第196話 矜持
ファウナとゼファンナが閃光の更なる上位に目覚めたマーダ機相手に思わぬ苦戦を強いられている頃。
アル・ガ・デラロサ大尉率いる異能空挺部隊も、パルメラ・ジオ・スケイルが息子ジオを依り代に召喚した殺戮の女神カーリーの初手に手を焼いていた。
『良いからそのまま飛びやがれッ! ──『閃光』!』
そんな最中、閃光使いの末端であるレグラズ・アルブレンは、飛行形態へ変形直前であったデラロサ機の背中に飛び乗り、自分を空へ上げる事を強要した。
「──閃光ッ!? レグラズ、手前死ぬ気かッ!?」
デラロサ隊長、当然ながらレグラズがこの戦闘に於いて閃光使用済なのを把握済。操縦者の身体中が悲鳴を上げ軋んでるのを重々理解している。
「フフッ、寝言は寝て言えデラロサ。黙って俺の下駄役をサッサと熟せッ! 貴様からの借りを取り立てるまで死ねるものかッ!」
死に物狂いな息荒い台詞のレグラズ。長い髪も瞳もその中身すら、青い冷徹な男が確実に燃え盛っている。完全燃焼の蒼い焔が如く。
「ど、どうなっても知らんぞッ!」
Legモードでホバリング全開の垂直離陸、さらにFlyモードへ移行するデラロサのEL-GalestaMarkⅡ。
初出撃の折、愛する少尉を同じく載せた。然しまさかこの口やかましい同僚の脚代わりに為る日が来るとは毛程も思ってなかった。
漢アル・ガ・デラロサ、同性と身体重ねる趣味は持ち合わせがない。想像するだけで身の毛がよだつ如何にも古風な男なのだ。
──此奴、武器はおろかバッテリーさえ底をつく寸前の筈。
レグラズ機、手持ちの武器は初スコアを記録したヒートソードのみ。然もエネルギー回生する暇もなく動き続けていた。
『いざとなればぶつけるのみッ!』
危険過ぎる覚悟を体現している青の男。やりたい事が筒抜けなのだ。
デラロサは改めて知る。
いけ好かない野郎だが、貫く矜持は矢の如く実直に飛ぶ熱き魂に秘めてた事を。
──ヘッ! 悪かねぇッ! 精々派手に花道飾ってやろうじゃねぇかッ!
パチンッ。
『デラロサ機とレグラズ機。これより敵に対し突貫を敢行するッ! ──出来るだけで構わねぇ。各機援護求むッ、以上だッ!』
ブツンッ。
笑い混じりで味方勢全機に無線で告げる恐らく最後の命令。そして返答受ける気がない態度を無線切る行為で示す。
妻は勿論、他の連中も大層驚いているに違いない。だが壊乱し過ぎて戦闘態勢が整ってなかった味方勢の足並みが急に揃い始める。
どんな無茶な指令でも構わない。こういう場合、縋れる言葉が重要な役割を果たす。
「──デラロサ?」
「勘違いすんなよ事務方ァッ! 手前を元居た机の前に戻すッ! お前と心中なんてまっぴら御免被るッ!」
デラロサの行為に『載せろ』と言ったレグラズの方が驚く。自分の覚悟が見透かされていたのは判る。されど最後の晩餐まで付き合わせるつもりはないのだ。
デラロサの方は、こんな見せ場を与えてくれた気骨高い精神へ、武骨な感謝の意を述べている。どうせ自分の機体も残量切れ寸前である。
隊長独りじゃ如何にもならない場面にぶっ飛んだ助け舟を出してくれたレグラズなのだ。
「──『火焔』!」
ホバリング移動しながらオルティスタ機が御馴染なる目潰しを繰り出す。左手のウルミで蹴散らそうとするカーリー。空いてる上の右掌から炎まで出す始末。
「ジオの炎吐き!? 何て器用腐った真似しやがんだ此奴ッ!」
文句垂れつつ剣の軌道読み辛いウルミをどうにか躱し、火炎には同じ火炎をぶつけて対処する此方も充分器用なオルティスタ機。
「うおぉぉぉッ! ──『牙炎』!」
何とか巨神の足元に取り付いたオルティスタ機。赤色から黄色に変えたナイフを逆手で足を狙い振り下ろす罰当たりな行為を狙う。
「させへんッ!」
巨大過ぎる女神の口が開いた。何と声音がパルメラそのもの。
この非常時に違和感を覚えるオルティスタ。巨神の足を貫くこと適わず。巨神が足首だけフンッと上げてたららを踏む仕草。
『グゥッ! ディーネェェッ!!』
オルティスタ機、巨神の足で破裂した地面の残骸を避け切れず、機体の左腕部に当たり破壊された。
致命でないのだ構ってなど要られない。オルティスタの仕掛けた罠は寧ろこれからが本領。
ブシュゥッ!
ズガガーンッ!!
「な、なんやてッ!?」
「ヘッ! デカ過ぎんのも考えもんだなッ!」
オルティスタ、まるでジレリノ仕込みな二段構え。
例え黄色いナイフが避けられても一向に構わないのだ。地面に刺さった黄色のナイフ。
そこへディーネ機が超水圧銃で多大な水散布。足元で水蒸気爆発させるのが真の狙いであった。これは巨大が仇為す結果。
地面を派手に破裂され、足元を掬われる羽目に陥るカーリー。膝を崩すも転倒だけは、どうにか免れた。
ディーネ機はカーリー自体を何故か狙い撃ちせず、さらに足場を酷く水浸しにするのを続ける。フォルテザの街は太陽風に破壊される以前、茶色を覆い隠す都会であった。
然し現状滅茶苦茶にされその上、パルメラ当人が絶滅の層で大層暴れた故、地面が剥き出しと化す昔の街に返ってるのだ。
「うぉぉぉぉッ!! ──『昇緋』!!」
片腕を失ってなお、オルティスタ機の進撃が止まらない。片膝落した僅かな隙の間に急接近。カーリーの目前、真っ直ぐ天へ立ち昇る火をカーリーの顎下目掛け打ち上げる。
「ぐぅっ!? 生意気な真似をォォッ!!」
オルティスタ機、たった1機で破竹の勢い。だが余りに近寄り過ぎた。
4本のウルミを全開で振り回すカーリー怒涛の恐怖。自身が巻き沿い受けても構わない怒りの反撃。しなるウルミに絡み取られ今度こそ、機体が致命打を浴びてしまった。
爆発するオルティスタ機、されど操縦者はとっくの昔に脱出完了。
これもオルティスタ&ディーネ共演の仕掛け。水浸しで泥沼に転じた地面を爆発したオルティスタ機が一挙吹き飛ばした。
「むぅッ!? め、目がァッ!!」
殺戮の女神の顔に多大過ぎる泥はねの洗礼。視界遮られ怒髪天で暴れ狂うカーリーの惨めたる御身。
弱り目に祟り目。
沼地に転じた地面の上で、散々暴れ散らした自業自得。ズブッと膝の辺りまでカーリーが憐れに沈む。
パルメラ・ジオ・スケイルの賢者的立ち回りが微塵も見えない。彼女ともあろう者が、誇大な力を手にした所為か、かえって活かし切れない模様。
それに対しデラロサ隊。最初の壊乱が何処吹く風な大躍進。
切欠は飛行形態で宙から最後の指令を出したデラロサ駆るEL-Galesta MarkⅡと機体に騎乗している満身創痍なレグラズ・アルブレン駆る青いEL-Galesta。
全損したフィルニア機、オルティスタ機が戦線離脱したものの、浮島戦以来、熟練度が増してるデラロサ部隊。
たった今しがた力を得たばかりのパルメラとは、巨大人型に於ける戦闘経験の差が歴然。パルメラはあくまで神聖術士としての矜持を貫くべきだった。
──とはいえ、未だ巨神カーリーを撃ち滅ぼした訳でない。例え沼地へはまろうとも4本の腕とウルミは未だ健在。
トドメを刺すか、4本の腕を亡きモノにせねば、戦いは決して終結しないのだ。




