第175話 神を喰らう虚像
皆既日食の最中、陽洸の白転という見知らぬ術をディスラドが使う。
存在自体が黒そのものなディスラドが真っ白な天使へ転じ、陽光の如き輝きを、半ば無理矢理浴びせ掛ける異常な状況を巻き起こす。
ファウナ・デル・フォレスタが、この危険を誰より早く察知した。
自機が残存している連中には即座に戻るよう伝えた後、爆炎系最強呪文、紅の爆炎を用いてディスラド神殿を吹き飛ばした。
神殿の中に未だ存在した芸術の生贄になる予定で在ったディスラドを盲愛する美女達。紅の爆炎により、ただの人としてその命を燃やした。
住居としての存在価値を失った神殿。持ち主であるディスラドからも見放され、廃墟への道を辿り始める。
森の女神が燃やした炎と、パルメラが世界初で召喚した火の鳥──不死鳥の生まれた聖地という語り部が此処から独り歩きを始めるのだ。
300年後の世、此処を訪れた運命の人は、捻じ曲げれられたエドルの歴史と共に、この地を『不死鳥伝承の遺跡』と呼称するのだ。
現在進行形の話に戻る──。
ファウナによる意図の読めない行動。まるで憂さ晴らしの為、ディスラドの家を怒り任せに取り潰したようにもみえる。
行動の意味を語る前にスケイル母子の元へ金色の機体を降ろすファウナ。加えて機体の掌を広げ二人の前へ静かに置いた。
『早くッ! 一刻も早く乗ってぇッ!!』
敵であるパルメラとジオを救おうとしてるのは最早明らか。されど母子は気が動転してるのか、身動ぎ一つしようとしない。
──クッ! し、仕方ないわッ!
『オルティッ! ラディッ! 壊れた神殿の上なら地雷はないわッ! 急いでぇッ!!』
艶のある声を枯らして叫ぶファウナの凄まじき迫力。もはや誰も理由を問わず、言われるがままに動く。
ファウナ機はその場で蹲り、パルメラ母子を己が機体で覆い隠す。ファウナ機、先程操縦席ハッチを吹き飛ばしたが故、身を隠せる場所が無い。
パルメラ母子さえ言う事を聞いてくれれば、真っ先に自分が神殿跡に飛び込みたかった。この地面に地雷はないか? かような確証ある訳がない。『南無三 』女神が神に祈る不自然。
欠けていた陽の光が元の形へ殆ど還る。それにも拘わらず、白いディスラドの輝きたるや太陽さえも従えている様に見受けられる。
あの冷静沈着なファウナが取り乱した理由は直ぐに判明した。
パルメラが絶滅の層で召喚した生きた化石動物共が次々と死に絶える。火傷痕なのか、肌に大きな黒ずみを残している。
樹々や草花も途端に枯れ果て粉々となり、存在自体を風と共に失われる。異常かつ物悲しき光景が広がる。
『──こ、これは一体何がどうなってやがんだッ!?』
『ふぁ……ファウナ様、ま、まさかアレは……でもそんな訳……』
ファウナが破砕した神殿の上、オルティスタ機とラディアンヌ機が、頭を抱えて周囲を窺っている。
これぞ地獄絵図というものを見せつけられ勇猛果敢な二人の女性が機体毎、何も出来ず震えてるのだ。
『二人共……アレはまさしく太陽そのもの。地球の奇跡で覆われてない星々が、生物の住めない理由と同じよ』
ファウナも姉ゼファンナと共に戦慄している。
──地球。
数多の奇跡を積み重ねて出来た、生物の居住出来る惑星。
太陽が吐き出す紫外線やら赤外線。地球上になくてはならない存在なれど、地球を覆う数々の大気の層が丁度良い具合調整してるが故に我々人間は恩恵を受け、天照だの太陽神などと崇め縋っていられる。
現在のディスラド、それらを超えた行き過ぎの太陽。彼の照らす場所が生物を根絶やしへ転ずる。
「──見たかお前等ッ! これぞ暗転、真なる力ッ! ──それに見たまえ、俺様の類稀なる美しき姿を。この世界、俺だけ居れば美が成り立つッ!!」
ディスラド、姿形こそ別格なれど中身だけは紛う事無き彼そのもの。芸術を履き違えた男は、常識を覆した絶対神へ昇格した。
──陽洸の白転。
言葉だけなら暗転とまるで逆さな白い輝きを帯びる言葉。
されど実の処暗転と大差ないのだ。皆既日食で失われた太陽、この状況を暗転で事象反転。傲慢にも御隠れ遊ばした天照を呼び出す代価を自分にしただけである。
暗転と流転。
同じく事象を逆転する術だが、その本質たるやまるで異次元の如く異なる。流転は術者が相手の精神力を上回った時、相手の事象を逆転出来る術式。
暗転とは、己の剣に映すという前戯が不可欠。然しながらされたが最後、ディスラドの慰みものになるより他ない。
ファウナ・デル・フォレスタがこれまで流転を用い、暗転と渡り合えたのは、自身か或いはそれに近しい者へ暗転を行使されても、ディスラドより上の意識で跳ね返しただけに過ぎない。
流れ落ちる滝を昇ろうとする魚を見て思い付く、少女の純然たる心が形を成した術が流転なのだ。
何もかも、ちゃぶ台返しし尽くす暗転とは似て非なるものになるのが必然といえよう。
「もう暗転など要らぬッ! 俺様の歩む道こそまさしく世界の事象ッ!」
白い肌で我が物顔なるディスラド神。
ヴァロウズNo2の実力者で在りながら、やること為すこと非道が過ぎて、ヴァロウズ最底辺の扱いを受けた男だ。この世の春が訪れた顔をしても不思議ではない。
サクッ。ツーッ。
「──な、何だこれは?」
Newディスラドの白い顔の薄皮一枚に髪の毛1本の傷が付く。白の上を流れる血液の赤。怪訝な顔で己の頬を伝う血を指で押さえるディスラド。
──『ディスラド、さぞや心地良き絶頂であろうな。陽光の力を我が手に……こんな馬鹿げた妄想を創造へ転換出来るのは確かにお前だけであろう。褒めて遣わす』
自身の内側から聴こえる馬鹿にした声を躍起になって捜索するディスラドだが、声の主を視界で捉える事適わず。至極当然なる結果。
声はディスラド本人から発せられている。ファウナから偶然奪った蜘蛛の糸。これを繋いだ金属片を閃光で操り絶対神に現を抜かす男の頬に傷を付けた。
蜘蛛の糸を通じ己の意識をディスラドに移したマーダ。レヴァーラの身体は、いよいよ物言わぬ遺体と化した。
これが悲し気しか持ち得なかった踊り子が手にした能力。
『どうせ死ぬなら……死ぬ程辛き橋を渡るなら、もっと幸福な他人として生きてみたい』
レヴァーラ・ガン・イルッゾがあの地獄の実験に望んだ能力がこれだ。
不幸にもこの願望、マーダが渇望するものと完全一致した。
意識だけの存在を人型アンドロイドに流してして誕生したマーダ。本物の身体が欲しい。然も揺るぎない最強の人間で在りたい。
加えて300年後の未来、出現すると電算が弾き出した存在すら超越した者に成るべく自分は他人の力を強奪しながら行き長らえなければならない。
──人に造られし最初の存在が自分。されど我を踏み台にした究極進化版に踏み躙られるなど到底赦し難い。
マーダの野望に興味を抱いたリディーナがありとあらゆる手を尽くして、どうにかマーダの意識を滑り込ませたのがヴァウロズ達を従えたレヴァーラである。
器が持つ意識と壮絶なる戦争を繰り広げようやく手にした意識転移能力。然も恐るべき事に転移で手にした能力は、他の躰へ転移しても当人が破棄しない限り残り得るのだ。
──これを用いて先ず捕獲したい最終の被験者は誰か。
レヴァーラ以外の覚醒者達、何れかにする。その夢叶えるべく地獄の実験を強要した。
ヴァウロズのナンバリングは、そうした意図が在る。ならばNo1、エルドラ・フィス・スケイルでなければ腑に落ちない。マーダも最初はそのつもりであった。
ディスラドが元来持つ能力、暗転の真実に気づく迄は……。
「レヴァ……違うッ! マーダだなッ!! 一体何処潜んでやがるッ!!」
未だ状況飲み込めぬディスラド。憐れ、視界だけに頼り周囲を右往左往するしか能がない。
地球上全ての事象に明るいエルドラならば想像の範疇であったかも知れず、マーダの入り込む余地さえ与えなかったかも知れない。
──『おや? 随分口が悪いじゃないか。さては地が出てるな? 潜む? 隠れる? 貴様が何を言っているのか我には良く判らぬクククッ……』
ディスラドの心中で我が物顔に振る舞うマーダである。マーダによる意識汚染は瞬く間に始まっていた。