第18話 蒼い海の如きその瞳。その姿を大いに晒す
レヴァーラ呼びを改めて許されたファウナ。本当にこの期に及んで顔を朱に染め、上目遣いで恐れ多いといった感じで発言を始めた。
「で、ではレヴァーラ……様。あの御方は何番目……ですか?」
「なッ……!?」
「──ッ!?」
「ええーっ!?」
このファウナからの逆質問に、レヴァーラが色を失う。加えて無言で目だけを引ん剝くNo7のフィルニアと、驚きで開いた大口を両掌で隠したNo8のディーネであった。
この美少女、ファウナ・デル・フォレスタは、星を落とせし者を既に元レヴァーラの配下だと確信した上での質問だと各自が思い知る。
「──い、1番目。誰も異論のない存在だ……」
レヴァーラの声が震えを帯びている。『何故?』という台詞を表に出すのをどうにか堪えているのだ。
「やっぱりそうでしたか。──では13年前の火山を噴き飛ばした本当の犯人が恐らく2番目……」
フムといった様相で顎に手をやるファウナなのだが、自分が途方もない事を言って周囲を驚愕の坩堝に入れてる自覚がまるでない顔だ。
「な、何とそこまで!」
「へッ!」
4歳の記憶の断片しか残っていない筈だ。金髪で碧眼の男、ディスラドのことまで話を跳躍させるファウナ。
いよいよ驚きを隠し切れないレヴァーラなのだ。宙に浮きっぱなしの身体が心なしか揺れている。
このやり取りに末席のジレリノだけが減らず口の代わりに笑う。『だから気持ち悪いって言ってんだよ』って言わんばかりにポニテを揺らした。
合点がいったという体で、改めて新しい主様に向き合うファウナ。もうその表情に先程迄の迷いが無い。
「レヴァーラ様御配下の方々、皆様がどんな方法でその不思議な能力を得たのか。このファウナ、追及するつもりは毛頭ございません……」
またも片膝を付いて恭順の姿勢に立ち返ってから、凛々しい声で講釈を続ける。
「しかしその能力、人が人へ与えしモノと推察致します。ならば答えは簡単……」
ファウナは此処で一旦、言葉を切りレヴァーラへ向け面を上げた。またしても全てを見透かす様な、何処迄も深く蒼き瞳がレヴァーラの心根を捉える。
「Noなど関係ございません。同じ人から生まれし力であるなら、人に抑えられるが道理でございます」
「ほぅ──」
「な、何か急に格好良いぞ。ファウナちゃん!」
「ケッ!」
素直に感嘆するNo7。No8はその目に星々を浮かべている。No10が悪態をついた後、ニヤリと緩んだ。
「──ファウナ、お前の考え良く判った。処でいつまでもその汚い形でいさせるのは、しのびない。リディーナ……」
「はいレヴァーラ様。湯浴みと御着替えの準備、既に整えておいてございますわ」
長い金髪も、加えて蒼い襟や袖が特徴的な美しき衣装もボロボロに千切れ、煤汚れた柔肌を晒しているファウナを、チラチラ横目で流し見するレヴァーラ。
いつの間にやらその隣で、さも嬉しそうに銀髪を揺らすリディーナが返答した。レヴァーラの心を奇妙に擽っている金髪の美少女とのやり取りが、もう楽しくて仕方がないのだ。
「皆様も戦いでさぞお疲れの事でしょう。さあどうぞ御一緒に……」
軽く会釈し、ヴァロウズの3人と新たに名前を連ねし、ファウナ、オルティスタ、ラディアンヌも白いビルの中へと招き入れる。
オルティスタ、ラディアンヌに至っては未だ敵城へ踏み込む落着きの無さが、その歩みを重くした。
◇◇
ファウナ達を浴場へ案内した後。
リディーナとレヴァーナの二人は、No9暗殺者のアノニモの様子を窺いに、再び吹き抜けの廊下に踵を返していた。
「レヴァーラ様、あの娘達と御一緒しなくて宜しいんですかぁ?」
「よ、よせ。何を言うか。これまで我が他人と共に肌を晒した事などないと知っている筈だ」
「あら? そうでしたかしら」
クスクスと笑うリディーナである。13年ぶりの再会を果たしたこの御方、さらに弄り甲斐が増したと内心喜んでいる。
──それにしてもお優しいこと……。『裏切れば斬って捨てる』なんて言ってた癖に。
新しき仲間の動向も気掛かりだが、少なくとも今の処、自分を裏切っていないアノニモを気に掛けているのをリディーナは知っている。
「おぃ、本当アイツ等引き込んで良いのかよ。特にあのファウナってガキ……ありゃ常軌を逸してるぜ」
そこへNo10のジレリノが無粋な顔で口を挟んだ。
「あらあら、『常軌を逸して』だなんて、そんな難しい言葉を貴女が使うのですねぇ……」
「馬鹿にしてるだろリディーナ! ──ったく。俺様にこんな言葉を使わせた意味、判るよなレヴァーラさんよぉ?」
「判っている」
アノニモへの視線を外さぬまま、レヴァーラは静かに応じた。
──そう、一番下のお前に指摘されるまでもない。
ファウナ・デル・フォレスタ……あの娘は全てを飲み込んだ上で自分の傘下に入ったのだ。ヴァロウズ達の能力。その生み出し方すらも……。
途方もない爆弾を抱えた様なものだとこのジレリノは訴えている。
「それにしてもエルドラは一体何を考えているのやら……。まあお陰で暫くの間、世間の目は此方に向かなくなるでしょうけど」
「リディーナ!? ちょっとお前本気でそれ言ってんのか? だとしたらとんだお笑い草だぜ」
エルドラが世界中の視線を集めてくれたので、13年前の事変も含め此方は暫くゆっくり出来そうと言うリディーナに、大層呆れるジレリノであった。
◇◇
一方、ビルの地下に拵えてある中々に広くこ洒落た浴場。大理石で出来ている湯船は大変広く、10人程同時に入浴しても圧迫感はない。
竜の口を模した所から湯が注がれる造形のセンスは『ないわぁ……』とディーネに一蹴されているが、まあそれなりの憩いの場になっていた。
既にNo7のフィルニアとNo8のディーネの二人が湯船に浸かり、互いの肌を晒しながら談笑していた。
そこへやはり何も身につけていないラディアンヌとオルティスタが、湯気の影からヌッと現れた。
「──ほぅ」
「で、デッカ!」
その二人共、背格好全てが随分と御立派なモノをお持ちである事を知り、フィルニアとディーネの二人が目を丸くする。
そしてさらにその背後……。全身を白いタオルでグルグル巻きにしたお待ちかねの美少女が遂に姿を現した。
「ちょっとちょっとファウナちゃん! まさかその恰好でお風呂に入るつもりぃ!?」
「──え」
ザバァと立ち上がり、指差しつつ膨れっ面で抗議するディーネに、ファウナがその目を白黒させる。
「お風呂に浸かる時は全裸がき・ほ・んっ! 僕の地元じゃマナー違反よ!」
「──いやディーネよ。それ最初にお前から言われた時、私も焦った」
ディーネが『き・ほ・んっ!』と言いながら、ファウナを覆う全身の邪魔な存在を、指で逐一突いてゆく。
その行動をフィルニアが嗜めようと試みる。そう言われてみれば如何にも西洋出身といった白い肌のフィルニアと対照的に、ディーネの肌色には黄色が掛かっていた。
恐らくディーネの地元は日本辺り……なのかも知れない。
「え、え、え……。ぜ、全部ですかぁっ!?」
「当然!」
腕組みしてフンッと鼻を鳴らすディーネ。「やれやれ」と頭を抱えるフィルニア。
彼女もディーネに『裸の付き合い』とやらの重要性を大いに説かれ閉口したことを思い出す。さらにフィルニアはその後に理解した。
早い話、ディーネは単純に拝み倒したいだけなのだと。こんな美少女ならば、尚更譲れない願いなのだ。
「……ぅぅぅぅ」
当たり前と先んじて風呂に入ったラディが口まで湯船に沈める。本音では心底自分が絡みたいのだ。
「──わ、判りました」
顔を真っ赤にして俯きつつも、止むなく受け入れると決めたファウナである。ゆっくりと惜しむ様に白いタオルを剥がしていった。




