第203話 救いの無い最期の宴(Last Dance)
殺戮の女神カーリーの右足が遂に堕ちた。地力で立てぬ者なぞ神と呼称すべきでないやも知れぬ。
最早阿吽の呼吸に等しき類稀なる連携が熟せる処まで進化を遂げたラディアンヌ・マゼダリッサとチェーン・マニシングの両者。
光学迷彩のON・OFFを巧みに使い、影の支配人へ登り詰めたNo9暗殺者アノニモ駆る漆黒のEL-Galestaすら引き込む一致団結。
カーリーは、自らの足で大地を踏みしめなくとも浮遊し続ければ問題ない?
事はそれ程単純ではない。
初めてカーリーに扮したジオが、これ程卓越した動きを出来た理由。
それはヒンドゥー神々の力を具現化出来る褐色の魔女、パルメラ・ジオ・スケイルからの魔力供給と教育の賜物。
然し母は魔力を使い過ぎた。
その代償はジオへ流れるのが必然。ジオ独りの創造力で地上へ駆り出したカーリーを、これ以上支え続けられる程この術式、安易ではない。
神話上の神、そんなあやふやなモノを世界に定着させるには絶対的自信が不可欠。──過剰? 人が神を連れ出すのだ。どれだけ在っても足りやしない。
早い話、これ以上殺戮の女神を地上へ現界し続ける為の知力、体力が既に底を尽きそうなパルメラ母子という次第。
されど勝利目前のデラロサ隊とて、未だ危うい状況が好転した訳ではない。
疾風迅雷なる活躍を見せたラディアンヌ機。
阿吽で合わせたアノニモ機。
何れも互いの全身全霊をぶつけ合いギロチンの刃の如く、カーリーの右足を叩き潰したまでは良かった。然しその攻撃、互いの機体同士へ余剰な一撃を呼ぶ。
相打ち──肉を切らせて骨を断つと言うが、骨の1・2本では事足りぬ戦果。生身な人間の姿で巨神と渡り合うには難易度が跳ね上がる。
寄って人型兵器に頼るのが最善手。然しまともに動けるEL-Galestaは、水の力を応用出来るディーネ機のみ。
肉弾戦という言葉が兵器に於いて適切かはさておき、攻撃能力最大手であるラディアンヌ機でさえ、白狼の助けを借りねば、普通に稼働させる事も危うい。
カーリー側とデラロサ側。
一体どちらが先に尽きる?
或いは命張った快進撃を決め、幕引きと為せるか?
仮に後者であるなら、勝敗がどちらへ転ぼうとも最後の一撃となる可能性が極めて高い。
「──ガルルッ!!」
戦術?
勝利の行方?
野生に於ける弱肉強食なる世界。悩みを抱えるくらいなら、本能に身を委ね一気呵成にひたすら進め。
母の体現を忠実に守るチェーン・マニシング。
機械生命体が牙剝き、カーリー無傷の左脚ふくらはぎへ喰らい付く。未だ不自由無しで動けるとはいえ、これは流石に勢い余り過ぎた攻撃。
チェーン自身がカーリーの胸元を荷電粒子で貫いたにも拘わらず、掠り傷でも負ったかの如く、何食わぬ顔してた結果を失念したのか?
──邪魔だこの犬ぅッ!!
ブンッ!!
怒りを越え憎悪込めた左脚を大いに振るカーリー。ふくらはぎへ喰い込んだ牙が肉片千切るも白狼が堪らず吹き飛ぶ。
瓦礫の山へ叩き付けられ……ない?
見えない何かが白狼の全身を受け止める謎。
謎──?
疑問など何処にも在りはしないのだ。
バッテリー最後の光学迷彩を用いたジレリノ機。罠の為でなく味方を救う行為。クッション代わりのワイヤーを既に仕掛けていた。
「ハァァァッ!!」
──な、何故そこに居る!?
またしても黄緑色。殺戮の女神が戦慄感ずる存在。
チェーンがカーリーへ嚙み付いた際、背中のラディアンヌ機は既に消えていた。
ラディアンヌ機、チェーンの背中を右脚で蹴り飛ばした跳躍に加え、此方も最後の光学迷彩を使い切った漆黒のアノニモ機が全力込めたさらなる打ち上げ。
カーリー不覚にも二度目、右目の死角からの飛び込み赦す。黄緑色は恐怖の対象、刷り込まれていた処で対処出来ない虚しさ。
此奴、頭がイカれてる。
壊れた左脚を真横に振る蹴りを繰り出す。何故破損した脚が稼働する?
単純明快──機体の腰を捻り、ダラリと下がった左脚を鞭の様にしならせた一撃。
──壊れた? 私の足ではないのですよ。振り回せば良いだけです。
研ぎ澄まされた闘争本能。
例え優しみ溢れた人間の女であろうとも、誰にも負けない強靭なる意志。
殺戮の女神、驚愕の顔へ転ずる刻さえ与えられず、首吹き飛ぶ空前絶後。
『どうせ壊れた左脚、ならば折れようが爆発しようが問題ないです』
どんな欠点も長所に塗り替え出来得るラディアンヌの真骨頂。
遂にカーリーを終焉に導く。折れた左脚が首に刺さり、未だ感電帯びてるカーリーとラディアンヌ機の脚に格納されたバッテリーがぶつかり短絡。首吹き飛ぶ爆発の切欠を呼び込む。
破損した自機の左脚が爆発する未来まで読めていたのか?
或いは女武術家の執念が呼び覚ました奇跡か?
何れにせよカーリー戦の幕引き。
ジオがどれだけ意地を張ろうとも中枢である脳を切り離されては、如何にもならない。
「──でぃ、『解呪』」
褐色の魔女、黄緑色へ感謝込めた術式解除。息子の意地を軽視していた親の罪悪感。争いを終結させてくれた行動に対する謝意。
「──まさか俺様の部隊がたった独りの魔女とガキに追い詰められるとは……な」
まるで戦が終わった事実を夢で見た感じで目覚めたアル・ガ・デラロサ大尉。
EL-Galesta編成部隊、格納庫も失い事実上の壊滅。
だが不自然な程、晴れやかな顔をしているただのアル。もう大尉の時間は終わり。
──余りに激し過ぎた目前の戦闘。皆、本来の目的を見失い掛けてた瞬間──
「──『紅の爆炎』!!」
アリエナイ、在り得る筈のない現実が突如降って湧いた。
「──め、Meteonellaが」
未だ地面に伏せることしか出来ないNo7風のフィルニアが、劇団黒猫の象徴的存在の爆発する様を目の当たりにし、らしくなく震える。
紅の爆炎が扱える者──それはMeteonellaの操縦者。
森の魔導を極めた元軍人、ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。
もしくは森の女神。術式の発案者、ファウナ・デル・フォレスタ。
「──い、一体何が!?」
ファウナ様を最も敬愛するラディアンヌ・マゼダリッサが、戦死同然な自分の機体を降りつつ目を見張る衝撃の様相。
黒いスーツ姿であるが、中身は知り抜き過ぎた筈の魔法少女。紛れもない金髪を靡かせ宙で静止。両腕を組み爆散したMeteonellaを嘲笑するファウナ。
呼吸術でファウナ様と同調熟せるラディアンヌなのだ。感覚で知れる、アレは間違いなく私の御使えしているフォレスタ家の御息女。
「くぅッ!! た、たっまんないッ、これが森の魔導ッ!! これがゼファンナ・ルゼ・フォレスタ!!」
──え……嘘。
爆散するMeteonellaを見下しながら快楽に打ち震える黒服のファウナ。然し『ゼファンナ』と確かに名乗った。
信じ難い様子のラディアンヌ、声を失い身体固まる。
「ククッ!! 取り込んでやったぞゼファンナァァッ!! これで森の魔導も私の所有物ッ!!」
他の連中も未だ状況が飲み込めない。
マーダがファウナの実姉、ゼファンナ・ルゼ・フォレスタを取り込んだらしい。目前の結果が物語ってるので、認めたくないがそれだけは理解出来た。
「フフッ……人形共も殆ど失ったようね。何て無様ッ! 無駄でしょうけど相手してあげるわ。本物に登り詰めた森の女神がッ!!」
声も姿も自分達が唯一信ずる女神の御使いが『戦え』と煽る救済のない現実。自分等の知る本物は何処へ!?




