第187話 酷く贅沢なる盤上
ファウナ・デル・フォレスタ、ディスラドの能力を消去すべく姉ゼファンナとMeteonellaを駆り出撃した。
消すのはレヴァーラではない。
それは詰まる処、マーダが以後の世界に於いて、人から人へ渡り歩く未来を認めた事と同義。
恐らくレヴァーラの意識を消去すれば、後は身体さえ失えば中枢と言うべきAIプログラムを守る殻を失う。リディーナの様な大層優秀なるエンジニアに拾われなければ、消え逝く定めだ。
さりとて消すのはあくまで太陽神の本体の方。確かにそちらを消せれば、戦力半減以下と言えよう。
兎も角、我等が森の女神の定めたる事。加えて信者達さえ怨み言は決して言わない。後は目標捕捉あるのみ。
レヴァーラの愛した故郷、フォルテザ市街は酷い有り様。さらに自分の身代わりが如く戦ってくれたフィルニア機が見るも無残な大破を晒す。
アビニシャン以外の死者こそまだ出ていないが、余りの傍若無人ぶりに怒りが空まで届く勢い。これまで幾度もキレたファウナが戦局を左右した。
「グッ!! ゆ、赦さないッ!! 絶対赦せないわッ!!」
魔法少女、思わず歯軋り。然し冷静さを欠いた処で、これまでならMeteonellaが勝手に殺ってくれた。
「Meteonella Target……」
「やらせんッ!!」
マーダ、天使の姿で太陽風の剣圧をMeteonellaへ向け連射する。然も黒猫が避ける動きを出来ぬ様、周囲に無駄弾すら撃ち込む勢い。
その上、己自信を飛ばした剣圧の内に秘め、猫額に在る操縦席を直接物理で斬り裂きに迫る。
「舐めんなこのド変態野郎ッ!」
ゼファンナ、Meteonellaの黒豹の如き前脚の爪を突き出し防衛する。敵の呼び方がマーダというよりディスラド相手だ。
機械兵器の操縦席を的確に狙う攻撃。まるで人斬りが執拗に首ばかり狙うのと同じく、至極読み易い。
Meteonellaの爪に邪魔されまたもやマーダ、太陽を背に空へ飛び立つ。何故こうも上から見下ろしたがるのか。
デラロサ率いる歪なる空挺部隊。機体自らの力で空を主戦場に出来得るのは、デラロサ駆るEL-Galesta MarkⅡのみ。
それに相手が全て12m以上となれば、目線の位置だけでも上を取りたいのも頷ける。
ファウナ、先程EL-Galestaによる原子の連鎖で、態々太陽神の戦いぶりを考察した。
だが……黒猫に乗ったが最後、最早小細工など要らない。相手が覚醒者で在る以上、Meteonellaなら当てさえすれば雑魚も同然。天敵とはそうしたものだ。
されどマーダの俊敏なる動きたるやMeteonellaの目標捕捉へ至れるのか。周りが危惧する程速過ぎる。
Meteonella、最初の犠牲者と言うべき元ヴァロウズNo1、エルドラ・フィス・スケイルの場合、彼自身が宇宙に居る事態以外、動き回れる標的ではなかった。
狙った覚醒者を自動追尾するMeteonellaの機能。然し追尾前の捕捉すら赦さない可能性が在る。
もう1つ懸念が在る。太陽風の存在だ。
Meteonellaが覚醒者の意識を消去する光。これはありとあらゆる物質をすり抜け相手へ届く。けれども太陽風は強力なる荷電粒子により精製された特別な風。
マーダを守る太陽風を一時的でも停止させた上、動きも止めて光を浴びせ掛ける。例え天敵と言えども、大層手厳しいなやり口を考える必要がある。
『──ファウナァッ!』
『ファウナ様ッ!』
緑迷彩のオルティスタ機、黄緑色のラディアンヌ機。
他にも黙した上、光学迷彩を用い姿を消してこそいる空迷彩のジレリノ機と、影から影へ飛び移るアノニモ機もMeteonellaの間近にようやく馳せ参じる。
一刻もMeteonella専用格納庫に辿り着きたかったこの4機。──止むを得なかった。マーダからの街を吹き飛ばす力の前に慎重期するより他なかった。
『ラディっ! オルティっ!』
頼もしき姉貴分達の合流。ファウナは素直に喜び勇む。
『各機ッ! マーダを包囲しつつも距離は取れッ! 太陽風にまとめて殺られたら意味がねえッ!』
飛行形態で旋回しながら各機の配置を指示するアル・ガ・デラロサ隊長。
Meteonellaがようやく出撃した喜びだけで物事を判断しない。流石隊長、伊達じゃないのだ。
▷▷──で、デラロサ隊長、太陽風を止める。私の話を黙って聞いて欲しい。軽く頷きくれるだけで良いんだ。
全身打撲・骨折の痛みを押して風の精霊術による声掛け始めるフィルニアである。潰れた操縦席の中でも冷静さを損ねていない。
──ッ!?
息荒い痛々しさ溢れるフィルニアの声。
フィルニアの状態を案じたいのが本音なのだが、隊長として一時的な感情を押し殺して耳傾ける。空を飛んでい続けたら聞き逃しそうな声。人型に戻り地上へ降り立つ。
『太陽風は止められる』
フィルニア機Vsマーダ直後、荒れ狂った中で確かに彼女は確信めいたものを告げてた。同じ風使いとして、もっと言うならたった1機で立ち会った貴重な経験値、重みが違う。
フィルニア機は機体の外見のみならず、無線ですらも使えやしない。だから風の精霊達へ伝言を渡す以外に手立てが無いのだ。
フィルニアからの提案を一通り聞き終えたデラロサ隊長。足元へ視線を落とす何とも自然な感じで頷きと為す。
フィルニア、見えずともデラロサ機の周囲流れる風の動きで知れるのだ。
そして再び垂直離陸、空へ上がりながらマーダへ向けて頭部バルカン30mmでの牽制射撃。他の連中達にも一見無駄な遠距離射撃を敢えてやらせる狡猾ぶり。
『マーダの動きが余りに良過ぎる。これではMeteonellaでさえ打つ手が無い』
そんな印象を敵へ植え付ける為の布石なのだ。
『──オルティスタは燕からの目潰しをありったけ撃ちまくれ。ラディアンヌ、お前は火焔の1羽に身を隠しつつマーダへ全力をぶちかますんだ。バレても構わん……』
デラロサ大尉の頭脳が巡る。王しかない盤上にて、飛車角揃いな駒回し。これが将棋であるなら、やるまでもなく向こうの詰みだが、残念ながらゲームではない。
然もこれ以上此方の駒を一切奪われたくはないのだ。中々どうして頭が痛い。
『ラディアンヌの攻撃は避けられる。次は……』
矢継ぎ早に飛ぶ隊長の指示。ニヤリッと笑う者あれば、不貞腐れ気味な顔も在る。魔導士姉妹駆るMeteonellaに王手させる為、周りの駒は布石に過ぎない。
「──『火焔』ッ!」
早速オルティスタ機の絶大なな炎舞が次々と飛び立ちマーダを襲う。その1羽の背後に潜んだラディアンヌ機、ホバリング全開でほぼ同時に跳躍。
「──『陽炎』ッ!」
半分位火の鳥のまま、残りは弾け閃光弾の役割果たす。何とも美麗で贅沢極めたデラロサの歩。
正直潜んだ動きが完璧に熟せるなどハナから思っていないラディアンヌ。ならばいっそとばかりに腰から捻りを加える全力載せた拳。
ブンッ!!
初手から全力で振るう拳。武術家として最悪手なのは百も承知。牽制を置くから全力の拳が生きるのだ。マーダ、太陽風を使うまでもなく余裕払って右へ逸れた。
ズギューーーンッ!!
バシューーンッ!!
ズバババババッ!!
マーダが避けた先へ白狼のチェーン・マニシングが4本足の爪で地面に己を固定してからデラロサ隊、最強火力の荷電粒子砲を飛ばす。
それに呼応しマリアンダ機放つ超電磁砲、わざと逸らした捨て弾。加えて蒼いレグラズ機が残弾数ゼロと化すありったけの飛び道具も同期させる。
マーダ、四方をありとあらゆる銃弾に囲まれ、どれか受けるしかない袋小路へ追い詰められた。
「──小賢しいッ!」
敢えて最大火力の荷電粒子の渦をそのまま待ち受け、全力込めた太陽風で弾き散らす。その様子を機体カメラ最大望遠で睨むデラロサ。
──掛かった。
最強の香車、真っ直ぐしか征けぬチェーンの荷電粒子砲を敢えて真正面で受けるマーダは、増長甚だしい愚か者だと独り嗤うのだ。




