第190話 魔導
世界最高峰なる意志を持った最初の人工知能プログラム『Marda』
大層膨大なるデータの塊から人など足元にも及ばぬ電脳を駆使したにも拘わらず、人間達に従順なるAIこそ有能という随分な身勝手な世間一般。
これに異を唱えたサイガン・ロットレン。優秀たるプログラマーの弟子と共に生み出した原始の息子。リディーナの力を借り『他人に成りたい』と望み描いたレヴァーラの能力を手に入れた。
──この能力を用い、手始めに自分へ転化する相手を誰にするのが一番なのか?
自分がリディーナと共に奈落の実験を推し進め、剰え勝ち抜いたヴァロウズ達の何れかを選択肢とする。これこそレヴァーラが引いたレール上での分岐点に他ならない。
ヴァロウズNo1~No10に於いて、事象反転の術式を始めから抱き、なおかつ皆既日食という太陽が失せる絶望すらも逆転させる可能性秘めたディスラドこそ相応しき者だと決めた。
然し太陽光に寄る攻撃は完膚無く遮られ、荷電粒子帯びる太陽風もたった独りの風使いに夢暴かれた。
人間とは儘ならぬモノ──。
電子回路では決して図れぬ。改めて知見したマーダ。身を以って知る反省。能力の上限下限で読めぬ研鑽秘めた何かが、こういう時こそ煌めき放つ。
『──ファウナッ、ゼファンナ! 我と戦えッ!』
金色に転じたマーダ機。他のEL97式改には目もくれず、漆黒の黒豹へ笑いながら歯向かう愉悦。
前列の姉ゼファンナだけ、交戦準備は整っている。
されど後列のファウナが未だ、闘い倦ねた自身の心根を揺らかせたままだ。マーダを敵に回す覚悟がようやく実を結んだ傍からこの状況変化だ、止むを得ないと言える。
「──『戦火の火種』!」
フォルテザに着いて以来、沈黙を守り続けていたヴァロウズNo4の神聖術士、パルメラ・ジオ・スケイル。
遂に口を開き、ヒンドゥー教戦いの女神による黒い炎の御導きをマーダ機に授けた。
『ククッ……またしても夫の遺言を我に与えるかパルメラ』
燃え盛る争いの火種を授けられ高揚衰え知らずなマーダ殿下。口裂けしそうな口角上がりが、留まる事を知らない。
「せやなぁ……さっきまでやったら、なんか気乗りせんかったけど、今の貴女なら俄然やる気出て来たんよ。ウチもよう判らんけどな」
詠唱を忘れた本気のパルメラ、ほくそ笑む。けれども本気であるにも関わらず、例の不可思議なる訛り失せない不思議。
パルメラ、自分自身の違和感に気付き、美麗なる顔の目が点になる面白味を見せる。
「ンっ? な、何やろなコレ? ずっと使ってたさかい、ええ感じでこなれてしまったんかな?」
独りで呆けて突っ込みへ転ずるパルメラを見たマーダ。我ながら思いがけぬ場面で「ふふっ……」と吹き出す緊張感緩む様。
『フフッ……良かろう。では改めてパルメラ・ジオ・スケイル、そして息子のジオ。我を助けよ!』
金色なるマーダ機、右手を横に振りつつパルメラ母子の助けを乞う。緑色の輝きが星屑の如く舞い散る。
「ハッ! 此方こそ何卒!」
「ガォンッ!!」
パルメラの着衣、煌びやかなサリーと守りの星屑達の共演が自然な舞を魅せる。母を背に乗せているキマイラ姿に化けた獣人ジオが雄叫びで応答と為した。
「──炎舞・『火焔』!」
──戦場で何浮ついてやがんだ。
マーダの復活劇とパルメラ再度に渡る参戦表明。
そんなやり取り知ったこっちゃないと言わんばかりなオルティスタ機。深紅に染まるナイフで描いた巨大燕が敵方二人を狙い討つ。
「──『戦神の刃』!」
マーダとの再会を祝していたやり取りに、何とも無粋なる火の鳥が襲い掛かる。
怒り込めた見返り美人なるパルメラ。蒼い電撃帯びた無数の剣が、いとも容易くオルティスタ機が放った火の燕を斬り払う。そのまま無礼な緑迷彩まで降り注ぐ恐怖。
「グッ!?」
オルティスタ機とて剣にかけては超一流の自覚が在る。
魔導士が創造した剣の雨霰なぞに負ける訳には往かない。EL-Galestaの超が付く巨大なナイフを尋常ならざる速度で振り、その全てを打ち払った。
但し相手は電撃帯びた剣故、痺れを伴い機体自体が大いに感電。一時的機能低下を起こしてしまった。自分ながら迂闊だと恥じるオルティスタ。
中身が黒いEL-Galestaが、その絶好なる機会を見逃す訳がない。街の瓦礫の中から鉄屑を閃光で収集する。
何とした事か──。集めた鉄屑が緑の輝き帯びる実体剣の形へ転じた。マーダ機、それを翳して動きが緩慢と化したオルティスタ機を斬り払いに征く。
ガツンッ!
「──甘いね」
『アノニモか? 随分やってくれる』
未だ小手調べとはいえ、閃光混じる攻撃を容易く弾いたNo9に、少々敬服の念すら抱く。
デラロサ隊には見た目も中身も飛び切りなる黒が存在する。光学迷彩を解いて出現した艶消し黒のアノニモ機。逆手に握るナイフの柄でマーダ機の歪な剣をかち上げ止めた。
マーダ、故障してるとはいえ12mの人型兵器に返り咲き、類稀なる術士パルメラも黒い女神側に戦線復帰を果たした。
何れも素晴らしき敵には違いない。然しながらデラロサ隊の物量たるや未だ圧倒的だ。
もう太陽風に恐れを抱く心配は必要ない。戦場に於いて多勢に無勢を遠慮する礼儀など一切不要。空迷彩のジレリノ機が無音で続々と鋼線の罠を仕掛けて包囲し始める。
超水圧銃を主要武器にしているディーネ機も戦線復帰。飛び道具を贅沢に奢る機体達が射撃による包囲網も二重引きする堅実な戦仕掛け。
棋士デラロサ、己の駒を派手に用いて、着実に仕留めに掛かろうと迫らせる。
『──パルメラ、任せた』
マーダ、たった一言の呟き。ニヤリッと微笑むパルメラ、美女の笑みが、げに悍ましき盤上返しを巻き起こす。
「──絶滅の層!」
瓦解した街並みが、次は地面から裂け始め、地獄の窯蓋が地震の様な地響きあげて開いてしまった。
マーダの『任せた』は『遠慮は要らぬ、お前の好きにするが良い』暗号めいた容認の合図なのだ。
それを受諾したパルメラが創造主ブラフマに働き掛け、幾星霜たる歴史の軛を紐解き、恐竜やマンモスといった巨大過ぎる絶滅種を大量に召喚した。
「な、何だぁ!? このふざけた様はッ!?」
物量だけなら一挙形勢逆転され、悲鳴にも似た仰天の声をデラロサが上げずにおれない。
『絶滅の層』
美麗な魔女が発したただの一句。
森の女神もとい森の魔導士を狂信しているデラロサなのだが、同じ魔導の類に寄る降って湧いた理不尽を大いに見せ付けられ、敵に回した魔導の力に畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
ファウナ・デル・フォレスタとヴァロウズ下位組連中相手の初顔合わせ。散々な失態を犯した嫌な思い出が、アル・ガ・デラロサ大尉の脳裏を掠めた。




