第17話 星を落とせし者
アル・ガ・デラロサ大尉率いる連合軍空挺部隊。彼等が駐留しているスペイン・バルセロナに帰還した。
そこで待っていた者。
苦い顔を通り越し、無表情と化したスペイン司令部の総司令である。
「デラロサ君……報告書及び戦闘記録、全て目を通したよ。本来なら第一空挺部隊は即刻解体──と、言いたい処だがね。そんな事すら小事と化した」
そう……シチリア島での一戦は、デラロサ処か、この司令官すら立場を追われる結果であるのは明白だった。
確かに此方が様子見という少数部隊であったことは否めない。しかしたった6人の若き生身の女を相手に無様にも敗北したのだ。
「OkinawaとPearl Harbor基地が一瞬にして壊滅、一体何があったと言うのですか!」
隊を率いるデラロサ大尉よりも食い気味で司令官に迫るアルケスタ少尉である。もっとも帰還する間に殆どの経緯は見聞き済だ。それにも関わらず食い下がった。
音声と映像だけない、司令部から生の報告を聞かずにはいられない心境なのだ。元々吊り上がった目がより上がり、目元に皺を作っている。
「──落着きたまえアルケスタ少尉。上層部そのものが大混乱をきたしているのだ。連携済の情報以上のことは未だ解明出来ていない」
司令席の机の上、手を組んで無表情を崩さない司令官。だが無駄と言いつつ、既に見せた画像をプロジェクターに投影させた。
大気圏外から小隕石や塵の類が、2つの基地へ雨霰が如く落下した地獄が映る。
「報告した通り、正に刹那という文学的表現が当てはまるものだった。レーダー探知と同時に落とされては迎撃なぞ出来る訳がない」
司令官が画像を切り換える。民間人の撮影した映像と、たった一言の呟き。これが多大な反響を世界中で呼び、瞬く間に拡散した。
『This is a miracle that God can accomplish.』
(これぞ神の成せる奇跡だ)
軍事基地敷地内は、例外なく更地と化した。だが近隣の街や民家に一切の被害が無かったのである。
壊滅する基地。機能回復は不可能と判断され、僅かな残存部隊は、別の基地へ移ることを余儀なくされた。
それを『Serves you right』の気分で笑う民間人達。連合軍などという思い上がりの象徴を、神が厳罰に処した。大勢はそういう色眼鏡でこの出来事を認識したのだ。
さらに次の画像へ切り換わる。これが連合軍に取って最大の痛打と化した。
全世界のありとあらゆる放送手段を奪取した未だ未成年者と思しき男が、まるで絶対神が如く、その沙汰を言い渡したのだ。
「僕の名は『エルドラ・フィス・スケイル』。人は僕の事を星を落とせし者と呼ぶ。13年前、イタリアの火山を潰したのも、この僕の御業だ」
発信源こそ不明だが、その全身を誇らしげに晒す。短い金髪で緑のローブを羽織っている。飄々とした顔に輝く両目も緑だ。
加えて『これが僕の星……』と誇張する様に、右手には浮かべた緑の球体が存在した。
「これで僕の力は充分過ぎる程、お判り頂けたであろう。僕がその気になったら最期。地球上の全てが荒野と化す。………ま、もっとも今はまだその時ではない」
此処で忌々し気に司令官が映像を消した。無表情であった顔色に苦虫が混じる。
「──済まんアルケスタ少尉。本当にこれだけしか判っていない。上層部とて正答が喉から手が出る程欲しいのだ」
そして荒げた顔を元の司令官らしい冷たい処へ戻してさらに続ける。
「2人共判るだろう、最早これは一部の軍や、配備の増強といった範疇すら超えてしまったのだ」
「つまり司令殿、我々は連合軍でなく、連合国軍……。国がどうこう言っている場合ではないと?」
指令室に入り音無しを続けていたアル・ガ・デラロサが此処で初めて口を開いた。
形ばかりの連合を辞め、真実に国家間を超えた新しい手段を講じるのが急務という話をしている。
「フゥ……そういう事だデラロサ君。ま、もっとも──あの様な神を相手だ。軍隊に反抗の糸口など果たしてあるものだろうかねぇ」
頭をペンでボリボリ掻き、すっかり落ち込む司令官である。
「──た、確かに絶望的状況ではありますが」
此処で自らを鼓舞しつつマリーが発言を割り込ませた。軍人であるアルケスタでなく、一個人マリアンダとして言いたい処があるのだ。
「彼は……エルドラとやらは決して神ではなく、我々と同じ人間であると私は思います」
決して大きくもなく淀みも含んだ自信なさげな声と表情。だけどそんなマリーを見たアルがさも嬉しそうに笑った。
自分達とてつい先程まで、その生身の人間達に敗北を期したばかりだ。なのでマリーの言う事は的を得ている。
「良く言ったマリー! やっぱお前良い女だよ」
「や、止めて下さい!」
マリーの背後に回り込んでその迷彩色に染めた頭をウリウリと幾度も撫で回すアルである。「セクハラです!」と抵抗するも、本気でないのか逃げられないマリーなのだ。
「──全く君達。いちゃつくのは、此処を出てからにしてくれんか?」
肘をつき、二人の仲睦まじい様子を呆れる司令官。しかし己自身、マリーの言葉に縋りたいと心の中で緩むのであった。
◇◇
連合軍に限らず世界中の人間達がこの話題に釘付けとなっている今。独り怒りに打ち震える男が、シチリア島に存在した。
パキンッ!
その腹いせにワイングラスの握りをへし折り、床へ叩きつけた。周囲に居る裸同然な従者の女共が、悲鳴を上げて慌てふためく。
「い、一体どういうつもりだNo1ッ! 13年前の首謀者はこの我ッ、No2のディスラド様だッ!!」
憤慨して金髪の頭を獅子の如く総立ちにするディスラドである。彼の人生に於いて最大なる屈辱の瞬間なのだ。
「おのれおのれおのれェェッ!! 我とこのシチリアを中心に戦争を巻き起こすッ!! その楽しみが泡と消えたわッ!!」
大いに腹を立てて、何処に居るとも判らないエルドラ・フィス・スケイルへ訴える。そして再びドカッと玉座的な椅子に腰を落とした。
──まあ良かろう。貴様がその気ならば、此方とて考えがある。
クィッ。
ワイングラスを失ったままの手を、そのままの形で上げたディスラド。それに気づいた従者が色を失ったまま新たなグラスとワインの準備にそそくさと動き始めた。
◇◇
「──な、何ですって」
「こ、これが人の成すことか」
連合軍やディスラドが視聴していたのと同じ映像を観て、茫然自失と化したラディアンヌとオルティスタの二人。
他の連中はディスラドがエルドラを指し『No1』と告げた事からも判る様に、エルドラも元ヴァロウズの一員であった訳だ。寄ってその能力を理解している。
だがたとえ知っていようとも、この地獄を見れば、顔色を悪くするのが当然であった。
「──ファウナよ。あの力を見せつけられどう感じた?」
これはレヴァーラの問いである。
普段割と動じない部類のファウナであるがその映像──流石のファウナとて息を飲んだ。
「え、ええと……」
「どうした?」
何か言葉を選んでいる体のファウナである。答えに窮しているのか、普通ならばそう思われる場面だ。
ただ幾度もレヴァーラの顔色を窺っている様なのだ。先程『レヴァーラ様へお仕えしたい』と自信満々であったのに別人の様だ。
「え、えと……れ、レヴァ…」
「クク、ククククッ……な、何を今さら臆しておる。レヴァーラで良いわ」
急におどおどとした可愛げを見せるファウナに、引き笑いで腹を押さえるレヴァーラであった。
やはり所詮は未だ17歳の少女なのだ。不意に我へ還り『一体何と御呼びすれば……』と悩んでいたのだ。このやり取りに、周囲の者も大いに和む。
ディーネに至っては「ファウナちゃん、可愛い……」と、心の声を漏らさずにいられなかった。




