第178話 金色同士の気遣い
ファウナは、始めての最愛なる女性。レヴァーラ・ガン・イルッゾの遺体を無事回収する事が出来た。葬送する者達の切なき想いを落ち着かせるには時間が不可欠。
けれどもいつの日か、そんな悲しみさえ糧として人間は羽ばたける生物。だからこそ人の世は混沌こそ在れど輝き回り往けるのだ。
そしてマーダが他人を渡り歩き生きながらえる事の出来るレヴァーラの能力と、暗転使いディスラドの躰を掌握する瞬間が遂に訪れた。
高笑いと共に白い翼を羽ばたかせ、自らが造った黒歴史を消すべくアドノスの首都……いや、今や世界の中心へと昇格したフォルテザを潰せとばかりに飛翔する。
このままでは愛した実母の故郷や仲間達との思い出さえも淘汰される未来しかない。
実母が育てた街に必ず手厚く葬るのだ。その為にも絶対神マーダを当然見過ごす訳には往かぬファウナ陣営。
「──『戦乙女』! ──『重力解放』!」
ファウナ・デル・フォレスタ、この争いに於いて温存していた魔力を存分解き放つ時がようやく訪れる。森の女神主催、魔術師の舞台開演である。
オルティスタ機、ラディアンヌ機のみならず、未だ敵味方判別危ういパルメラ・ジオ・スケイルとその息子、獣人ジオにまで魔法に寄る能力向上を惜しみなく行う。
『皆ッ、これからフォルテザに戻るわッ! だけど決して無理はしないと約束してぇッ!!』
自機の拡声器を用い、この場に居る者全てに対し、生き残る価値を投げ掛けるファウナの声が痛々し気だ。アビニシャンに続いてレヴァーラさえも失ったのだ。
主の機体へ背後から近寄り人型兵器の巨大な手を肩へ載せるオルティスタ機。空いてるもう片方の肩にラディアンヌ機も同様の接触。
「判っている。いつも通り生きて帰れって言うんだろ?」
「勿論でございます。また皆さん一緒に、三毛猫亭で美味しい御酒を飲みましょう!」
「ラディ? お前の場合菓子酔いだろうが……」
無線越しでなく機体同士を繋げ響かす肉声で応じる姉貴分二人の気遣い。普段通りな屈託見せぬ会話の中でも心落ち着かせる優しき声音。
ファウナ、思わず蒼き瞳を潤ませる。これまでずっとこの三人で人生に於ける喜怒哀楽を共に旅してきた。これからもそう在りたいと心底願う。
ギュッ。
「ねっ、姉さんッ!?」
「私の事も忘れないでよ。数に入れてくれないと寂しくて私泣いちゃうかも、ぴえんっ」
ファウナの背中で疲労困憊してた実姉ゼファンナからの不意打ち。
機体でなく、本物のファウナの両肩から、白い両腕を突き出す抱擁。加えて可愛過ぎる妹の耳元で息躍らすこそばゆい悪戯。
皆の愛する可愛げが顔赤らめ頂点に至る。
これ程まで妖しき接近を赦した相手はレヴァーラ以来。実母の次は、実姉からの甘い誘惑。途方もなきお遊びが過ぎる血縁達。
このやり取りに気付いてしまったラディアンヌ・マゼダリッサ、機体と共に独り落ち込み地面を弄くる。
バッサバサ。
「──ウチら一体どないするのが正解なんやろ?」
少し可哀想だが現状部外者扱いなパルメラ母子。燃え滾るキマイラ姿に化けたジオが、母パルメラを背に乗せ操縦席ハッチを失ったままのファウナ機の視界へ押し入る。
「好きにしてくれて構わないわ。……けれど亡き旦那様の為にもどうか生きて欲しいの」
少女の純粋たる願いを聞いて自分の頭を撫でるパルメラ。長く見目麗しかったブルネットの髪質が、埃舞い散る戦場の所為で台無しと化している。無論そんな事、現状どうでも良い。
──さてどないしたもんかなぁ……。エルドラ様から『マーダを守れ』言われたけどなぁ。
人の優しみと移ろいを滲ませ始めていたレヴァーラならば手放しで応援したかったパルメラである。
然し飛び去った男はマーダ。此方も遺言を守れば守護すべき相手には違いない。だが何て言うか、アレは最早パルメラに取って見知らぬ相手に思えてならない。
「判った。兎も角取り合えずウチらも着いて往くわ。どちらに付くかはそれから勝手に判断させて貰う」
「それで良いわ。自分達のペースで着いて来て。正直守って挙げられる余裕ないけど」
乗り掛かった舟、然も亡き夫エルドラの意志は尊重しなければならない。迷いこそあれどパルメラ母子もファウナ達の後追いを選択した。
ファウナとて正直な処、不安視している。この親子を先の読めない争いから無理矢理でも遠ざけるべきではないか。然し「それこそ余計な御世話や」笑いと共に軽く切られた。
兎に角悠長していられない。ファウナ機を先頭に重力解放とEL97式改のホバリング全開で帰投し始める。
「──あ、ゼファンナ姉さん。そのままじっとしててね」
「ンン?」
僅かに恥じらい混ざる声でファウナが姉の静止を促す。
ゼファンナにしてみれば言われなくともそうせざる負えない。蓄積した疲労が身動きするのを赦してくれない。ファウナの座る背もたれの横っ面から離れられない。
「森の美女達よ、私の生をゼファンナ・ルゼ・フォレスタへ注いで頂戴」
「え……」
少し前屈みになったファウナの背中。
木の枝と思しきものが幾本か生え、ゼファンナの全身へ緩やかにかつ、優しみ帯びて滑り込む。同時に双子の金髪が意志を持つかの如く絡み合った。
ゼファンナ、射す痛みは何も感じ取れない。それ処か温かみ溢れる何かが流れ込む感触を得る。実に夢心地な癒しの力。
「──ッ!? ファウナ? こ、これってもしや?」
「……」
ゼファンナはこれまでファウナ癒しの魔法、森の美女達の息吹を直に受けた経験がない。
仮に受けていたとしてもだ。ファウナ自身が『傷は癒えても体力までは戻らない』フォレスタ邸がNo10ジレリノとNo9アノニモの襲撃を受けた折から前置きしている。
現在進行形でゼファンナが受けてる癒しは、元より森の美女達の息吹ですらない。体力というより精神が戻り安らぐ不可思議なる感触。
ファウナは姉ゼファンナに自分自身の魔力を分け与えている。先程今にも消え失せそうなレヴァーラの意識を微少ながらも伸ばしたのと似通った手順。
ファウナが顔を赤らめ恥じらいつつ、姉の質問に応答出来ず狼狽えいるのはそうした理屈。レヴァと繋がれた夢がどうにも頭を過ぎるのだ。
──え、え、ま、待ってぇ?? 私のファウナちゃんが尊過ぎて違う意味でヤッバ。
可愛げが頂点な妹の様子に、らしくない感情を抱いてしまったゼファンナ。嬉しみで躰がとろけてしまいそう錯覚。
与えているファウナの方は、本音の想いはさほどでもない。レヴァーラへ意識の糸を伸ばした際、蜘蛛の糸を用い意識自体も直結した。
ファウナに取って現在行っている行為。それは先程の様な好意ではなく、姉が魔力切れする前の医療行為に過ぎない。そんな計算上の行動なのだ。




