第193話 初陣
MeteonellaVs閃光のマーダ機による争い。
マーダが星の屑を操れる事実を受け容れ、それに対抗すべくゼファンナ・ルゼ・フォレスタも金色の閃光を用いてこれに全霊で挑む。
ゼファンナはこの戦いの最中、閃光に目覚めたばかりだ。肉体的にも精神的にも過度な負担を擁する能力。地力が強靭なゼファンナでも、精々もって15分といった処か。
対するマーダ、当人は初めて扱う代物。然しながらこの能力を奪い取ったレヴァーラならば大層手慣れてるのは周知の事実。
寄って短期で決めたいゼファンナと、寧ろ延々と続けるのが得策と言えるマーダ。どちらが優位か考えるまでもない。
姉ゼファンナの後ろに座るファウナ・デル・フォレスタに取っても判り切ってる筈なのだ。それにも拘わらず『必ず勝つわ』と姉を安心させた意図は一体何か。
「──ア"ァ"ァァァッ!!」
「墜ちろッ!!」
ゼファンナとマーダ、互いの美麗な顔に皺寄せ己が全身全霊を賭け衝突し合う。
マーダ機の握る歪な鈍が耳障りな音で黒猫に襲い掛かる。ゼファンナは、それを黒猫の四肢全てを活かして受け止める。加えて互いに操る星の屑さえ交錯させる気の抜けない争いの連鎖。
パチンッ。
『ククッ……ファウナ・デル・フォレスタ。姉は酷く劣勢じゃないか? 絶望の守り手とやらは、またも出し惜しみする気か?』
マーダ、それこそまるでレヴァーラが如く高飛車決めて森の女神を煽動しようと企む。エルドラによる星屑の津波さえも退けた最強最後の防御呪文を要求する余裕面。
パチンッ、パチッパチッ。
『回線0707に合わせなさい。そんな勿体ない真似なんて絶対しないわ。だってゼファンナ姉さんをアテにしてるから』
ファウナの告げた無線回線0707……7月7日、ファウナが本物のレヴァーラの手を取り、口付けした記念日である。
『無線による舌戦をお望みなら聞いてあげても良くってよ』
如何にも少女染みた意志を想い出に乗せて届けた次第。相手は言われるがまま設定するが、哀れなことにマーダじゃ真意が伝達しない。
ファウナは実に歯痒い。目前で挑発強いるこの男はあくまでマーダという名の仇。
されど彼がレヴァーラをこの悲しみの渦に引き込まなかったとするなら15年前……幼き自分が実母と邂逅果たす運命は、恐らく巡って来なかった。
何とも皮肉なる運命──。
心優しく不器用な実母。またファウナの人生に於いて、これ迄も、さらにこれからさえも生涯降り注ぐ落花流水。
ファウナに取ってマーダの存在たるや、万死に値する罪深き者。なれど決して切れぬ運命共同体でもある。
ギュッ!
「──ご、ごめんなさいゼファンナ姉さん。もう少し……もう僅かで良いから頑張って欲しいの」
「ンンッ!?」
不意に後ろから手を握られ訳判らず顔を紅潮させた姉ゼファンナ。自分にそっち系の趣味など在り得ないとタカ括りしていた。
可愛過ぎる妹、次はあろうことか飴と鞭をまとめて愛犬に授ける大盤振る舞い。
「魔法をロクに使わなくても此方が圧倒的に上……。それを見せ付けてから蹂躙しないとあの馬鹿は調子づいてしまうわ」
そのまま指絡ませる恋人繋ぎによる続き。然も腕同士が絡み合う程の密着ぶり。ゼファンナ、新たな扉開いた気がする高揚感。
──や、柔らかい……。ギュッと掴まれてるのに。そ、それに何か当たってるよ?
よくよく思い返せばこの18年間、孤児院か油臭い基地で過ごした人生だけ。男女経験……男女分け隔てなく経験ゼロ。
哀れゼファンナ、この手の攻撃耐性値を計測する術が在るなら、恐らく生まれ出でた時以来の初期値に違いあるまい。
息をつかせぬ攻防の最中、戦闘による昂ぶりとは確実に違う何かが、身体中を熱くするのを抑え切れない。思わずゴクリッと息飲み込む。
なお天然ファウナは全く以ってタチ悪い。姉妹の域を超えないこれ程の触れ合い。さも普通と思っているのだ。
──実母の性癖歪ませたのは妹の所為!?
命擦り減らす時間の中、無駄な感情に押し流されそうなゼファンナであった。
◇◇
褐色の魔女が歴史の果てから呼び付けた輩と未だ戦争を強いられるデラロサ異能空挺部隊。その最中、1機だけ真っ白に転じ震えてるが如く微動だにしないEL-Galestaが存在する。
白は本来、省電力状態の証。されどこの機体の白は、搭乗者の堕ちた心を投影してるかの様に色を失っている。
搭乗者は何と女武術家、ラディアンヌ・マゼダリッサ。膝抱えて歯の根揺らして怖気に魂囚われている。
自分を恐怖のどん底に叩き込んだ星の屑達をマーダ・ガン・イルッゾが使役したのを目の端々に入れてからだ。
浮島攻防戦の折、類稀過ぎる呼吸術でファウナの身代わりに成ろうした際。黄泉路の道筋綺麗に見え過ぎたラディアンヌ。
先刻振り切った過去だと思い込んでいた。然し理屈じゃなく躰がまるでいう事を利かない。自分がこれ程恐怖に苛まれるなど思ってもみなかった。
「……」
普段のノリなら『何遊んでんだ!』といった風情で喝を入れるオルティスタなのだが、今回ばかりは掛ける言葉が見当たらない。最早頼れる妹分の地力を祈るより他ない他力本願。
オルティスタは数多の戦場を駆け、数え切れない命散らした女性。人生経験豊富……声高には言いたくない。
そんな彼女でも父・焔聖と果し合いの後、前後不覚に堕ちた経験則が在る。
──こんな自分でさえ戻って来られた。心根強い妹分なら大丈夫に決まっている。
ラディアンヌを信じ抜くと勝手を思い、いつ戻って来ても彼女が活躍出来得る花道照らす炎で在ろうと自らに誓いを立てた。
「──つまんねぇッ!」
「──おもんないわ!」
「──実に下らんッ!」
デラロサ隊に於いて声も身体も最も巨大な白狼、チェーン・マニシングと息子ジオの背に跨り戦況を静観してたパルメラ。さらにレグラズまでも三者三様、似通った台詞を並べた。
「僕はこんな化物相手に戦う趣味ないぞッ!」
「こればかりは激しく同意だ。トカゲなんかと遊んでられるか」
趣味嗜好、まるで異なるチェーンとレグラズ。
チェーンはファウナの為だけに仕事をしたい。だが現状そうも往かない。
レグラズ・アルブレンは士官学校上がりの生粋たる軍人。それでなくとも十八番の飛び道具を全て失い、ヒートソードのみで恐竜達にホバリングで突貫するのみ。自分は軍人、狩人では断じてない。
両者共々、やりたい争いからかけ離れてる趣旨で意気投合なのだ。
では仕掛人であるパルメラは如何なる理由か。彼女は至って単純。『飽きた』地上を走る敵の群れと直に遊びたい気分に駆られた。
◇◇
「これが……これが私の知らないマーダの戦いなのですね」
戦闘要員以外、全て避難所へ逃げた淋しさ余りある格納庫の隅。
たった独りの銀髪麗しき女性が何とも妖しみ溢れた台詞。誰も使わないモニターに映る黒猫と緑色の輝き散らす金色による戦況を、蒼き瞳の奥へ焼き付けていた。
但しあくまで興味注ぐのは、マーダとファウナ&ゼファンナの戦いぶりだ。他の連中には目もくれない割り切りぶり。
妖しき美女の正体──出来過ぎるア・ラバ商会の派遣社員、リイナである。
『マーダの初陣』
預言者か、はたまた神の使いの様な言い草。如何にも待ち望んだ歴史訪れた感覚。既に知覚している年表をようやく彼女は観ているらしい。




