第176話 風の語らい
皆既日食時に暗転を用い、自身と入れ替えることで超有害な陽光の力を得て、最早別の個体と言って過言でない存在と化したディスラド。
これを自分に取り込むべく、レヴァーラより奪った能力を行使し、ディスラドの意識を侵食し始めたマーダ。
何れも常軌を逸した争い。観てる周囲は言葉が出ない。
特にファウナとゼファンナ以外、何も予測出来ていない連中。言葉はおろか事象の意味すら理解出来ず、どんな感情を抱けば良いのか判らずじまい。
視界に捉えた状況をそのままを語れば『白い天使の様な姿へ転じたディスラドが突如喚き散らしながら太陽を背に暴れている』結果のみ見せられてもまるで解せない様子。
「──ッ!?」
オルティスタは、ファウナがレヴァーラと何事か在った辺りから、脳に飛び込む情報を整理し切れない。『何がどうなってやがるッ!』口癖の様に吐いてた言葉すら出せず唖然。
以前、ファウナに対し『何故レヴァーラなんだ?』と口にした事があるオルティスタ。
何故マーダが、もっと力の有る他の連中でなく、ただの踊り子の躰を選択したのか判らないといった投げ掛け。
その解答が目前に示されているのだが、凡人の思考を超越した絵画を見せつけられた気分。
抽象画の良さを語る口を持たぬ者に意味を問うのは酷というもの。ただ見上げて『ハァ……』と溜息を吐くより他ない。
パチンッ。
『ふぁ、ファウナ様。わ、私はどうかしてるのでしょうか? ディスラドの中にレヴァーラ、いえマーダの気配が重なって見えるのです』
味方機だけに通じる回線を開き、ラディアンヌが震え声で感じたものをファウナに伝える。流石、呼吸のみで他人と同調出来る女武術家。所詮想像なのだが正答を告げている。
『ラディアンヌ、貴女の言った事は全て正しいわ。レヴァーラの能力をマーダが使い、ディスラドに自分の意識を潜り込ませた。そして完璧に乗っ取ろうとしている最中なの……』
寂しげな気持ちが声音に滲むのを抑えきれないファウナ。
嘗てレヴァーラから残り数日の意味を聞いた際、語るレヴァーラ当人さえも半信半疑な口調であった。寧ろ耳にしたファウナの方が尋常じゃない事態と受け取り、そして拒絶に至った次第。
なおゼファンナ・ルゼ・フォレスタは『残り59日』と発言した元・連合国軍総司令、ガディン・ストーナーから話だけ聞いていた。
さりとてNo2の能力を数値化したデータと、レヴァーラ・ガン・イルッゾの望むべき道をスパコンが弾き出した予想結果に過ぎない。
真実を目の前に見せ付けられ操縦席内で項垂れ茫然自失。みなしを含む予測なんて真実の前には所詮形無しである。
一方、同室にて可愛い顔を歪ませながらも、神の一手を越え得るさらなる一歩を諦めていない様子の妹。実姉ながら見てて言葉詰まらせる。
──アレは……もう止めようがない。
独り必死に戦う姿勢を崩さぬファウナであるが、実の処マーダがディスラド神を喰らい尽くすのを指咥えて見ているしかない。
「──ゼファンナ姉さん、お願いがあるの。貴女以外に頼めやしないわ」
ファウナが座っている座席の裏で何も出来ず狼狽えていた姉の顔色に華咲き誇る。魔力も尽きかけ、自分の機体も動力切れ寸前。
もはや精魂失いつつある自分へ、可愛い妹からまさかの懇願。この局面で昂らずして姉を名乗る資格なし。
「何も心配要らないわ。森の女神の次に、森の魔道を極めた最上級のゼファンナさんにドーンと任せなさい!」
妹よりも有る胸を叩いてゼファンナは快諾した。
◇◇
『レヴァーラがこのフォルテザへ襲い来る』
そんな言葉を言い残したファウナを信じ、突貫作業で準備を進める他の仲間達。
然しながら自身の機体を勝手に持ち出した上、丹精込めて建造した我が街を破壊しに態々戻るとは一体どういう了見であろう。意味不明にも限度がある。
──ハッ!
突如飛び込んで来た声に、自身の耳を疑う大気使いのフィルニア・ウィニゲスタ。既に避難者の誘導を終え、No8ディーネと共に格納庫に戻っていた。
「──? どうしたのフィルニア?」
「ファウナらしき者の声が風の精霊を通じて届いた」
ディーネの疑問に応えるフィルニア。なれど解せない。例えディスラドの居所が隣近所とはいえ視界で捉えきれない範囲から言の葉を扱えるものか?
然も声音の質が普段のファウナと異なる気がする。
▷▷今は私の言うがままに動いて。私の言葉は森の女神の御告げよ。言の葉で相互通信が出来るのって貴女だけだから。
大変騒がしい格納庫だ。両耳に手を翳し余計な音声の遮断をフィルニアが試みる。駄目元でディーネも互いの肌が触れ合う位にその身を寄せる。
▷▷先ず最優先事項よ。住民のシェルター避難誘導は完了した?
ファウナと同一な声音なのだが、上からな物言いが一段強く感じられる。
▷▷「ソレならは心配要らない。滞りなく完了した」
無駄な発言を全て捨て去り応えるフィルニアの声。相も変わらず良い女性の低音である。
▷▷OK上出来。なら次に戦闘員だけど必ず太陽の下に行かない事。絶対厳守よ、ALLright?
▷▷「Sure」
英語が混じる相手からの発言を聞き及び、フィルニアは得心に至る。これはファウナの実姉である。フィルニアも英語で合わせる辺り、中々どうしてノリが良い。
然し太陽に身を晒すなとは一体どうしたものか。我々は吸血鬼ではない。
されどフィルニアの頭冴え渡る。此方の疑問を投げる時間さえ惜しいからこそ、御丁寧にも言の葉を用いているのだと想像出来る。
ゼファンナの風使いぶりもフィルニアに負けず劣らず優秀と言える。見えない場所から風を繋いで元祖風使いへ言葉を木の葉の様に流して来たのだ。
緊急連絡であるのは疑いようもない。けれども互いの風を絡ませ会話するのが心地良いと感ずるフィルニアである。
▷▷「機体で出撃する連中にはバイザー付きのヘルメットと、肌を晒す事がない様にアンダーウェアを必ず着衣させる」
▷▷Oh! Goodjob!
相手が伝えようと思った内容を、フィルニアが勝手に汲み取り先出しする。まるで旧友との久しぶりな会話を楽しむが如く。これはゼファンナも思わず話が弾む。
──ムーッ!
独り置いてきぼりなディーネが頬を膨らます。風の精霊の囁きが全く聞こえない。仮に聞こえたとしても英語混じりは難読するかも知れない。
然し当然ながら女友達同士の楽しいお喋り的内容ではないのだ。
▷▷One more。黒猫の出撃準備をしといて欲しいの。Miss Lydinaに念押しを御願い。
▷▷「What?」
フィルニア、これには思わず赤い眼を顰める。全く以って理解し難い。『Meteonellaを出せ』とゼファンナは告げている。
Meteonellaはレヴァーラ・ガン・イルッゾ&ファウナ・デル・フォレスタ専用機であるのは周知の事実。
未だレヴァ―ラがマーダに取って代わった事を知らぬフィルニア。レヴァーラは敵としてフォルテザに襲来すると認識している。今さら共闘とは何とも解せない話。
では仇へ転じたレヴァーラを討伐すべく黒猫を出すのも意味が理解出来ない。レヴァーラとファウナ以外動かせない機体の筈だ。
▷▷「どういう事だ!?」
顔を一挙曇らせ真面目な口調に戻るフィルニア。こればかりは真意を問わずにいられぬのだ。