第200話 命預け合った戦友(親友)
パルメラ・ジオ・スケイルが召喚し、息子の獣人ジオを依り代にした殺戮の女神カーリー。
遂にジオが付与された神の感覚と同調を始めている。
『クソがッ! 何が殺戮の女神だ、羽根もねえくせして浮きやがってッ!』
ペロリッ。
──なーんてな。
光学迷彩を切った空迷彩のジレリノ機。
さも悔しみ滲む文句を垂れつつ、腕に仕込んだ人工知性体金属仕込みなアンカー付きワイヤーをカーリーの足元目掛け射出した。
『──足を斬る。最初の目的、何も……何も変わらないね』
此方も光学迷彩を切った漆黒のEL-Galesta。黄昏時の影が伸びたかの様に、ニュッと黒い上昇。やはりカーリーの足裏を黒いナイフで狙うアノニモ機である。
「そんな危うい処に身を隠すとか神を馬鹿にしてぇッ!!」
現状、神そのものと化したジオの少年声が怒りを帯びて地上へと浴びせ掛けられる。
ジレリノ機が放った搭乗者の意志通りに動くアンカー。カーリーの左足首に見事巻き付き足枷へ転ずる。
アノニモ機のナイフは右足が標的。此方まで受けるのは屈辱とばかりに足を持ち上げ、逆転のカウンターをふざけた敵機へお見舞いするべく逆に踏み込む。
ジオ、見せしめと言わんばかりに胸張り、血みどろの頭部を持ち上げた次の瞬間。
ビリッ、ズガーーンッ!!
「うぐぅッ!?」
何やら電気ショック的な痺れ、カーリーの頭上で見えない爆発物が点火。
女性じみた美麗な髪飾り毎、頭を殴られた様な感触。発破の音が爆発の規模に比べ、過剰過ぎる大音響。カーリー、鼓膜が破れたと勘違いする程、聴覚をやられた。
忘れた頃降りかかるジレリノ様仕込みの罠。『そんなもの忘れていた』意識の裏を掻けばかくほど実に有効打と成り得る。
カーリーの頭上スレスレに張られた光学迷彩仕込みのワイヤー。これが空に溶け込む地雷発火に接続されていた。
さも悔し気に悪足搔きなアンカーを射出し、敵の意識を此方へ呼び込んだ上で爆破させる大層な嫌がらせ行為。
然も音無しのジレリノばかり先行しがちなれど、爆破音を必要以上に引き上げる音量調整。
忘却のジレリノ──戦場で決して忘れてならない存在。されど無能を装い忘却を誘う恐るべき時間差攻撃が完遂。
「こ、こんなモノ効かないッ!」
怒り任せで4本の腕の内、左下の腕を振り回して、ウルミを地面に叩き付ける反撃。ウルミ自体はただの武器。然しそのしなりが蛇の如く勝手に動き、挙動読めぬ動きを再現する。
『ウグッ!』
何かに当たった手応えと女の声がカーリーに伝達される。恐らく水色の奴を掠めたと認識。
実はこれもジレリノ機の賢しき子芝居の為せる技。アンカーに引っ張られ稼働機能が故障した左腕部を千切って放り、敵を勘違いさせる念入り。本体は人工の沼地へ一時撤退済。
ジレリノ機とアノニモ機による共同戦線。
こんなちゃちい仕掛け、前座にもならない──だがそれで良いのだ。
パアァァッ!
女神の御前……それも顔の目前にて突如出現する無礼が過ぎる不届きな機体。またもや光学迷彩を切った別の2機が現れる。下の連中に気を取られ、完全に忘却の彼方な存在。
『喰らいやがれ化物ッ!!』
その内1機は青過ぎる機体。機体色さえ青なのに加えて蒼い輝き散らし滾る刃と共に神の眉間へ突貫決め込む愚弄者。
残りの1機は人型を為していない。青過ぎる機体を背に載せ、ソイツが飛び出した後、此奴自身も神の顎下目掛け機首と思しき頭部からの特攻。
──こ、此奴等死ぬ気だッ!
どれだけ破壊神を着飾ろうとも、所詮中身は心優しき穢れ知らずな少年のまま。
命知らずな特攻、カーリーに潜むジオの震えを呼び込むには充分過ぎる演出。
相手は元軍人、そして何より狡猾過ぎる大人達。戦場で自ら命散らす無駄な行為なんて在り得やしない。
「くっ!!」
先ず青い奴の相手──。
寸での処で微少に首振り、眉間をヒートソードで貫かれる最悪の事態だけは如何にか免れる。されど完全には避け切れず、血走る右目に貰ってしまった。
加えて同時攻撃な顎下飛び込む鳥の始末──。
これは如何ともし難い。上下同時では避けるにも限度が有る。顎に当たったEL-Galesta MarkⅡ爆散。惜し気なく自爆スイッチを入れていた。
純粋なジオ少年に取って命捨てた特攻に思えた攻撃。
レグラズ・アルブレンとアル・ガ・デラロサ大尉は、機体を捨て戦闘服のまま身投げを敢行。
空挺部隊が着装する強化服はパラシュート無しで降下作戦可能な代物。それと同等の防御力を誇ると言われるリディーナ考案の戦闘服を信じ抜いた作戦行動。
『どうせ機体はBattery切れ寸前。ならば火薬にするのみ』
軍人に取って兵器は所詮捨て石の駒。例え愛着湧いても潔く破棄して必然。愛と執着を履き違える馬鹿はしない。
憐れなるは殺戮の女神に扮したジオである。右目と顎を完全に持って往かれた。
「──ジオッ!!」
褐色の母が己の失敗から始まった現状に耐え切れず涙流す。
顎を失い母へ返す言葉を口から出せないジオ少年。さりとて神を為した彼の心はこれでも折れない。眉間だけ死守出来たのは不幸中の幸いだった。
「うがぁぁッ!!」
右目にブラリ突き刺さったままの邪魔で堪らぬ青い機械人形を右手で振り払い叩き落とす。未だ戦意を逸していない意志表示。
加えて自分の足元へ逃亡したと思しきふざけた操縦士共をウルミで薙ぎ払おうとまたも地面を叩く仕草。
ズキューンッ!
「ぐぅっ!? 次はどいつだっ?」
ウルミを振るおうとした手を掃射された超電磁砲が邪魔立てする。蒼白いEL-Galestaの仕業。
『──隊長、無事ですかッ!』
語るまでもなくマリアンダ・デラロサ少尉の正確無比な射撃と、夫の無事を護る完璧な仕事。アビニシャンの失敗を引き摺るのは取り合えず止めた。
『嗚呼……マリアンダ少尉。助かったぜ、だが俺様の機体はご覧の有り様。後は各個自分の判断に任せる』
ヘルメットに残した非常用無線を用い妻の優しき声に耳委ねる夫。自分達の軍人としての仕事は終わり。そんな穏やかさを覗かせる顔つき。
『了解! 御二人共見事な戦果です! 後は我々に御一任下さいッ!』
この一言でマリアンダからの無線が切られた。思わず顔見合わすデラロサとレグラズ。無線のスピーカーからマリーの称賛が漏れていた。
「おぃ、聴いたか事務方。あのマリーがお前のこと褒めてたぞ」
片肘で青い軍人の脇腹を突く冷やかし。ズレた眼鏡を直し冷静を装うレグラズは顔を背ける。
「と……当然だ。この俺が貴様を乗せた作戦。貴様はただの下駄役だからな。後、良い加減その呼び名は止めろ」
珍しく言い淀むレグラズ。『俺が発案したからこの結果を生んだ』と誇らしげに言いたい処。然しながらマリアンダ少尉からの突然な称賛──そしてさらなる裏腹な思い。
『アル・ガ・デラロサ大尉、貴様だけを信じたから俺が火を点けた』
デラロサ隊の中で唯一自力飛行が出来るMarkⅡだから選んだ訳じゃない。こんな恥ずかしい本音が漏れそうな故、彼は思わず視線を外したのだ。
──へッ!
疲労困憊が酷いデラロサ。
少し横になりたいが地面は瓦礫の山。背もたれになりそうな塵すら無い。疲労を良い訳にしてレグラズの背中へ自分の背を預ける。
ただの戦友でない心預け合える友人が出来た心地の二人。
未だ終わらぬ戦場、眠りに落ちるのは赦されないが少しだけ両目を閉じる心地良さに、身体委ねるアル・ガ・デラロサ。
──た、たまには固い背中も……わ、悪かねぇ……な。
カクンッ。
「で、デラロサっ!? ……あ、呆れた奴。此奴本当に落ちやがった」
友人の短い銀髪がレグラズの首筋を無意識の内に擽る。デラロサ、ただ目を瞑るつもりが気絶の勢いで夢心地。レグラズの肩枕で不覚の借りを作った。




