第202話 殺戮の悪足掻き
ラディアンヌ・マゼダリッサ驚異の本気が殺戮の女神から怯えの感情を呼び覚ます。
腕を1本蹴り千切った後、電撃帯びた掌底をカーリーに押し付ける容赦なきラディアンヌ機。在り得ぬ痺れで動き危ういカーリーと中の母親。
やはりカーリーを空へ上げる行為は、パルメラの増長が生んだ最悪手と言わざるを得ない。或いはNo6チェーン・マニシングの呼び込んだ奇跡がパルメラさえも狂わせたのか。
何れにせよこのままでは、身動き取れず終いでデラロサ隊に神殺しの称号が付くのも時間の問題。
──ま、負けないッ! 僕は誇り高き二人の子供。それに神の力を授かった存在。絶対負けるもんかッ!
ググッ……。
満身創痍の神。ラディアンヌ機による掌底打ちの掌をガシリッと掴み、感電している自らへ引き寄せる若い勇気の為せる行為。
これが大人であるなら感電元である敵を突き飛ばすのが先決。効率重視の思考が働く筈だ。
「ぐっ!? ま、まだそんな力が残って……」
殺戮の女神から頬の寄せ合いの誘い。途轍もない強引なリード。
豪傑ラディアンヌでさえこの誘い、安易に断れない。『妾と共に痺れる踊りを』そんな冗談では済まされないのだ。
ズギューーンッ!
女じみた女神からの誘いの手を正確無比な超電磁砲の狙撃が地上から貫く。マリアンダ機、お得意の銃撃。
それでも手を離さないカーリーの熱烈秘めた色仕掛け。さらに違う手握る剣をウルミに変え、恋路の邪魔する不届き千万な輩へ一閃。
「えッ!? あの距離から届くだなんてぇ?」
──二度も同じ場所から狙撃などッ! このカーリー、舐めて貰っては困るッ!
これはマリアンダらしからぬMissTake。
何しろ殺戮の女神が扱うウルミなのだ。人間の感覚値で間合いを推し量るのは迂闊過ぎた。機体の左腕部毎、超電磁砲を巻き取られ破壊に至る。
「ぐぅ、このまま共に地面へ落下するつもりですかッ!」
流石のラディアンヌとてこれは実に面白くない。敵は自機の2倍ある上、執拗いが兎に角神の依り代。一緒に落ちても殺られるのは、自分だけの未来が透けて見える。
ザーッ!!
──あ、雨? うぐぁッ!
余りに不自然極まる局地的ゲリラ豪雨がカーリーとラディアンヌ機だけに降り注ぐ。電気帯びたカーリーの感電力が水を通じてより高まる。
「これでも手を離さない、ならばッ!」
豪雨が突如巨大な氷柱に転じ、カーリーの全身を貫き始める。ラディアンヌ機を巻き込む恐れを勘定に入れるゆとりは皆無。
大気を操り雨雲を呼ぶ。此処までならNo7フィルニアの領分。
雨粒達を氷柱に転じる作業だけは、これまでもNo8ディーネが担っていた。
空気中の水蒸気を集め、独りで完遂する水使いディーネの面目躍如。
巨神過ぎる故、的が大きい憐れなカーリー。
ラディアンヌ機を掴む手へ無数の氷柱が刺さり、手を離す羽目に陥る。
九死に一生を得るラディアンヌ機だが、握られた腕が潰れ破損は免れなかった。
銀色、緑迷彩、金色など百花繚乱だったデラロサ異能空挺部隊。遂に無傷な機体が残り僅か。水色のディーネ機、漆黒のアノニモ機だけ。後は何れも片腕を損傷した。
「ガァァァッ!!」
1人忘れちゃいないか──?
そう、1機じゃなくあくまで1人だ。間違っても1頭って呼んだらその頭毎、嚙み砕かれるから覚悟しな。
カーリーの腕をへし折る大車輪の活躍見せたラディアンヌ機を拾いに掛ける自由なる白狼、チェーン・マニシング。人間らしいお喋りでなく、母親譲りの脚力と雄叫びを大いに活かす。
ガシャンッ!!
跳ね上がり、甘噛みでラディアンヌ機を受け止めた意外なる器用ぶり。
背に乗せると即、その場を離脱。
自由を戦場に持ち込むにはそれが戦況へ影響を及ぼさないのを証明出来る能力が不可欠。
彼女には確固たるソレが存在していた。
「ラディアンヌ、大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい。腕1本だけで……」
カーリー4本の腕の内、1本。されどラディアンヌ機も等しく1本失う。実は等価と世辞にも言えぬ結果。さも申し訳ない声でチェーンに謝るラディアンヌである。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ! 痺れたぜあの背面蹴りッ! やっぱ僕の目に狂いはなかったっ!」
またも堕ち掛けてたラディアンヌの気分を上書きする勢いの圧倒的褒め殺し。折角やる気再燃し始めたラディアンヌ魂の炎を焚付ける。
「──で、次はどうする?」
「これで此方も上が取れる事をあの神様に焼き付けました。次こそ下です、チェーン。貴女となら必ず成し遂げられます」
白狼の質問へ敬称をワザと略す心の通じ合える様をみせるラディアンヌ巧みな煽り。この両者、カーリー戦だけで随分心通わせられる相棒に成れた。
「──では手筈通りに」
「よっしゃァァッ! 任せなッ!」
ホバリング全開、ラディアンヌ機がチェーンの背中より離脱。瞬間宙へ上がる仕草をカーリーに見せ付ける無駄な動き。
一方疲労知らずのチェーンがカーリーの足元を犬の様に駆け回る。ディーネ機が造った泥水、街の瓦礫を蹴散らし、否が応でも殺戮の女神より視線を奪う気満々。
ズギューーーンッ!! バシュッ! バシュッ!
自由自在に駆けた後、顎の内に潜む荷電粒子砲とミサイルを、カーリーの上半身目掛け一斉掃射。
黄緑色の奴が一瞬上昇するかと思いきや、足元巡る白犬が血塗れの胸元狙う裏を取る動き。ジオ、瞳孔が勝手に回る。
スーッ。
──ッ!?!? 白い奴の気配が2つ!?
地上へ舞い戻った黄緑色が僅かなる一旦停止。カーリー、訳が判らぬ急変を感じる。残った左目を頼りに彼女は戦況を凝視している。血が入り邪魔するが如何にか機能していた。
視界の端々に映るうざったい白犬と黄緑色の人型。それにも拘わらず、両者から重なる気配を感じてしまった。
ラディアンヌ・マゼダリッサが、またしてもやらかした。
チェーンの意識と同調決める異端なる呼吸術。
遂に愛するファウナ様以外相手でこれを成し得た。
一体自分は何に何処へ意識を向けるが正解なのか?
巨大過ぎる脳裏に血が足りなくなる解せない劇場。配信動画の様に一時停止&巻き戻し出来ぬもどかしさ。
『話を理解したけりゃ金を払って何度も劇場へ足を運びな』
生中継で解説動画を切望するカーリー。
生き物の延長である彼女にそんな御都合、望める訳ない。
ヒュンッ。
──ワイヤー? クッソまたあの空色の奴か!
カーリーの左足元巻き付くワイヤー。懲りる事無く罠使いが射出したアンカー付きワイヤーだと思い込むのが当然の理解。
また蹴散らすのみ、そんな軽い機体じゃ足枷になんか成れない。さっきのやり取りで悟れなかったか。
だが間違っていた認識。
それは地上に落ちてたワイヤーを拾ったラディアンヌ機が手ずから投げただけの代物。
ガシャンッ!!
──ウグッ!? み、右ぃ!?
息つく暇すら与えられぬ次なる連携。右足首上から異様に硬質な何かがぶつかる感触と足裏から刺す激痛。
ラディアンヌ機、白狼と同調した幻覚とカーリーが失った右目部分の死角より回り込んだ位置から全霊込めた左の飛び蹴り。
此方は一体何時合図したのか?
アノニモ機がその蹴りを邪魔するキーパーの如き絶妙なる間合いで黒いナイフを下側から合わせる奇跡。
カーリー、右足首が大層嫌な音響かせ、複雑骨折したのを感じる。
然も上下同時に押され、下からの黒いナイフも足首へ届いた最悪。
もう二度と地を踏めぬ事象が確定した。後は神頼みで浮遊し続けるしかない選択肢。敗色濃厚を感ずる女神、此処からは相打ち覚悟の玉砕あるのみ。




