第205話 守りを捨てた女神の本領
森の女神勢を率いる少女の正体は、ゼファンナ・ルゼ・フォレスタだと暗黙の内に知れた。
Meteonellaを紅の爆炎で亡きモノにした黒服の魔導士こそファウナ・デル・フォレスタであるのは最早必然。
然し森の女神を名乗り、剰え正しき使命を帯びてるのなら、誰が何と言おうが此方が真実のファウナなのだ。議論は無用、闘争あるのみ。
「──『戦乙女』! ──『白き月の守り手』! ──『重力解放』!」
少し背の高いファウナが仲間達の底上げを始める。新しきファウナ、この手の呪文は正直苦手分野。
特に守備力増強の白き月の守り手辺りは他人へ付与は稀。付与する相手の構造を理解した上でやらねば効果半減。
されどそれ以上にこれ迄、攻撃魔法一辺倒。何しろ自分が全てを粉砕すれば完結した戦い方と180度異なるのだ。それでもやらねば大切な仲間が死ぬ。
「このファウナ・デル・フォレスタが貴方を封じる枷を決めるッ!! 仲間達と皆でッ!!」
新しきファウナが自らの名を熱く宣言。今の自分は皆が信じる森の女神。そんな意識を己に植え付ける為の指針。
──これまでの私、ゼファンナ・ルゼ・フォレスタは死んだ! 彼女は私達の敵ィッ!
「──『蜘蛛の糸』!」
蜘蛛の糸の代行者、ジレリノに託す煌めき。
周囲を活かす戦い方が自分にも出来る。戦の最中、不謹慎だが新しきやり方を試せるのは人の心を昂らせるもの。
「ククッ、遊んであげるわ──『森の雷鳴』!」
相対する真新しいゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。此方は此方でこれ迄と真逆。己の魔導だけ好きに扱える自由。此方も新たな門出を大いに楽しむ。
敵は複数、ならばとばかりに森の刃を無数に散らした処へ雷神を落とす。広範囲に雷撃散らす森の雷鳴を敵の密集してる区域へ落す。
バシュッ! バシュッ!
「えっ!?」
黒服のゼファンナがこれ迄聴いた事ない銃声。瓦礫の山から覗く銃口。散らした雷撃を小さな何かが避雷針に転じて無効化させた。レグラズ・アルブレンが探してきた散弾銃。
新しきファウナに取ってこの手の武器は専門分野、寧ろ真骨頂。
未だ宙に残留してる雷撃の中を今度はライフル銃の銃弾が突き進む。然も電撃を巻き込み超電磁銃の如き存在へ様変わりしながら。
「グッ、──『破』!」
シチリア島出身の生粋なマフィアの如きゼファンナが人差し指で銃を造り、小爆発を連続で指先から放ちライフルの弾を相殺。言葉通り拳銃でライフル狙撃を迎撃する異常ぶり。
「……」
無感情なマリアンダ・デラロサ。正確無比な狙撃に感情は無用の長物。例え当たらなくとも自分に課せられた仕事を黙々と熟すだけ。
「──今の狙撃、音が無かった。敵に回すと厄介ねNo10」
蜘蛛の糸代行者が早速、味方へ煌めく糸を張り巡らせ、音無しを分配してゆく。旧ファウナが助けられた戦術。流石に苦笑を禁じ得ない。
次は黒服ゼファンナの前に火炎の鳥が続々と飛んで来る。間違いなく目潰しに転ずる布石。或いは後ろに何者かが潜んでいるか。
「ぐぅッ!」
黒服ゼファンナの予測通り、飛んで来た火焔の殆どが陽炎に転じゼファンナの蒼い瞳を潰しに掛かる。右手で目を覆い直視を避ける。
だが危うい危うい。一羽の赤い燕から、物理攻撃と直に対抗し得る能力値の低い魔導士に取って相性最悪の手刀が突き出す。
「──ゼファンナ様、御覚悟ッ!」
──ラディッ、来たわねッ!
いきなり肌呼吸に寄る全開速度で黒服ゼファンナに襲い掛かる女武術家ラディアンヌ。
嘗てラディアンヌは、旧ゼファンナと争った際『仮想ファウナ・デル・フォレスタなら止められる』と大層意味深な事を告げた。
黒服のゼファンナ、何とも信じ難き動作。
白き月の守り手秘めた手刀でラディアンヌの手刀を防いだだけでなく、飛び込んで来た勢いに白き月の守り手帯びた蹴りをカウンター気味に入れる余裕。
肩を蹴られ鎖骨が折られた痛みを感じるラディアンヌ。仮想ファウナ、仮想は本物でない当たり前を痛感するラディ。何故か微笑みを湛える異様。
──流石だわラディ。
──やはり本物のファウナ様、なんと強い!
蹴った黒服ゼファンナもさぞかし愉快な笑みを浮かべそれに応じる。
白き月の守り手秘めた手刀──実の処、腕の骨にヒビが入っている。白き月の守り手を物理で貫くラディアンヌもやはり恐るべし。
これまでの人生、血縁以上の仲を築いた二人が全力で拳交える最初で最後の愉悦。だから例え骨折られようとも生の実感を満喫している両者なのだ。
ラディアンヌ、25年の人生に於ける絶頂の訪れ時。
己が主様に対し敬愛を越えた愛を抱いていた。然しあくまで主従。恋愛の様な甘ったるい触れ合いは決して望めぬ。されど今、それ以上をぶつけ合える幸福を実感していた。
──それにしても私とてゼファンナ様から白き月の守り手を受けているのに!?
肩を蹴られ後方へ飛ばされながらラディアンヌは瞬時考察する。全く同じ防御魔法を浴びた自分が何故こうも一方的に骨を折られたのか。
「フフッ……まるで使い方が為ってないのよラディ。その術はね。躰の何処でも1点集中出来る操作が成し得て活かし切れるの。──こんな具合にッ!」
──速いッ! 見透かされたッ!
地上へ向け飛ばされた筈のラディアンヌの背を何故か黒服ゼファンナが取っている。またしても冷笑と、それに白く輝く手刀を用いて。
黒服ゼファンナの手刀一閃。ラディの後頭部を確実に捉えたかと思いきや何故か空を切る。
「風、我と共に在り……」
「やってくれるじゃないッ!」
ヒラリッ。
木の葉の如く全てに身を任せて手刀を躱すラディアンヌ。躰に流れる在りとあらゆる生きようと欲する流れを全て無に帰す相反なる覚悟が必須。決して軽々しい術の類ではない。
ガリッ! ブワァァッ!
「炎舞・『輪燃』ぇッ!」
「来たわねオルティスタッ!」
赤く滾るアーミーナイフ同士を擦り合わせ火花散らして発火を成すオルティスタ独自の技。ラディ、風と共に長女分と入れ替わる。
発火したての筈なのに、黒服ゼファンナの背中から迫り来る3本目の燃え滾る本命。オルティスタは二刀流。そんな常識覆す単純なるやり口。
カッ!
「──なッ!?」
絶句するのは仕掛けたオルティスタの方。『アレはファウナだから』そんな手抜きは一切省いた。にも拘わらず、脊髄狙った熾火の仕掛けが意味を失う。
白き月の守り手を背中に集中、軽々弾き嘲笑する黒服ゼファンナの余裕。
──未来視!? やはり此方が本物!
「ぬるいッ! ぬる過ぎるわッ!」
黒服ゼファンナ、弾いたナイフを己が握り蒼白い刃を瞬時に創造。
光しかない刃を受け流す術を知らないオルティスタ。「チィッ!」舌打ちしながら紙一重で如何にか避ける。
ピッ。
『何だ何だぁ!? 黒服女のチートぶりはよぉっ!』
黒服ゼファンナから譲り受けた腕時計型携帯端末から、さも投げやりなアル・ガ・デラロサの声が蒼服ファウナの耳に届く。舌足らずな文句。
アルは実にやり切れない気分で地上から黒服ゼファンナの様子を窺う。余りにも強過ぎる。苛立ちで歯を食い縛る最年長。
──俺達の知るファウナの動きじゃねぇ。今まで本気じゃなかったってのかっ!?
アル・ガ・デラロサの知る本物のファウナ──。
味方を立てる事を最重視。だからこそ仲間達は彼女を信じて一丸と為れた。あの黒服ゼファンナの無双ぶりは全く真逆。魔法も体術も同じ力を駆使してるのに別人の動き。
『これ迄アンタ達を守ってたから、私本気を出せなかったわ』
そんな高飛車なる本音が聞こえて来る気がするアルの不愉快。自分達が森の女神の足を引っ張ったなどと決して思いたくない。
──俺達が魔法に集中出来る盾役を引き受けたからこその魔法少女じゃねえのか。何だ今の輝きの刃!? 呪文の名すら言ってねぇッ!
『その認識は違うわデラロサ。あの黒服、母の輝きを身に纏う事で本来以上の力を引き出してるのよ』
『何ィッ!?』
蒼服ファウナからの返答を聴いたアルがライフルのスコープを凝視する構え。レヴァーラの派手な輝きではないものの、確かに金色を散らしながら行動していた。




