第204話 森の女神に於ける御意思の在処
殺戮の女神カーリーと刺し違える事に成功したアル・ガ・デラロサ異能空挺部隊。
神聖術士パルメラ・ジオ・スケイルが失意を胸に、血みどろの息子を涙ながらに抱える終幕。
これでようやくマーダと相対するMeteonella。ファウナとゼファンナ姉妹の加勢が出来る。機体は殆ど喪失、だが関係ない。命捧げても森の女神を必ず守り抜く。
事態は瞬く間に急変。
正に風雲急を告げる状況。人間の知能では神の御心に届かない。届きようが無い。
森の魔導を極めたゼファンナ・ルゼ・フォレスタを躰毎、総て奪ったマーダが最後の敵という残酷なる真実。
ただ……この場に居る誰もが腑に落ちない。
アレが『ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ』と自ら名乗りを挙げてる現状。
何とも不謹慎だがアレが嘗て自分達を散々コケにしたゼファンナであるなら、争うにしてもまだ救いがあるというもの。
けれども森の女神、ファウナ・デル・フォレスタにしか見えない、感じられない地獄の沙汰。
「──『重力解放』」
爆炎上がるMeteonellaの中から、浮いて出現した金髪の魔法少女。失われたフォレスタ邸から飛び出した姿形の少女が、煤けた顔を拭い空を舞うのが確かに見えた。
「フフッ……やはり生きていたかファウナ・デル・フォレスタ」
黒服のゼファンナがさもやらしい顔で妹の全身を上から下まで隈なく目線で楽しむ。
──ふぁ……ファウナッ!?
「こっちが本物だってのか!? じゃあ黒服の方が姉貴?」
黒服と対峙する少女を体力僅かな怪しい視界で如何にか捉えたフィルニア。ファウナの忠犬、チェーンも宙で静止している二人の少女を見比べる。
ファウナ……と思しき存在が黒服を一瞥した上、重傷者であるフィルニアの元にフワリッと降りる。
「フィルニア、待たせてごめんなさい──『森の美女達の息吹』」
「うっ……!」
ファウナが直接フィルニアの肩に触れ、森の美女の精気を急速に流し込む。全身の骨が急速に修復する故、フィルニアの痛覚が過敏に反応した。
片腕を逸したラディアンヌも再生させた術式。フィルニア全身の傷が完璧に癒えた。
「あくまで傷が治っただけ。無理しないで。もう二度とあんな無茶しないでよ」
命投げ出す勢いで太陽神だった頃のマーダとたった独りで対峙したフィルニアへ一応忠告するファウナ。言い終えると小さな背中を見せる。
──やはりファウナにしては身長が高過ぎやしないか。
口調は穏やかなファウナそのもの。然し幾ら双子と言えど、身体の姿まで隠せやしない。姿形に気が回る女性ならば尚更。
「さあ、マーダッ! ──いえ今はゼファンナ姉さんの身体と意識を使っているわね。私の母のみならず姉さんまで取り込んだ罪ッ! 万死に値するわッ、覚悟なさいッ!」
ファウナ、未だ宙に浮き森の女神勢を馬鹿にした嗤いを浮かべるマーダへ凛々しい宣戦布告。
ガシリッ。
「お、お前本当にファウナなのか!?」
長女肌のオルティスタがファウナを語る少女の肩を掴み問い質す。
ファウナの意識を感覚で知れるラディアンヌ以外の皆も半信半疑。とはいえ、祈る思いも多分にある。この少女が真実のファウナであるなら、自分達は存分本気が出せる。
ズサッ!
当人が応じる前、この少女を人一倍疑っているラディアンヌが駆け込み、膝を付いて恭順の姿勢を示す。顔を上げ、少女の蒼い瞳を真っ直ぐ見つめる迷い無き翠眼。
「ファウナ様、御無事で何よりでございます。このラディアンヌ、必ずや最後まで御役目果たして御覧にいれます」
これは森の女神勢、誰しもが驚き目を見張った。
真実のファウナを見抜ける誰よりも説得力ある存在が、自ら味方を買って出る姿を周囲に示す。
改めて忠誠を勝ち得たファウナ自身もこれには驚きを隠せない。疑わしき当人が『私がファウナよ』と真顔で言うより絶対的効果があるに決まっている。
そんな様子を訝しげに見てたもう一人の姉貴分もファウナの前で深々と頭を下げた。
「済まない、許してくれ。太陽神の次はカーリー……。戦闘が余りに激し過ぎて疲労が頭に回っちまったらしい。長年付き合いのあるお前を見間違える訳がねえ」
語るまでもなくオルティスタ姉貴である。荒れた金髪を前に垂らすと決して頭を挙げようしない構え。己が主から『良いよ』と認められる迄止める気を微塵も見せない。
「や、止めてよ二人共。い、今さらこんなの恥ずかしいわ」
演技でなく本気で困る御主人様。顔赤らめて手を振り、目を逸らす仕草。杖と魔導書握る白い手に手汗を掻かずにいられない。
「ファウナ様の御意思に過ちさえないのを知れればこのラディアンヌ。従うだけでございます」
未だ恭順の姿勢を崩さないラディアンヌから気になる言い回しが発せられる。
これに目が覚めた感覚の一同。
──そうか、確かにそうだな。
──何迷ってたの僕。
血縁でないフォレスタ三姉妹を中心に次々広がる声なき声。発言するのも馬鹿げてると思い直す各々。
「そうだな……。大体私は元々レヴァーラ・ガン・イルッゾに忠誠を誓った身。レヴァーラを奪われたばかりか娘も取られたとあってはウィニゲスタ家の沽券に関わる」
森の美女達の息吹による治癒を受けたばかりで『無理しないで』と森の女神から直々言われたばかりのフィルニア姫。珍しく家の尊厳を引き合いに出す。
『確かにそうね。僕だって誇り高きヴァロウズのNo8。──ってこれじゃ随分偉そうだね。Meteonellaが吹き飛んだの見て正直ビビっちゃった』
未だ自分の専用機が現存してるディーネが『誇り高きヴァロウズ』などとこれまで一度たりとも口にした事無き台詞。
然しEL-Galestaより明らかに上位のMeteonellaが落ちた本音も口にする。
「僕は元々やる気満々ッ! とっととあの偽物をやっちまおうぜッ!」
身体も地声も巨大なNo6チェーン・マニシングが燻ってる連中をさらに焚き付ける。彼女は常に直球、裏腹などハナから持たない。
「機体はもう動かないけど、元よりこんな物無くても問題ないね」
Battery切れの自機を捨てたNo9、黒い暗殺者アノニモは元より殺る気だ。他に手順を知らない。
「小難しいのは抜き。殺るか殺られるか、戦場にまだ敵が居やがる。だったら殺るしかねぇんだよ」
蒼いポニテを結い直したNo10ジレリノが煙草を燻らせニヤリッと笑う。敵が襲って来る以上、殺るか逃げるか至って簡単。
元軍人組連中は姿を見せない。然し決して逃走した訳ではないと信ずる。機体を失った以上、代替えを探しているに違いない。
ファウナと思しき少女──。
瓦礫転がる地面へ目を落として歯を食い縛る。怒りの感情がさせた事ではない。自分を信じ、命失うかも知れない戦いへ笑顔で応じる馬鹿な仲間達。
──こ、此奴等馬鹿よッ! 大馬鹿だわッ! こんな重過ぎる連中まとめてたとか意味判んないッ!
このファウナ、涙と嗚咽を洩らさぬ様、必死に堪えているのだ。
此処に囚われるまで知らなかった無償を貫く仲間の存在。以前共に戦場へ繰り出した連中は、報酬・代償。何より彼女の守り求める随分軽くて賢い奴等であった。
「──『爆炎』!」
ズガーンッ!
地響き上げて崩れた街をさらに灰燼と化す黒服姿な本物のファウナ。ライターでも投げ込む位な手軽さを見せ付ける。
「ねぇ、長いお喋り終わったかしら? 私抜きで勝手に盛り上がっちゃてさぁ……そろそろ殺りましょう」
椅子も無いのに宙で腰掛け長い脚を組んでる烏色のファウナ。ネクタイすら黒色。地上の連中を生きたまま葬送する行き過ぎた葬儀屋がさも楽し気に氷の笑いを浮かべた。




