第188話 真情
Meteonellaの覚醒者殺しにより、ディスラドを消すと決めたファウナ・デル・フォレスタ。
然しマーダの素早さたるや、Meteonellaの覚醒者追尾能力を以ってしても避けられる公算大と感じたアル・ガ・デラロサ隊長。フィルニアから提案された太陽風封じ込め作戦に挑む。
ヴァロウズNo6、機械生命体へ自由に化けれるチェーンによる最大火力。荷電粒子砲を浴びせ掛ける事に成功。マーダ、落ち着き払い太陽風にてこれを対処。
──御嬢! 遠慮は要らねぇ、やっちまえッ!!
デラロサ隊長、誰にも届かぬ心の指令。既に配達済なのでこれは駄賃。百戦錬磨なデラロサに取って、こうも巧く運ぶと片腹痛い遊びに思える。
フィルニアの貴重なる情報と、未開封なMeteonellaの能力を以って掛かれば勝ったも同然。
後はマーダが慎重なる動き見せる予想外さえ起きなければ……デラロサ的には起きる訳ないと踏んでいた。
ヒュンッ!
「──なッ!? 何だ此奴はッ!?」
マーダの全身を突如巻き付いて動き封じる黒い何か。
それはMeteonella、第二の尻尾。黒猫には、普通の動物めいた尾から生じる尻尾の他に、さらに後ろで付き従う、浮いた謎の存在がいる。
黒い海蛇が如き存在がマーダに巻き付き彼の躰を縛り上げた。普段から太陽風吹き散らしてるなら、こんな玩具の類、通用する道理がない。
フィルニア・ウィニゲスタが閃光と共に怒りの突貫を果たした一部始終。
先ずマーダの背後に迫り、繰り出した機体に寄る頭突き。これは太陽風の防御毎、突き飛ばした力技に過ぎない。
問題はその後、落ち往くマーダへ破損した機体で見せた伸し掛かり。
明らかに太陽風の防御失せてたとフィルニアは隊長へ言伝した。だから暗転を止む無く用い、上下反転を狙うしかなかったのだと。
極々ありふれた話──。
太陽風を全力で用いた直後、その風は暫し止む。所詮人間、本物の太陽の様にひたすら燃え続け、荷電粒子の嵐吹き荒れてる訳がないのだ。
例え暗転による事象反転で手に入れた力と言えど、人間如きが常日頃から細胞燃やし続ければ、命果てるが確定である。
22世紀──様々な天体観測にて太陽の謎、白日の下に晒した事象も確かに存在する。なれど所詮、直接見て触れてない力など、人間の身勝手な計算による想像の枠組みなのだ。
太陽神ディスラドとはそんな怪しげな夢物語の範疇を決して出れない。森の女神がエルフ達から見聞した真実の方が余程手強い。
同じ頃──。
見るも無残なフィルニア機の残骸の元、ボンベを背負った青いEL-Galestaが近寄る。自機の操縦席ハッチを開いて原型留めてない街中へ降り立つ一人の女性。
語るまでもなくヴァロウズNo8、ディーネである。相棒の代わりに地下避難所周辺の警護を一任されてたので駆けつけるのが遅れてしまった。
「ひ、酷い……こんなになるまで。──ええと、確かこの辺りに……」
ディーネ、ただの鉄屑に転じたフィルニア機の首元に迫り、何か必死に探し求めている。
「あったっ! 動いて御願い!」
煤けた赤いボディに見える僅かな捲れ。開くと『Emergency』と脇に但し書きの在るボタンを見つけた。震える人差し指を伸ばし、祈り込めて押し込む。
ガコンッ!
「開いたっ!」
「ンッ!? でぃ、ディーネ? お、お前どうして此処に?」
暗がりしかない潰れた操縦席内に突然、日差しと酷く顔歪ますディーネを見つけ驚きの声上げるフィルニア。相変わらず全身が痛い故、その都度感触身体突き抜け、言葉濁らす。
動力でない、引っ掛かりが外れた感じの音と共に、フィルニア機の操縦席ハッチの蓋が開いた。爆炎で破壊し開けたファウナと比較にならぬスマートさ。
ファウナは、このやり方を知らなかったのであろうか。緊急用ハッチ開閉ボタン──操縦者の安全を考えれば、存在しない方が余程おかしい。
「い、幾ら太陽に水が利かないからって言ってもさ。こ、こんな酷いの居ても立ってもいられやしないよ。──って言うかフィルの馬鹿ッ!!」
涙と唾、両方容赦なく重傷者に散らし垂らすディーネ。フィルニア、ディーネからの温かい水が当たり、僅かながらに気分解れる。
「──ごめん、とても痛いだろうけどちょっと触れるね」
涙拭うとディーネが割れ物に触れる慎重加減でフィルニアの身体を触る。加えて目を閉じ、フィルニアの身体中へ己の力を流し込む。
「ふぅ……良かった、どうやら臓器に支障ないみたい」
「でぃ、ディーネ? こ……こんな事も……グッ!」
水使いディーネ、フィルニアを流れる血流及び体液を水の力で診察した。ホッとするディーネ。さらに驚く以外の反応しか用意出来ないフィルニアのもどかしさ。
「たった今出来る様になった。昔水泳選手目指してた時、人体の事、一通り勉強しといて良かった」
何とも気軽なディーネの応答。これには最早、驚き通り越して腹筋引き攣るフィルニア。
ディーネは基本適当が売り。よもやナノレベルな医療行為が出来るだなんて思いも寄らなかった。
「そ、その天然ぶり、まるで森の女神じゃ……」
「フィル? 普段の貴女、こんなボロボロになるまで戦う無茶しないでしょ?」
投げる言葉に返す言葉。自分達が信じる女神の天然加減が、互いに影響受けてるのを否定出来ずほくそ笑む。
「喋るのも痛いんだから少し黙ってなさい。僕はファウナちゃんみたく治癒なんて出来ないけど」
ディーネ、ポケットから水の入ったボトルを取り出す。フィルニアの骨折箇所へそれを垂らすと瞬時に凍結させた。
要は潰れた操縦席から救い出す前。これ以上酷くならぬ様、添え木代わりに凍らせたのだ。
だいぶ荒っぽいが手を入れる隙間少ない状況。ディーネ的に今出来る最大値の救助方法、寄って我儘言わせやしない。
こうして動かすことすらままならないフィルニアを狭い操縦席から見事引き摺り出した。
そして石ころだらけの地面に水を撒き、それらの量を増やして流し切る。なだらかに変化した地面へそっと優しくフィルニアを寝かす。
「どうする? このまま凍らせたままって訳にもいかないけど……」
「いや、正直この方が余程有難い。麻酔と固定、両方出来てる」
添え木の凍結術、そのままにしておいては凍傷し兼ねないので尋ねたディーネ。
然しフィルニアにしてみれば相当気持ち解れる処置であった。寝姿であるものの、途端に言葉が流暢帯びる。
「済まない、本当に助かった」
「ま、まあ……仕方ないよね。僕が風使いなら、きっと同じ無茶したよ。えへへっ……」
ようやく普段着なフィルニアとディーネに戻れた二人。思わず苦笑い浮かべる両者。
「あ、で、でも僕。地下避難所に戻った方が良いのかな……」
「多分要らない。あの男がマーダにレヴァーラを混ぜた存在だから、こんな無駄をしたと思わないか?」
避難所へ想い惹かれるディーネに、マーダが破壊し尽くした街の景色を指差すフィルニアである。
フィルニアも少々人が悪い。
敵が来ないと踏んでる場所へ親友を敢えて置き去りにしたのだ。無論、意地悪ではない。
「住民達が全て避難したのを確認した上で、街並みを斬り裂く意味不明をやってのけた。大体避難所を造ると最初に言い出したのは一体誰だ?」
「あ、嗚呼……成程」
フォルテザ市に避難所を設けようと決めたのは紛れもなくレヴァーラなのだ。
レヴァーラの意識、恐らく能力毎全てマーダに刈り取られた。それでもフィルニアは確信するのだ。
マーダというAIプログラムが乗っ取る相手の意識は、すべからず混ざり合い、彼のこれからを形作る重ね書きを綴るのだと。
そこに期待込めた故、私達のファウナは、マーダを残すと決めたのだと思いたい。そして空を見上げる両者。視線の先に在る者それは、ディスラドという依り代消されるマーダである。
「ウグッ! こ、こんなふざけた物にィッ!!」
実に不愉快極まれしマーダ。身体を捻り脱出を試みたい想いあれど、別の何かがそれを阻む。然もこの黒蛇と結託している様に思えてならない。
「さぁッ! 消えて無くなれこのド変態ッ!!」
「Yes Master Zephanna Meteonella、Target Lock. …………Disrad」
人間の意識1個分消す罪を背負う割に姉ゼファンナの言葉が汚い。されど彼女にしてみれば軍に入り、これまで研鑽を重ね、ようやくこの日を迎えた。
『太陽の力を得る人間……そんな異端、必ず消さねばなるまい』
これはガディン・ストーナーの悲願であり、襷繋いだゼファンナとて必ずやり遂げばならぬ信念の結実。
ファウナ・デル・フォレスタによる太陽神、葬送の始まり。もう決して時計の針は止められない。




