第181話 Ἁρμαγεδών(アルマゲドン)
陽光と太陽の風さえ我が物とした太陽神マーダ。ただの優れたAIProgramが栄華極めんと動き始める。
それに立ち向かうは森を護りし若き女神ファウナとその従者達。
荒れ果てた世界の最中、東欧の小さな島で世界揺るがす伝説の闘争の幕が上がる。総てはたった10ヶ月前、黒い野望を秘めし女と金色背負ったうら若き魔法少女の邂逅から始まった。
──欲の赴くまま愛し合った。
──醜く争い命散らした。
──とめどなく涙溢れる惜別も在った。
それぞれ摘み上げれば総じて人間達の営みに過ぎぬ。然し神々とは人の造りし偶像。寄って人間の在り方の先に神々の戦争は存在し得る。
争い合う者同士、それがやがて歴史の暦に名を連ねることなど思いも寄らぬ。ただ愚直に己の闘争本能を剥き出すだけだ。
ファウナと実姉ゼファンナの乗る黄金色のEL97式改は、操縦席ハッチが破損してる故、マーダの陽光を浴びる訳には往かない。光学迷彩で忍びながらフォルテザの目前に迫る位置まで戻って来られた。
緑迷彩のオルティスタ機はアーミーナイフ2本を敢えてド派手に使い、火の燕『炎舞・火焔』を過剰に飛ばして敵の注意惹き付け役を買って出ている。
一方同じ緑でも芝生の様な色したラディアンヌ機。此方は空を蠢くマーダに対しひたすら睨みを効かせている。
EL-Galesta "Type Lydina"中、最も無改造に思えるこの機体。されど関節駆動に於いて当機体の自由度が最上位なのだ。加えて非凡なる女武術家が繰り出す技は、何処を切っても驚異的。
マーダの中に存在するレヴァーラの記憶引き出しが良く理解してる為、迂闊な手出しは向こうもしない。ラディアンヌ機、両腕をボクサーの如く構えて臨戦態勢。
ファウナの機体よりさらに最後尾に控えてるのが炎のキマイラに転じたジオの背中に乗っているヴァロウズ離反組最後の生き残りであるパルメラ・ジオ・スケイル。
彼女のインド&ヒンドゥーの神々を引き出す神聖術。その脅威たるやマーダに限らず、誰もが知る処。殿に居るだけで半端ない威圧感を放っている。
『──処でアビニシャンの居所を誰か知ってる?』
ファウナ・デル・フォレスタ、念押しの確認を少し暗い口調を帯びる無線で送る。先程死んだ女の声を確かに聞いた。実は喪失したのでなく、違う現象だったのかも知れない微かな望み。
『ンッ、嗚呼……あのタロット占い師だな。マリアンダ、お前一緒じゃなかったのか?』
アビニシャンなら妻に同行し、射撃術のサポート役をしていた筈。言われてみれば先程、No5と三人で動いていたのを思い出し、デラロサが無線で若妻に訊ねる。
『……し、知りません』
マリアンダ・デラロサ、人生20年に於ける最大の虚言。無線なのに目を背けてしまわずにいられない。
『……そうか、だ、そうだ』
実直な妻のらしくない加減を目の当たりに感ずる夫。けれども妻が『I’m not sure』と答えたからには、それ以上追及しない男の哲学をデラロサは貫くのだ。
加えてファウナもそれ以上、敢えて求めなかった。今、それより為すべき事を優先事項に切り替える。
『そう……じゃあ質問を変えるわ。Meteonellaの準備は出来た?』
マリアンダの回答……少し後ろ髪惹かれる想いを振り払い、これだけは決して譲れない話をファウナが切り出す。
『……そ、それがよう。肝心な生体認証リセットがまるでなっちゃいねぇんだ』
いつも強気なデラロサらしくない声音。後ろで言う事聞かないリディーナが余計な孤軍奮闘。プィッと隊長から目を背けたままだ。
『了解。兎に角私達二人はそちらへ向かうわ。無理のない範囲で援護を御願いします。通信以上』
プツンッ。
デラロサ隊長との通信を切り再び操縦に専念するファウナ。
常にマーダ相手に背を向け彼の放つ直射日光を避けねばならない。難儀な仕事だがやり切るしかない。街のメインにマーダが気を取られている。ならば此方は裏路地を静かに往くだけ。
ピシッ。
──あっ……感謝するわ音無しのジレリノ様。
ファウナ機の機体が何かを裂いた感覚。これはもう間違いない。
蜘蛛の糸を伝達して音無しのジレリノから能力の引継ぎを感じたファウナ、思わず心の内で感謝を述べる。これでホバリング全開の移動が出来得る。
「い、一体どうするつもりぃ!? このまま黒猫に取り付いた処でレヴァーラの認証がない以上、動かせなきゃ意味ないわ!」
「……何とかする」
アルの次は姉ゼファンナより直接耳元で大声を出されるファウナ。然しゼファンナの言う事は事実。けれどもファウナ、ポツリッと呟く。
妹、氷の様な無表情。これは既に仕掛けが在るのは確かの模様。
されど例え蜘蛛の糸で電子回路直結出来るファウナといえど所詮魔導士。PASSWORDを打ち破る頭脳は別の在り様が不可欠なのではあるまいか。
「──俺達も光学迷彩で出撃してMeteonellaの援護に回るッ! 無線は俺の機体へ回せッ! フィルニア機、不本意かも知れんがシェルター入口の守備を頼むッ!」
いよいよデラロサ隊長自らEL-Galesta MarkⅡで出撃しながら指示出しをする役目へ変わる。
全機、消費電力著しい光学迷彩で出撃させる。『バッテリー、予備も全部だ』だの意図は長期戦を意味していない。初めから全開で守る為の準備であった。
何せ最後の敵は太陽風を攻撃にも転じられる可能性有る存在に化けた。生身の人間相手とはいえ手加減処か遠慮の余裕一切皆無。
全開で双子のフォレスタ姉妹操るMeteonellaを死守すれば、覚醒者の天敵が後は如何にかしてくれよう。これはそうした争いなのだ。
「──了解した。風の術で守り抜けと言うのだな」
自分とて最前列に出たい気分は正直あれど市民の命守り抜くのも、己が信じる森の女神の御意思であるのは最早明白。寄ってフィルニア、力強く頷き返す。
第一、地球の大気を跨がぬ陽光に、太陽風まで浴びせられる。恐らく敵が本気を出せば、街処かアドノス島全体が吹き飛ぶ故、何処を最前線と言うだけ無意味だ。
未だ格納庫に居る他の者達と同様、踵を返して自機へと急ぐフィルニアである。その赤い瞳、怒りで燃えているのではない。ブレぬ目的のみを見つめる決意溢れる目の表れ。
「グッ!? こ、此奴無茶苦茶だぜッ!!」
「フハハハッ!!」
現状、この盤上に於いて一番危険な駒にされたジレリノ機。犬の小便でマーダより位置を悟られ、肝心要の罠も意味を成さなかった。
ジレリノ機、全く以って不本意ながら頼りない銃器で応戦するより他ない。普通の人間相手なら12m級の人型兵器が撃ち出す兵器は例え小銃でも致命に出来る。
だが相手はやはり太陽風で全ての銃弾を逸らして然も、どう見積もっても両手剣にしか見えない派手な剣を悠々片手で振り回し迫り来る。
然し身長170cm程の人間が振り翳す大剣なぞ、本来なら児戯に等しい。なれど陽光で燃え盛る上、赤い風を帯びたオーラの様な存在が剣の長さを伸ばしているのだ。
まさか剣と小銃で斬り結ぶ訳には往かない。ホバリングで後退しながら、人工知性体を埋め込んだワイヤーアンカーを射出し、銃撃織り交ぜながら応戦する無謀。
もう僅か後方へ往ければそこに陣取る暗殺者仲間、アノニモ機がスタンバってる。──とはいえ、例え影の攻撃といえども、斬り結べなければ如何にもならぬ。
風前の灯火的ジレリノ命の行方。ファウナ達がMeteonellaを出すまで保てるとは思えやしない。
ガシンッ!!
「何ィッ!?」
『ラディアンヌ・マゼダリッサ、貴方様の御相手を所望致しますッ!』
マーダ、生身の背中へ黄緑のEL-Galestaから容赦なき突きを喰らい、守りの太陽風毎、突き飛ばされる。
ジレリノ最大の危機を救った者。
それは初見でジレリノが腕を捥ぎ『楽な仕事』で命奪う直前まで追い詰めた呼吸術を扱う女武術家。ラディアンヌ・マゼダリッサが差し出した救いの手だ。