第195話 銀河
殺戮の女神、迦利を現世に呼び寄せ自らが操舵する側に転じたパルメラ・ジオ・スケイル。
やはり彼女はインド神話の力のみを世界線に具現化するに飽き足らず、真実に神そのものを己が世界へ召喚せしめた。
此処からは対魔法戦と言うより、カーリーの力そのものを相手取る物理戦へ半ば無理矢理移行せざる負えない流れ感じるデラロサ隊の面々。
一方、ゼファンナは妹ファウナの過剰なる熱き声援を真に受け、レヴァーラ姿で閃光に寄る星の屑操作で優位に立ちつつあったマーダ機を果敢に追い詰め始めた。
マーダは人間の真実に於ける意識の底力を見せ付けられ、独り苦悩していた。
未亡人が遺言に従い、自分の味方をしている。EL-Galestaの二倍は悠にある神に成り代わったパルメラとジオの姿を視界の端に見やる。
──フフッ……まさしく神そのものではないかアレは。
心中で自嘲せざる負えないマーダ。術士の創造とはいえ、ヒンドゥー教の神自体を呼び出したのだから当然の思い。
自分はようやく体幹の強さと剣の心得がある女を取り込んだだけの存在。
幾ら異能が在ろうとも、本物の神に近しい存在に『我を手伝え』などと馬鹿を言う気には到底なれない。
──我だけでこの戦局を打開せずして何が現人神だ。世間の晒し首にされるぞ。
『──『閃光』!!』
無線回線0707、森の女神から指定された番号へ態々合わせた状態で、既に閃光状態である自分を奮い立たせる発言。
正直その行為自体に意味は無い。ただ己が気持ちを発奮すべく声へ載せたに過ぎなかった。されどMeteonellaの腕を押し返す奇跡を起こす。
『ウグッ!? な、何事ッ? まるで重力で擦り潰されている様な感覚ッ!?』
奇跡を起こしたマーダであるが、柔らかで妖しげな肢体が操縦席に押し付けられる不条理を味わう。
閃光状態を長時間維持すべく鍛え上げたレヴァーラとしての躰が悲鳴を上げる。
だが同時に背中を押す湧き上がる何かを着実に感じ、自分の手足に想いを馳せる。
『こ、これは一体何ッ!? 何なのッ!?』
──閃光の二度掛け? そ、そうかっ、間違いないわッ!
相対するMeteonellaを操縦しているゼファンナと、後方支援に徹してるファウナの姉妹もマーダの異変に思わずどよめく。
ゼファンナ、折角攻守交代成し得たばかりなのに動きを止めてしまう不覚。
マーダ機が放つ閃光織り交ぜた緑色の輝き。一際異彩なる煌めき、散りばめられた光でなく、まるで銀河そのもの。
天の川煌めく夜空は、見る者達へ感動を届けると同時に、絶対届かない吸い込まれそうな絶望感を感じさせる。夜は住居で己を守護しなければ殺られる。理屈抜きな野生の本能。
だからこそ人々は星々で神を描き、死の解放と共に夜空へ天翔ける夢を抱いた。
現状のマーダ機より発せられる輝きが世辞抜きで等しき存在に思えた姉妹。危険な香りを予感させるに充分過ぎる敵の様相。
「ゼファンナ姉さん、マーダはこれまでの閃光を超越した存在になってしまったわ」
魔導に精通しているファウナだからこそ余計に感じる絶望の渦。戦乙女の二乗、そんなもの比較にならない。
「ちょ、ちょっと待ってぇ!? そんなの理屈が通らないわッ!!」
閃光入門したてのゼファンナの気分。閃光の真祖が倍加した報告を受けた処で戦意を挫かれるだけに過ぎない。
大体閃光の発動条件と嚙合わないとゼファンナは感ずる。
レヴァーラ・ガン・イルッゾはマーダが持ち込んだ人工知性体と戦闘服に練り込んだ別の知性体を融合させる事で閃光を我が物とした。
寄って更なる閃光を呼び覚ますには材料が足らないのだ。少なくともゼファンナにはそう思えた。
「良く考えてみればゼファンナ姉さんでも判る事よ。だって貴女と軍は、死んだエルドラと天斬の人工知性体だけを好きに操ったじゃない」
ファウナ、今頃連合国軍の犯した最大の罪を詰る。彼女にしては珍しき行為。瞬間的な怒りでなく、過去の出来事に対する怒り。即ち遺恨に根差したもの。
「魂の無いエルドラと天斬の能力を取り出せた。マーダが融合を果たした者、レヴァーラ以外にもう独り居るのを貴女は忘れたの?」
「──ハッ!? ディスラドッ!」
それはゼファンナに取って余りに必然過ぎた──。
太陽神へ転じたディスラドを取り込んだマーダと死闘を繰り広げられたにも拘わらず、脳裏の中で思考回路が繋がらなかった姉。
対して妹の方──繋ぐ・別離・接続……『もう聞き飽きた』と顔を顰めたくなる位、10ヶ月間反復を押し付けられた。だから思考の巡りが姉と異なる結果に繋がった。
マーダ二度目の閃光は、ディスラドの持つ人工知性体がマーダに残留してた分と結び付いて生じた。
結果的には当然過ぎる帰結。
されどマーダ当人でさえ、思い掛けない棚ぼたなのだ。何しろマーダ自身、持て余している只中である。
「……大丈夫、落ち着いて。あんな状態、長く持つ訳がないわ。マーダの躰が」
閃光に寄るマーダのさらなる能力開花。確かに力量差だけで測ると如何ともし難い歴然たる差が在るのは明白。
然しながら閃光の継続時間を比較対象にすれば恐らく五分。それ程マーダは己に無茶を強いてる。制限を気にしない狂気の沙汰へマーダは遂に登り詰めた。
『フーッ……フーッ。ど、どうした? もう来ないのか? ならばッ!』
回線0707から生じるマーダの息が相当荒い。
普段の彼なら外連味帯びた『ならば征くッ!』と気合共々一閃する処。発声に用いる体力さえ戦の力へ転換せざる負えない。
例え見えずとも蟀谷に青筋立てて、決死で口角を上げ続けているに違いない様子が娘達にも手に取れる程、伝達した。
最早星の屑から星そのものに昇格遂げたマーダ機。
Meteonellaに対し、実にらしくない真正面からの特攻。マーダ機を覆う輝きが、槍の矛先が如き形を成している。
「アァァァッ!!」
「キャァァッ!!」
矛先をまともに喰らったMeteonella。右前脚を吹き飛ばされ欠損に至る大惨事。操縦席内でシートベルトに支えられつつ、大きく身体揺さぶられ悲鳴を上げる双子の姉妹。
劇団黒猫の象徴と言うべきMeteonellaがまともに攻撃を受けたのはこれが初である。
Meteonellaの造り手、リディーナが観戦してたら気を失ったやも知れぬ。
兎に角逆転に次ぐ再逆転。マーダ機、自力駆動出来ない故、重りにしかならぬバッテリーを全て強制パージした。殺る気充分に満ち溢れる立ち振る舞い。
覚醒者達の天敵が驚天動地の脅威を受ける羽目に陥った。
◇◇
パルメラ・ジオ・スケイルが呼び出した巨神迦利。4本の手に握る鞭にしか見えない剣ウルミをしならせ地面をかなり適当に叩く初動。
神聖術士から操縦者へ転じたパルメラ。『こんなもんか?』お試しの動きに過ぎない。
然しやられた側であるデラロサ隊の壊乱ぶりの凄まじき事。
壊滅してる街の残骸をカーリーのウルミで弾かれたのだ。残骸や先程殺した恐竜達の遺体等、天地が逆転した壮絶たる感覚。
ただのお試し程度で此処までされては、冗談で済まされない。各機に付与した重力解放は既に効力切れ。
飛行形態変形可能な隊長機か、背負ったボンベの水圧で飛翔に近しい大ジャンプ出来るディーネ機以外、ホバリング全開で宙へ逃げるより他ない。
「──ンンッ!? レグラズッ、手前! どさくさ紛れに何してやがんだッ!!」
Legモードで飛行形態へ転じようとしていたデラロサ機の背中に覆い被さる青の機体。機体同士が触れ合ってるので無線要らずの文句を垂れるデラロサ隊長。
「良いからそのまま飛びやがれッ! ──『閃光』!」
普段冷静なレグラズにしては珍しい灰汁強い口調。
彼は既に飛び道具の乱れ撃ちにて閃光を使用済。肝心要な搭乗者がガス欠の筈。
よもやよもやなレグラズ二度目の閃光。
彼の場合、マーダの様に覚醒のさらなる上など存在しない。全身ガタが来てるにも拘わらず、キレた上での体力度外視なる行動なのだ。




