意味を逸する。
「グッ!? こ、こんなふざけた物でぇぇッ!!」
偽りのゼファンナ、如何にかツタを引き千切ろうと大いに藻掻き苦しむ様を演ずる。恥らいの乙女として大層恥ずべき死刑台なのが唯一の辛み。
然し世界は瞬く間に騒然へ転ずる。
偽りの森の女神が仕掛けた恐怖の様に色を失う。あられもない偽りの姉の姿に色艶見出す不届きな輩は完全に潰えた。




