第198話 仕込み済みな魔術の種
「あ、嗚呼……そ、そんな。あ、余りにも残酷過ぎるわ」
事の重大さをようやく受け容れ、肩揺らし涙浮かべるMeteonellaの操縦者、ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタは、妹がマーダに取り込まれた生き地獄に心奪われ、閃光はおろか、操縦に意識を使う余裕などない。
そして何より後部座席に居た森の女神、ファウナ・デル・フォレスタは、マーダの内に持って往かれこの世界軸から消失した。
Meteonella、完全に沈黙。操縦士が失われた以上、もはや二度と起動する機会が訪れる刻は巡って来ない。
涙が川の事始めである湧き水が如く、全く以って堰き止められぬゼファンナの哀しみ。
彼女の脇、ディスラドこそ喪失したがレヴァーラと実娘ファウナ。二人の女神を手にしたマーダ。数奇な人生の巡りにさぞや御満悦してると思いきや、様子が奇妙極まる。
「ア、アァ……ンッ。な、何だこれッ!?」
未だ少年染みたアンドロイド姿のマーダが頭を抱え、何とも不可思議な喘ぎ。異性間入り混じる声音で悶える。
金色の輝きを散らし、床で転げ回るマーダ。短髪が急激に伸び始め、身体全体も膨らみ帯び始める。男性型アンドロイドであった筈の全身が、明らかに違う性別へ転じる。
「──こ、これはまさかッ!」
服装こそ黒服男装なのだが、あからさまに丸みを帯びる様子。涙目で見つめるゼファンナは、確信に至る。
◇◇
意識薄れ往くレヴァーラにファウナ・デル・フォレスタが森の魔導を用い、性別を超越した繋がりを成し得た時の話。
レヴァーラが女性しか持ち得ぬ命の欠片をファウナに与え、結果Meteonellaの起動承認を達した件は既に触れた。
実の処ファウナもレヴァーラに同じ欠片を与えていた。
何しろファウナの方から接触を持ち掛け、意識の時間を引き延ばすべく精気を流し込んだのだから、寧ろ必然と言える。
二人は互いの欠片を交換し終えた次第。それはマーダがレヴァーラの意識を喰らい尽くした後も失せる事無く漂い続けた。
女性だけに赦される欠片とは一体何か──。
嘗てリディーナが『女性の方が染色体、Xが多い優れた存在。男は子供すら孕めない』とレヴァーラをそそのかした例のアレ。
何とも回りくどい言い回しなれど、男性の優れた分だけ許容する片割れ。何とも歯切れ悪き隠語めいた説明だが、最早子供でも判る答え。
レヴァーラが実娘に残した命の欠片。
逆にファウナが実母に与えし命の欠片。
ファウナの欠片は取り込んだレヴァーラを通じ、マーダの意識へ影響を及ぼした。この先んじた仕掛けがファウナお姉ちゃんの誘惑に弄ばれ、好きに操られる流れへ通じた。
さらにレヴァーラの欠片抱くファウナさえも余す処なく取り込み罠に堕ちる。Maleが二人のFemaleを体内で孕ませた文字面通りの結実。
マーダは確かにレヴァーラの身体と能力を奪い去った。然しレヴァーラ×ファウナが宿した新しき命の形。鬼子として生涯背負う羽目に陥る。
何とも恐るべきファウナ・デル・フォレスタの執念。
レヴァーラに救命好意を施した際から、魔術の種仕掛けは既に始まっていた。
◇◇
パルメラ・ジオ・スケイルが召喚した殺戮の女神カーリーとデラロサ隊の戦闘。
一見、デラロサ隊がカーリーの足止めに成功して押してる感じに見えなくもない。
然し実の処、カーリーはおろか術者パルメラにも大した攻撃が通ってない。
加えてオルティスタ機が全損。戦線復帰は恐らく不可能。他の連中もエネルギー回生する余裕がないのでBattery残量もジリ貧の一途。
まともに動けそうなのはエネルギー供給自体謎のチェーン・マニシングだけの現状。起死回生の攻撃を決めねば悲惨な敗北の未来しか見えない。
「──母様。人型に変化したの始めてなので時間が掛かりました。ようやくこの身体に慣れてきました」
「ジオッ!? 大丈夫なん? う、ウチが調子に乗り過ぎたんよ」
悍ましいカーリーからは想像つかない少年声が操縦者パルメラの耳に届く。
母パルメラ、いつになく猛省している。
大量の魔力を消費した上、可愛い息子にまたもや無茶を強いてる母失格の烙印。
「それより母様の方は大丈夫ですか?」
「そ、それが流石に魔力を使い過ぎたわ。多分大して残ってないんよ……」
パルメラ、物凄く申し訳ない状況をジオへ率直に話す。
「判りました。後は僕にお任せあれっ! 父様と母様から頂いた誇りを僕は決して無駄にしないっ!」
何とも頼もしいジオの声。母は涙腺が壊れそうになる直前。
ジオは嘗てパルメラから教えられた殺戮の女神の造形より深める事に専念した。
『──お、おぃアレ見ろよ』
『か、カーリーが変身してるね』
先ずNo10ジレリノが異変に気付き、無線で仲間に伝言する。
或る意味ただの巨神であったカーリーの姿形が変化してゆく。
東洋の白い着物風な衣装、血糊なのか或いはそうした模様なのか。
口からも血を垂らす、敵を喰い殺した伝承を彷彿させる。
腰帯や頭部の飾りも赤中心だが、神らしい威厳溢れる姿へと移り変わりを見せる。
『此処からが本番だ憐れな人間共』
生まれ変わった感じのカーリー。
デラロサ隊の絶望度合が増大の一途を辿る。
『ま、待て……あ、アレ浮いてる?』
No9暗殺者アノニモが珍しく震えを交えた声を無線で皆に届ける。オルティスタ機とディーネ機が死に物狂いで膝まで人工の沼地へ沈めた。
『巨人族を倒すには先ず足を奪うのが先決』
誰が言ったかは知らぬ。だが的を得ている。
人間ですら一番重い頭部を無意識の内、支えながら戦うものだ。
増してや巨人、腕の長さは無論出来るものなら斬り落とすべき。然し先ずは親指、足裏、膝といった具合に届く場所から撃ち滅ぼすべき。子供でも判る理屈
地味だが確実。
此方へ飛ぶように駆ける脚部を削いだ上で、致命を狙うが必然。
それにも拘わらず気球の上昇の様にゆっくりではあるが、折角仕掛けた足止めが台無しと化した。
腰から下の着飾りがやけに映える。これまで殺害してきた者達の血で染め上げた? 無駄な妄想を捗らせるのに充分過ぎる赤帯がヒラリ舞い踊る。
殺戮の女神。
女性由来とはいえ、美意識を強調された処で相対する者共達の怯えはかえって増すばかり。
『おぃ、あの鞭みてぇな剣。いつの間にか直刀に変わってやがんぞ』
『恐らくどちらでも変幻自在ね。それより血糊と言うより剣自体が吸った血ぃ吐いてる感じよ。やはりこれが本来の姿……』
暗殺特化なジレリノとアノニモが無駄口を叩き続ける程の不気味さ加減。上半身すら返り血の量が増した。
ズギューーーンッ!!
独り、たった1名。恐れ知らずな荷電粒子砲が返り血だらけのカーリーの胸を穿つ。紛れもなくチェーンの射撃。
されど余計に胸元の血が増量したのみに終わる絶望。己の血を見て増々戦意向上。戦場が全て死人と化すまで戦いを決して止めない狂戦士の様。
ガシャンガシャンッ!
「えっ?」
戦意──そんな言葉さえ知らない体の白狼が、真っ白なEL-Galestaを強引に自分の背で担ぎ上げた。
マーダ操る星の屑を見た途端、戦意喪失したラディアンヌ・マゼダリッサの省電力状態な機体を背に乗せたのである。




