第179話 新しき夢と古い現実
太陽神ディスラドの身体を奪ったマーダ。フォルテザ壊滅を狙う。これを阻止すべく後を追う森の女神陣営。
世界最強最新型の人型兵器+人類史数千年の歴史が編み出した魔法の組合せ。
これぞまさしく人類叡智の結晶。よもやただの人間独り相手の戦場へ戦慄を運ぶ羽目になろうとは……。
重力解放と人型兵器のホバリングを駆使し全開で空を暗雲立ち込める中を移動している最中の出来事。
「──風の精霊達よ、私達を守る風を」
ハッチが壊れ、風が吹き込むファウナ機の操縦席。容赦なく飛び込む砂埃を抑えるべく風の精霊達に願いを吹き込む。
フォルテザへ戻り往くのに大した時間は掛からない。
されどこれからの争いは、命すら喪失してもおかしくない程、苛烈を極めるに違いない。覚悟する時間さえも与えられない乙女達。
「ねぇ……少し無駄話しても良いかしら?」
「ん? う、うん良いけど」
地上見渡すゼファンナ、ディスラドによる芸術の痕跡を見やり唇を開く。
「面白い話じゃないけど、だけど話してる時間無い気がするから。──ガディンが何故、ああも人の世を潰すのに拘ったのか」
「……」
このアドノス島は自分が壊してきた世界に比べ、未だ生物達や人間の営みが見受けられる。それらを空から眺め、思い浮かべたらしい。
「地球温暖化を止めるべく杭を打ち込む。その咎を自分が受け持つ。そんな意図が在ったらしいわ。私は軍人として言われた通りに熟しただけ」
肩を竦めるゼファンナ。結局の処、神に弓引く自分に酔ってただけ。彼女は呆れ果てている。ガディン・ストーナーらしい大風呂敷だと〆たいのだ。
「だから人減らしって事? 二酸化炭素を吐くしか能のない人間達をいっそ減らしてしまえ? ──うぅん、それ多分半分位しか当たってない気がするんだけど」
寂しげと興味なさげが同居なゼファンナの言い草。耳にしたファウナ、顔色一つ変えず首を静かに横へ振る。
「え? そ、そうかしら?」
「あ、勿論多分よ。私あの人良く知らないから。これ以上覚醒者が世界に蔓延るのを防ぎたかったのだと私は思うの」
ゼファンナ、優秀な人材なれど軍という組織配下で、思考低下な思い込み。これまで自由を謳歌してきたファウナに取って、姉の言い分にはそんな気分を察する。
「あくまで推察の域よ。あの人姉さんの事、割と大事にしてたと思うわ」
「え、あのガディンが私をっ!?」
自分を指差し驚く姉、コクリッと静かに頷く生真面目な妹。
ゼファンナ、思わず首を傾げる。あの男は魔法に長けた私を手元に置きたいだけの自己中だと未だ思えてならない。
ファウナにはガディン・ストーナーという不器用な男の情が垣間見える気がしてならない。
魔法……非常に稀有な能力を持ち得ながらも、決して研鑽を惜しまなかった姉の普通な不器用。
如何にも姉らしい堅実なる人間らしさ。少女の流す汗へ、そこはかとない情愛を抱いても何ら不思議ではないとファウナは思っている。
「でもね……だからこそ普通でない人間が増えて往きそうな世界を容認出来なかった……そんな気がしただけ」
寂しさ漂うファウナの顔色。自分で告げてて心が痛む。
何故ならサイガンという老人が造形しつつある新たな人の形……その最先端であるマーダ。さらに成り行きとはいえマーダを受け容れたレヴァーラの存在さえ否定する発言なのだ。
もっと切り込むならファウナが全身全霊を賭け護りたい覚醒遂げた仲間達。此方も拒絶に近しい裏腹。
可憐で心優しき彼女・彼氏等が将来愛し合える者と結ばれ、新人類誕生の礎と為すやも知れぬ。新しきものが生み出される中、旧いものは滅び去るのが世界の真理。
ガディン・ストーナーという男は古書に拘り、電子書籍を拒絶する古い人間……なのかも知れない。
◇◇
一方、フォルテザの街ではリディーナVsその他大勢の小競り合いが起きていた。
「Meteonellaはね、この私がビルダーなのよ。ビルダーの私が拒否してるのに『出せ』と言われて『はい、そうですか』ってなる訳ないでしょう?」
リディーナ博士が独り気を吐き、胸押えながら黒猫の前で意地を張り続ける。Meteonellaは、レヴァーラとファウナの生体認証が通らないと起動も出来ない。
「ファウナが出撃させろって言ってんだろうがッ! アンタも大人の女ならそれ相応にだなッ!」
未だ隊長風を吹かすアル・ガ・デラロサ。リディーナさえその気になれば、黒猫の首輪なんてサクりッ。外せる筈だとタカを括る。
第一目下、非常事態宣言発令中。女の独り善がりを相手にしている場合ではない。
『隊長! 急速に接近する人間らしい影を確認! ──え……あ、アレが……馬鹿な』
妻マリアンダからの緊急通信。マリーは自分の蒼白い機体で斥候に出ている。
フォルテザの街外れ、地下およそ10m掘った穴。上には地面と同じ色で出来た覗き穴付きの天井が存在する。機体毎、沈めて街に迫り来る敵を秘密裏に監視出来るのだ。
──アレは阿呆なのか?
EL97式改の望遠カメラを覗きながらマリーは思わず馬鹿にした。羽を生やした白い男が両腕を組み太陽を背に物怖じせず近づいて来る。
執拗いがファウナからは『黒い女神が潰しに掛かる』と予言を受けた。例え額面通りでなくてもそれらしい者が押し寄せると想像していた。
まさか天使の様な男が相手? 余りに斜め上が過ぎるのである。
斥候の役割を果たすべく、勢い良く敵の捕捉を伝え始めた分には、まだ余裕の在ったマリアンダ少尉。馬鹿を通り越した存在を見て、恐怖に声震わす。
今ならマリアンダの類稀なる狙撃ではなく、レグラズの数撃てば何とやらでも撃ち落とせる程、隙だらけで間違いない。
されど引き金を引く気がまるで起きないのだ。失せた占い師がふと脳裏を掠める。自分も同じ未来へ堕ちそうだと思える。
『マリーッ!! 絶対に手を出すんじゃねぇッ!!』
耳が痛くなる夫の絶叫。ハッと自分を取り戻すマリー。ゼファンナからの打電に寄れば自分達が戻るまで守勢以外認めない。そう厳命されたのだ。
『少尉、敵の詳細を出来るだけ教えろ』
軍属に敢えて戻るデラロサ大尉の冷静ぶり。戦場なら心優しき妻より、冷静な立ち回りの出来得る少尉の方が生き残れる。
『了解。先ず天使の様な生身の人間です。やけに白く、バイザー無しでは直視出来ない程、輝いて見えます』
早速冷静に立ち返り、マリアンダ少尉が状況報告。聞いたデラロサ大尉が「天使? 生身が相手か」苦虫潰した顔で呟く。
──確かレヴァーラとファウナ達は、あの金髪変態野郎の元へ向かった筈だ。
顎に手をやり思案するデラロサ。
ディスラドの所へ走った黒い女神が帰って来た? マリアンダ少尉の言う白い馬鹿の本質は恐らく例のクソ野郎。
賢しい御嬢がボロボロに泣き喚き、自分如きに縋ったあの日を思い出す。
凄んだ黒い女神。
泣いた森の女神。
そして白い馬鹿……。
ダンッ!
「グッ! ファウナァァ……お前さんもっと子供らしくしてろや。こんなもん俺様なら聞いた途端ブチ切れ案件だ」
格納庫2階のフェンスを強かに殴るアル・ガ・デラロサ。見えて欲しくない結果が鮮明に判った瞬間。
殴った拳から涙代わりの血を流して落ち着き払う。それしか出来ない己の無能と、少女ならもっと裏表なき甘ったれを見せろと思うデラロサなのだ。