第207話 魔女っ娘ファウナと暗黒のゼファンナ
黒服のゼファンナ・ガン・イルッゾVs蒼服のファウナ・デル・フォレスタ。
これ迄も現人神の御使いと生きる軍の最高機密なる立場晒して幾度も美麗な火花散らした間柄。
然し最終決戦が正に互いの命賭けた舞台。
踊り子であった母の意志を引継ぎ舞い踊る二人の主人公。
躰も尊厳も投げ捨て黒服姿に転じた偽りの姉。強者過ぎるその振る舞い、黒礼服である服装が、世界中を敵と為しても決して揺るがぬ闇堕ち決めた修道女の如き危うさ帯びる。
溺愛したレヴァーラの如く、暗い面を曝け出しても『クスリッ』と冷笑出来る自分に泥酔した分を力に転じ戦う様。
神とは人間が縋る存在なれど、神自身は咎人も善人さえも平等に裁く容赦なき者。黒服のゼファンナ、唯一の仇に成れた幸せを噛み締め、口が裂けるほど口角上げる。
一方、蒼服のファウナ・デル・フォレスタは、想像以上の苦戦を強いられてる。
自分は妹より劣る存在。既に無関心な事実……然しこれ程劣勢に追いやられるは想像以上。不甲斐なき自分に取り憑かれる寸での際まで追い詰められた。
──な、何て気持ち良いのッ!
そんな闇に包まれた蒼服ファウナを乗せた白狼、チェーン・マニシングが荒れた大地を悠々自在に駆ける。
蒼服の少女に立ち込めた暗闇の雲が風と共に晴れ渡り、長い金髪が真横に荒れ狂う状況を、意にも介せず心地良い気分に全て預ける。
18年の人生に於いて蓄積された様々な嫌悪感を全て洗い流してくれる錯覚。
自由人が教えてくれた幸福。蒼服ファウナ、偽りの姉とは真逆の解き放たれた自分を謳歌する様。
「拾ってくれて有難うチェーン──自由ってこんなにも気持ち良いのね」
「ガゥ? 魔法使える癖にそんな事も知らなかったのか?」
自由の象徴たるチェーンは、蒼服の事を偽りなき存在だと信じ切る馬鹿正直。軍人……自由と正反対の人生しか見知らぬ少女の真実をまるで知り得ようとしない。
──妹と母が命投げてまで守りたいモノ。今なら私にも心底判るわ。
「チェーンッ! 私の脚に成って貰うわッ、Allright!」
遊園地で燥ぐ子供の様な蒼服のファウナ。歓喜迸る顔色のまま、己が馬に笑顔の鞭を入れる。
「おぅ! 何か良く判んねぇけどようやく吹っ切れたらしいなッ! 行くぜッ!」
ワォォォォンッ!!
吼えて跳躍するチェーン。
反重力装置?
ホバリング?
そんな無粋な物、巨大で自由過ぎる狼には不要。蒼服ファウナ、抱きかかえてくれる王子様は不在。だが白馬に乗る御姫様の気分。
そんな想いが通じたのか、白狼の背に突然生える白き翼。これでは白狼でなくペガサスを幻想させる。構いやしない、彼女はあくまで自由。神話にすら出番ない新たな生き物を造り往く。
「──『森の爆炎』!!」
宙で優雅を気取る黒服のゼファンナより高く飛ぶ。
飛び切りの笑顔で両手を振り、見知らぬ呪文を繰り出す蒼服のファウナ。絵本を飛び出した明るさと元気振舞う魔法少女の体現。
森の刃を木枯らしの如く黒服のゼファンナの周囲に巻き散らす。それを火種に無量大数の爆発を巻き起こす。ちっとも可愛げない魔女っ娘。
「何コレぇッ!? キャァァァッ!!」
これには黒い女神の継承者を演ずるゼファンナも茫然自失。びしょ濡れにされた黒いスーツを、今度は渦巻く爆炎で酷く焦がされる灼熱地獄。流石に涼し気な顔など出来ない。
──ぐぅ! ──『破』!
黒服のゼファンナ、逃げおおせるべく両手を広げ、連続する発破を同時に繰り出し後退。哀れ……煤汚れ破れた黒服。艶めかしい身体が見え隠れする悔しさ。
「キャハハッ! 何コレッ、愉しいぃ!」
白馬の上で大層跳ねて喜びを全身で表現する魔女っ娘ファウナが偽りの姉に向け舌を出す。
──性格変わったぁ!?
土壇場で夢見る魔法少女に挿げ変わる天然過ぎた偽りの妹。
尤も偽りの姉は、元々劇団黒猫切っての良心だった。此方も変わり身具合は、まるで人の事言えやしない。白から黒に転じたのだから余程タチ悪いのだ。
「やっちゃえジレリノちゃん!」
蜘蛛の糸使いジレリノ、可愛げなる御指名。
当然面食らうがやるべき事は誠実に熟す仕事人の鏡。煌めく糸を絹織りの帯が如く、黒服に伸ばし締め上げる絶技。
黒服ゼファンナ、あられもない姿晒す雁字搦め。世界の向こう側、男共はさぞや盛り上がっているに違いない。
「グゥッ! こんなの効く訳ないでしょッ!」
オルティスタから奪ったナイフに付与した輝きの刃を用い、瞬時の内に斬り裂き力を誇示する。然し余りに変身し過ぎた偽りの妹へ垣間見せる僅かな間隙。
「次々ぃッ!」
白狼の背を楽しげに叩く蒼服のファウナの次なる攻撃。ペガサスの様な翼広げ、宙に踏ん張り地獄の窯を開き黒光りの砲身向ける御情け無情。
ズギューーーンッ!!
「ひぃぃッ!? あっ──『流転』!!」
迫り来る……そんな余地など在る訳ない光速の熱線。流石の黒服もこれには仰天、狼狽えながら呪文名を叫ぶ。奥の手晒す流転。
中途で天に向けて捻じ曲がるチェーンの撃った荷電粒子砲。
魔女っ娘ファウナ、火遊び過ぎる。つい今しがた迄、黒服のゼファンナ相手に曇った目だった女子とはまるで別人。森の女神の真似事に過ぎなかった女性。気が付けば新たなる人生歩み出す。
圧倒的だったゼファンナ・ガン・イルッゾ遂に霞む。
魔女っ娘ファウナが森の魔導の基本術。森の刃の系譜と言える新呪文を満面の笑みと共に繰り出してから一挙形勢逆転。
黒服のゼファンナ、自分はあくまで敗北するべく此処に居る。
されどこのまま負け戦で終幕すれば笑い話にもならぬ。彼女は愛する黒い女神の代行者、脅威の悪役として歴史に名を刻まなければ母の胸元へ顔向け出来ない。
──足掻いて魅せるッ! 最期の間際迄ッ!
金髪逆立ち漆黒の気配立ち込める妖し過ぎる黒服のゼファンナ。彼女を中心に巻き起こる黒い渦。異次元の入口が如き近寄り難い存在感。
「──『斬り裂く爪達』!!」
黒い爪飾り真横に振るう。初めて扱う危険な呪文の香りと共に空を斬り裂く恐怖の爪痕が森の女神勢に襲い掛かる。
斬り裂く爪達──。
山脈を住処と為す伝説上の生物。
空を好きに羽ばたき、地上さえも獅子の躰を以って君臨するグリフォン。その爪が空気を多重に斬り裂く様を森の女神が連想抱いた術式。
平たく言えば真空の刃。至って平凡な力の具現化。
されど受けるは愚か避けるも危う過ぎる刃達。
「グッ!?」
「アァァァッ!!」
血飛沫と悲鳴を上げる蒼服ファウナの仲間達。
黒服は何処までも黒き存在。己の化身である蒼服のファウナを態々対象から外す。森の女神の御使い達だけを世界中へ公開処刑として見せ付ける。
やられた者の中には、最後のEL-Galesta駆るディーネと同乗してるフィルニアさえも含む。
機械さえも膾に斬り裂く黒服の凄味。心優しき風使いのフィルニアでは、恐らく再現出来ぬ情け無用な風の力。
ゼファンナ・ガン・イルッゾ、その名に偽り無し。最期の際、恐怖の対象たり得るのだ。




