第180話 在り得ない風の力
アル・ガ・デラロサ。浮島戦の後、珍しく自分の元を独りで訪ねて来たファウナ過去の様子を思い浮かべる。
溺愛するレヴァーラと喧嘩別れをした果てに自分を頼ったファウナ。デラロサは柔らかな口調で『レヴァーラのこと好きか?』と当然過ぎる事を敢えて尋ねた。
『……す、す。好きだよ。せ、世界中のだ、誰よりも……』
泣きべそ掻いたファウナから引き出した本音。綺麗な金髪頭に数多の命を奪った穢れた漢の手を乗せたデラロサ。
優しさと厳しさが同居する歳上男性を演じたのだ。『ならば貫け』と。
あの時の少女の涙が意味する処をようやく悟り、己に大層立腹している。
当時のファウナによる話『レヴァとディスラドがどうこう……』と何とも不明瞭な説明。所詮男女間の糸の縺れと大人染みた解釈をした。
まさかレヴァーラが太陽の力を得たディスラドに成り代わる……こんな神憑り的な結果、露知らず。
アル・ガ・デラロサに全く非は無い。ファウナの説明も要領得なかった。何しろ凡人に取って常軌を逸し、し過ぎている。
さりとて悩む少女の想いを汲み取ってやれなんだ自分をデラロサは歯痒く思えてならない。
だが時既に遅し……現状自分に出来得る事は、太陽を背に嘲笑しているあのクソ野郎を潰すことのみ。
──クソッ……結局ん処、俺は軍人。人殺しでしか自分を表現出来ねぇ!
後の祭りで苛立つデラロサ。なれど俺は軍人、矜持くらい貫かなければ存在意義すら虚しく失せる。
『ジレリノ、お前さんの罠、既に張り終えてるな?』
デラロサ隊長、無線をマリアンダからジレリノ機へ切り替える。いつになく神妙な声。お馬ちゃんと揶揄しないのが貴重といえる。
『くっだらねぇ、くだらねぇなぁ。軍人ってのは判り切ってる事を確認しないと気が済まねえ臆病者だぜ。間もなくだ』
煙草を燻らせたままニヤつくジレリノ。ジレリノの空迷彩は、大胆にもフォルテザのメインストリートに光学迷彩を用いて隠れている。
ジレリノの間もなくとは『あの白い馬鹿野郎が蜘蛛の糸に掛かるのが間もなく』という説明するのも馬鹿げてるという意味を指した隠語。
『Good……くれぐれも軽はずみな行動するんじゃねぇぞ』
無線を切りバイザー越しに太陽らしき者を見やるデラロサである。ファウナから先制するなと言いくるめられてるデラロサ勢。
けれどもアル・ガ・デラロサ大尉、やはり戦場を愛する兵士。装い新たな敵を前に心躍る自分も否定出来ぬ。
蜘蛛の糸に向こうから勝手に飛び込む分には、森の女神からのお叱りを受けても言い訳が立つというもの。
「アァ"ッ!? このクソ犬ッ!」
此処で何とも不幸な野良犬現る。見えないジレリノ機の足元へ小便を施す。光学迷彩で姿眩ます意義を失う。されどそれよりもジレリノ、自尊心を汚された方に立腹するのだ。
「──そこかNo10」
空飛ぶマーダらしき天使、口が裂けんばかりに笑う。見えずとも姿を晒したジレリノ機へ向かうおうと白い翼の羽根散らせる。
──ヘッ!
然しジレリノ的には、これぞまさしく思う壺。
新しきマーダが向かう先、蜘蛛の糸で拵えた楽な仕事。見えない罠が存在する。
狙い通りマーダの躰が糸を引く。糸の先は情け容赦無用な超電子銃の引き金。罠使いに取って至高の時間。
ズギューーーンッ!!
「なッ!?」
「フッ……敢えて罠に掛かってやったがこんなものか」
ジレリノ機のメインカメラが捉えた映像。二重の驚き生じるジレリノ。至高の時間は訪れなかった。
先ず超電子銃による銃撃は、確実に生身のマーダへ的中する──にも拘らず赤い風の様なものに弾き飛ばされた。
加えて白きマーダは確かに『敢えて罠に掛かった』とほざいた。事象と言動、何れも納得往かないジレリノ。操縦席で独り眉を顰める。
『──マリアンダ少尉、今の確認出来たか?』
『はい、風の様な物が彼の周囲に巻き起こるのを確かに見ました。後、これは憶測ですが周囲に起こした風の流れを読み、罠の存在を事前察知していたのかも知れません』
楽しい罠の結果を裏切られ苛立つジレリノの代わりに第三者目線で状況を確認していた妻に問い掛けるデラロサ大尉。
「待ってくれッ! アレが風というのは納得出来ないッ!」
デラロサの背後で今のやり取りに傾聴していた風使いフィルニア・ウィニゲスタがやけに食い下がる。
「ど、どうしたって言うの!?」
相棒の動揺に驚くNo8。肌を露出させた肩を抑えて窘める。普段冷静な赤髪がやけに乱れる。
「か、風の精霊を全く以って感じなかった。この私がだぞ」
大気の使い手としてマーダが引き起こした赤い風に合点がゆかぬ。超電子銃の銃弾をそよ風でも払うかの如く白いマーダが避けられた事実を見せられ尚も腑に落ちないのだ。
▷▷──無理もないわ。アレは恐らく太陽風、太陽の表面から噴き出す荷電粒子流が起こす風よ。地球上の風とは性質が異なるから精霊を感じなくてもやむを得ないわ。
「──ッ! ファウナッ!? 戻って来れたか!」
フィルニアの耳元で悪戯する風の精霊達。姉ゼファンナと微妙に異なる柔らかなる口調。風の精霊術『言の葉』を行使した森の女神がフィルニアに正解を耳打ちしたのだ。
パチンッ。
『デラロサ隊長、ファウナ・デル・フォレスタ含む以下4名、如何にか無事帰還しました』
風の精霊から無線に切り替え自分達の安堵をデラロサ隊長へ冷静に伝えるファウナである。
戦が始まる以上、デラロサ隊長に敬意を払う模様。また正確には4名の後ろにNo4と息子を引き連れている。
無線を聞いた周囲の仲間達、一挙に顔が綻ぶ。中には泣いたり隣人と抱き合う者すらいる。自分達の女神が帰って来た。思わず感極まる自分達に正直驚いている。
『……だ、だけどご、ごめんなさい。私結局レヴァを止められなかった。あの白いのがレヴァ……いえ現在のマーダよ』
無線を通してファウナにも格納庫からの歓喜が届く。それが返ってファウナの涙腺を刺激する。レヴァーラを止められなかった不甲斐ない自分を責めずにいられない。
『泣くな御嬢ッ!! お前さん全力尽くした筈だッ! なら今は俺達の所へ戻って来られた自分を褒めろッ!』
ファウナの耳も、隣にひしめくゼファンナさえも耳を塞ぎたくなる程なデラロサ隊長の激励。不器用だがデラロサらしい言葉。ファウナは泣き笑いしつつ『了解』と応じた。
『全く……らしくねぇぜ。双子揃ってそのデカい胸張り威張ってりゃ良いんだよ』
これには思わず紅潮した顔を見合わせ、互いのモノを改めて見比べるゼファンナとファウナ。
出撃時の下らない、姉妹のやり取りを思い返す。吹き出すゼファンナ。ファウナは「ハハ……」と苦笑せざるを負えない。
「処でさっきアンタが超電子銃で撃った核攻撃は避けたのに、お次は弾くって少し解せないわね。威力の違いかしら?」
ゼファンナの疑問──。
未だディスラドであった折、攻撃を避けたのにマーダは太陽風で払った。陽光の力だけだと認識したのだから複雑な思いが絡む。
「うぅん……それはまだ正直何とも。あの時には太陽風まで使い熟せない理由があったのかも知れない。それに太陽風を出し続けられないのかも」
姉の質問に確実な正答を用意出来ず首を振るファウナである。だが思い当たる節も存在する。
──ディスラドには使えなかった力をマーダには引き出せた?
ファウナの中では正直な処これが模範解答。けれども明確でない答えは胸奥にしまい込んだ。




