第197話 至福の代価
マーダ、閃光覚醒中の状態で二度目の閃光。
Meteonellaに対し敗北を決して認めたくない思いが真祖も知らぬ新たな力を呼び込んだ。
最早星の屑でなく、星そのものに転じたマーダ・ガン・イルッゾとゼファンナから奪った金色のEL-Galesta。
これまで一度たりとも敵の攻撃をまともに喰らった事の無いMeteonellaの右前脚が欠損する一大事を迎えた。
狂気のさらなる向こう側へ辿り着いたマーダと、相対する森の女神&森の魔導士最強を誇る実姉の勝敗や如何に?
「──ファウナ、アンタ奥の手在るんでしょ? まだ使えない理由でもあるっていう訳ぇッ!?」
ゼファンナ、閃光使いとして格の違いを大いに見せ付けられ、思わず妹の仕込みに縋ろうととファウナに迫る。
──当然よね……。
姉の問い詰め、ファウナの顔が曇る。何もかも台本通りに事が運ぶほど世間様は甘くないと思い知る。
スクッ……。
「──良いわ。本来なら勝ちが見えたマーダを圧倒的に潰してから、敗北を焼き付けるつもりでいたけど」
「ファ……ウナ?」
驚くゼファンナ。妹の言い回しも謎めいているが、それ以上に口角の上がり具合が悍ましく感じる。
──そう……まるで自分達の実母『レヴァーラ・ガン・イルッゾ』が憑依したかの如く──
ピッ、ウィーン……。
──え?
「ちょ、ちょっとアンタ一体ッ!?」
危う過ぎる戦闘の最中、あろうことかMeteonellaの猫額を開きファウナが威風堂々立ち上がったではないか。
これが妹の語るブレない勝利への近道だと言うのか。錯乱する姉ゼファンナ、流石に天然だけでは片付けられない未知なる行動。
ヒュル、ドサッ。
「ククッ……レヴァーラ、さぞかし御所望でしょう私の身体。そんな壊れた機体何かサッサと捨てて、刺しにいらっしゃい」
金髪を結っていた藍染のリボンを解き、吹き曝しな風の渦中に髪を流す。さらに両腕の手甲を操縦席の床へ惜し気なく落とす。
両腕の手甲には嘗てラディアンヌ・マゼダリッサが暴いた防御魔法が仕込まれてる。それさえ破棄した。急所を取り囲む装飾混じりの防具も空へ投じた。
自らを守る気一切ゼロをファウナは妖しい口振りと共に体現している。
或る意味裸同然のファウナが口裂ける程、口角上げマーダ・ガン・イルッゾ専売特許な妖しき笑顔をマーダ機に向ける。
薄いシャツと胸元晒した上半身の衣装。
下半身を申し訳程度に覆い隠すスカートも風に煽られ大いに揺れ動く。
仮に誘惑する相手が『溺愛のレヴァーラ』ならば、刺激強烈過ぎて自己を見失い微動すら出来ず固まったことであろう。
「小娘がっ! 我は誇り高き新たなる人種マーダであるぞっ! その様な下らぬ芝居に乗せられる道理がなかろうっ!」
ゼファンナから強奪したEL-Galestaには操縦席ハッチが存在しない。寄って声を張れば、肉声でも互いの言葉が通じ合う。
マーダ、自らを『新たなる人種』へ位を落した。人類を纏め上げる現人神でなく、意志を秘めたAIと人類が融合した新種で在りたい自分を思わず暴露。
──防御を捨てただと? 相も変わらず小賢しい娘。腰に差した白い剣が残っておろうが。
現在のファウナの衣装は姉と出撃した際、語った通り。旧姓パルメラ・ジオ・アリスタと初対決する折、レヴァーラ・ガン・イルッゾが手ずから渡した装備である。
そんな大層いじらしい姿を晒して此方の意識を惹こう企む子供騙しな狡猾ぶりだとマーダは断定した。
ドクンッ!!
「なっ……なん…だと?」
マーダに取って信じ難い、赦し難い事象が起こる。
レヴァーラの姿と閃光を自分の意志で借りた姿が、アンドロイド時代の少年へ返ってしまった。
見た目の変化より気味悪いのは下腹付近で鼓動めいた何かが始まるのを感じた事だ。まるで別の生物が自分を稼働させようとする脅威。
「ホラッ、早く此方へいらっしゃいな」
ファウナが腰に差してたレヴァーラとの想い出詰まった白き刃さえも鞘毎抜いて、マーダの方へ投げ入れる。加えて恍惚なる笑顔を手向け、両腕を広げマーダへ差し出す。
決して抗えない導きが、森の女神からマーダ少年に届いてしまう。
「あ、嗚呼……か、身体が勝手にぃ?」
「可愛い初心なマーダ君。あの時の続きをしてあげても良くてよ。本当はお姉ちゃんが欲しく仕方ないんでしょ? うふふっ……」
『森の魔導は紀元前から歩む人類の歴史が育む当然の力。深い森が覆い隠してるエルフや他の精霊達から、ファウナお姉ちゃんが教えて貰った自然由来の力よ』
大浴場にて全裸な美人のお姉ちゃんより、手取り足取り手解き受けた刺激の記憶。
あの時、マーダ少年の中で熟睡していた性への目覚め。『続きをしたい?』と聞かれ、顔が真っ赤に染まる。
スーッ。
超強化プラスチックの刃を引き抜くマーダ少年。然しながら神に仇為す覚悟秘めたる顔つきではない。それ処か戸惑い隠せぬ震えた両手で柄を握る。
軽量過ぎる筈の剣がやけに手に余る感触。腕力不足で両手剣を持ち上げられない子供の絵面。EL-Galesta操縦室の床上を引き摺るしかない。
兎に角全身の五感が自分でない誰かに操られている。胸と別の場所に突如生じた心臓は一体!?
やはりこの女神には抗えない、抗う気持ちが何処かへ失せる。
遂に耐え切れず、Meteonellaの猫額に飛び移ってしまった。
「──待ちなさいッ! 母さんだけでなく妹まで私から奪う気ィッ!」
自らを差し出すファウナを強奪するべく此方へ降り立つマーダの間に、両手を広げ割って入る姉ゼファンナ。
意味不明だが妹は、マーダへその身を捧げるつもりだ。何らかの意図が在るのは判る。だが理屈でなく己の気持ちが腑に落ちる訳がない。
「森の術式がお望みならこの私を取り込みなさいッ!」
自分の大きな胸に手を当てマーダ少年が求める想い人の入替を要求する無茶ぶり。マーダのお眼鏡に自分が適っていない現実。ゼファンナとて重々承知している。
「良いの姉さん、最後まで我儘な妹でごめんね」
元来な森の女神的姿を模してる姉の裾を掴み、引き下がる旨を伝えるファウナ。その蒼き目に迷いが皆無。
これではまるで森の女神に於ける役割を、ゼファンナへ継承してるかの様ではないか。
「そ、そんな……」
膝から崩れ落ちるより他ないゼファンナの失望。悲し過ぎて、唐突で、涙腺が反応出来ない。
「……さあ、好きになさい」
ファウナ・デル・フォレスタ、改めて抱擁求める両手と青い瞳を閉じ淡い紅色の唇を、マーダへ向け差し出す。何とも無防備なる姿。
ゴクリッ……。
その様子に息飲まずにいられぬマーダ少年。
ファウナ・デル・フォレスタを自分は欲しいか?
ファウナの身体自体、男子の欲求に従えば余す処なく貪り尽くしたい。
然しファウナの能力……森の女神が自分は欲しいか?
そもそも覚醒者でなく、自然に生まれた能力を自分が扱えるか未知数。
なれど彼も既に理屈の外側にて居座る感情に逆らう気が起きない。身震いしながらお姉ちゃんの口元へ自分も同じパーツを不器用に寄せる。
マーダ少年に取っての初体験が、ファウナお姉ちゃんよりもたらされた。ただ唇を重ねるだけの好意なのに夢心地な少年の気分。柔らかく温かい至福の時。
同時に白刃をファウナの無防備な白い首筋にそっとあてがう。薄皮一枚斬れただけの淡い攻撃。一滴の血がジワリと滲み、白刃を伝う。
これで互いの儀式が滞りなく終わりを迎えた。
マーダはファウナの意識を身体毎受け容れる条件が出揃った。本来ならこれにて完結。覚醒したレヴァーラから引き継いだ人からへ人へ渡り歩く能力が発動するだけ。
上流から出流る川の如く、簡潔には流れぬ事柄がこれから始まる。
マーダは知らぬ間に、途轍もない足枷を御自ら引き入れてしまったのだ。




