第184話 苦悩
この争いに於ける森の女神側の用意した台本。
ファウナとゼファンナが覚醒者の天敵、Meteonellaに取り付くまで命張っても守り抜く事。音無しのジレリノによる手助けも働き、犠牲者を1人も出さずに達成出来た。
だが辿り着けても黒い女神の認証突破に時間を擁する。
ファウナ以外の誰もが思った。特にMeteonellaの造り手、リディーナ博士は『絶対不可能』だとタカを括った。
──然しそれら総てを森の女神が容易く完遂させた──
普段相棒と共に碧眼を細め嗤う顔が日常であったリディーナ。
「し、信じられない、在り得ないわッ!!」
長い銀髪を掻き毟り、蒼い瞳孔に驚きの血の気が宿る。
余裕を用いて保った美貌……ヒビが入るのを止め様がない。年齢不詳の皮が破れて一挙老け込む。絶望と共に崩れ落ちた彼女、捕縛しておく価値すら絶無。
然もMeteonella起動二つ目の鍵。黒い女神の覚醒さえも、姉ゼファンナがいとも容易くやってのけた。
これでは肩透かし甚だしい。神殺しの準備があっけなく整う脅威。味方達すら驚き慄く。生まれ往く筈のドラマ、存在意義が消滅した。
『──Meteonella、Taget Lock. Marda』
黒猫の端末と化した森の女神がこれを告げれば全てが終わる。誰もが勝利を確信する最中、何故かその時節が中々訪れない。
──無理もないわ。
眼を瞑り首降るゼファンナ。共に黒猫へ搭乗している姉だからこそ伝わる空気。
妹、大層迷っているのだ。中身と外面、その何れかを消す判断に。
Meteonella、憶測の域を出ないが、太陽神を『Marda』と認識させるか。或いは『Disrad』と為すか。
恐らく機会は一度きり。一度消滅させたが最後、黒猫は目標を見失うと思われる。
然も大変皮肉な事に『Revara』と認識させて、人から人へ移り往く力を殺す選択肢も大いに価値有る。
そもそも『Marda』自身が覚醒者なのか疑わしきものが在る。閃光を開花させたのは、レヴァーラの意識かも知れないのだ。
果たして誰を消すのが正論なのか?
恐らくファウナの内に秘めたる意志の群れが、壮絶なる闘争を繰り広げている。血縁の姉には手に取る様に理解出来る。
──いや……最適解はファウナ自身が嫌になる程、把握している。最も歩みたくない夜道が正しい。
レヴァーラ・ガン・イルッゾは既に亡き人。悩むまでもない理屈。ファウナの惹かれる想いが屁理屈なのは重々承知している。
ファウナ、思わず涙溢れる。葬送終えた女性との甘美で切ない想い出が慟哭を勝手に育み、肩の揺れを抑えきれない辛さ。
◇◇
──ムッ!? ククッ……これはこれは実に危うい。
フォルテザ市街で或る意味無駄な戦闘を貪っていた太陽神マーダが己の危険を察知した。
「ファウナァッ! させるかァァッ!!」
マーダ、目前の敵を完全無視して黒猫潜む格納庫へひたすら飛び征く。翼が在るから道なぞ不要。その上、太陽の守りで障害物を消去ながら一直線に進軍する。
『道ぃ? 我進む背後に道が生まれる!』
神とはこうした傍若無人が生み出すものだ。
慌てて後追いへ転ずるデラロサ隊長率いるEL97式改部隊。されど敵の脚が速過ぎて到底追い切れない。
「落ちろッ、羽虫がッ!」
「ファウナを殺らせはしないッ!」
「待ちやがれッ、この化け物野郎ッ!」
蒼いレグラズ機の一斉掃射。白狼姿のチェーンが街並みを破壊するのを躊躇いなく荷電粒子砲を撃ち込む。
慎重に動いていたデラロサ機でさえ、電力消費ガン無視で超電子銃を叩き込んだ。
皆、何れもディスラドからマーダが引き継いだ能力『暗転』を恐れていた。撃った弾が此方に跳ね返される愚を犯すのを嫌った。
然し最早そんな悠長言ってられない。俺達の女神を俺が守り抜く! 叶えば他には何も要らない。なれど全てが虚しく外れる。
あっと言う暇すら与えぬマーダの進軍。もう誰にも止められぬと絶望した矢先の出来事。
「むぅッ!?」
紅き竜巻が地下格納庫入口付近からマーダに向けて一直線。遂に進軍が止まる。
グイーンッ。
両肩に巨大な風車を内蔵した赤白のEL-Galestaがマーダの前に立ち塞がる。不敵にも操縦席ハッチを開き、操縦者が顔見せ睨む無謀。
バイザー付ヘルメット等の装備は万端。然しマーダの直射日光を存分に浴び、全身が滾る様な感覚に戦慄走るフィルニア姫。
「──太陽風の使い手、地球の風使いであるこの私と是非とも手合わせ願う!」
赤い瞳、赤毛のヴァロウズNo7、フィルニア・ウィニゲスタがマーダへ宣戦布告。同じ風使いとしての矜恃を求めた。
「……良かろう。その覚悟、しかと受けよう」
マーダ、腕組み胸を張りつつ、フィルニアの戦意を容認した。
太陽と地球の風……額面通りならば地球に勝ち目など在りはしない。
フィルニア、地球の自然が見せ得る脅威と己の野心を賭け、いざ孤独な戦場へ繰り出す。
パチンッ。
『フィルニア? お前地下避難区域の警備はどうした?』
素晴らしき頃合い於けるフィルニアの防衛開始。歓喜しつつも自分が与えた任務を思い出したデラロサ隊長の一喜一憂なる無線。
『──隊長済まない平に謝る。ディーネに譲って貰った。アイツ水使いだから太陽相手じゃ話にならないって言ってくれたよ』
再び操縦席に戻りながら応えるフィルニア。勝手したとはいえ合点のゆく返答。育ちの良さが窺える。周りから見えてなくとも赤頭を深々と下げているに違いない。
▷▷ファウナ……私はお前の選択に一切文句を言わない。皆もきっと同じ思いだ。だから大いに悩め、私が時間を稼いでやる。
──フィルニアッ!?
ファウナ、ハッと息飲む驚き。まるで全て見透かされてると感じる。普段ファウナ自身がその蒼き瞳で他人を見通してるのだが、自分がされると幾分こそばゆい。
▷▷う、うん……ありがと。
されど迷いとは別の涙浮かべる。心地良き気遣いへ感謝の意を風の精霊達に運んで返した。
フィルニアとの勝負を受けたマーダ、然し突如高く舞い上がる。
ニタリッ。
「──が、我と風使い同士の決戦を楽しむには、少々風通しが悪かろうぞ」
「き、貴様ッ!一体何をッ!」
会心の笑みで両手剣を最上段の構えまで振り上げるマーダ。半ば一騎討ちを頼んだばかりのフィルニア、不意を突かれた形。
マーダの構えた剣がこれ迄になく高々と赤い風を帯びる。剣に溜め込んだ圧をフォルテザ市街に叩き込む愉悦で嗤う。
「これ以上……」
「好きにさせるかッ!」
仇は上空、街に対する遠慮は不要。
人型に変形して地上で狙い定めるデラロサ機とレグラズ機。『喰らえ!』とばかりに超電子銃全力解放するデラロサ。そしてまたもや怒髪天の一斉掃射を叩き込むレグラズ。
今度は命中……するも、マーダ守りの太陽風にて全てを散らし切られて終わった。
「フハハハッ! 消えろッ! 欲望の街ッ!」
情け容赦なく太陽風帯びる剣圧を全身バネで打ち込むマーダ。恐るべき破壊力、皆が献身込めた街並みが豆腐の如く弾けて崩れる地獄絵図。
フォルテザ市街が半分程瓦解した。このまま太陽風に寄る新たな街道をフォルテザの端から端へ土木工事されるかと思えたその時。
赤に白の縁取り鮮やかなる機体、たった1機で邪魔に入る。両肩の羽根を回転させ、超巨大な構太刀を回生システムの風力へ転換を狙う無鉄砲。
普段誰よりも冷静なフィルニア、先程の外連味溢れた御挨拶といい、らしくない生き急ぎが過ぎやしないか。
「ぐぅッ!!」
鉄骨秘めた街並みを根こそぎ破壊してきた風だ。たかが5トン程の機体には荷が重過ぎる。何よりフィンを回転させるには強過ぎる風力。
操縦席の中で、ありとあらゆるセンサー類がALERTの悲鳴を上げる。機体処かフィルニア自身が四散に成りそうな感覚。枯れ葉の如く舞い散るのも時間の問題かに思えた。




