第173話 満ち足りてしまう救命"好意"
世界最強の術士、パルメラ・ジオ・スケイルと黒い現人神レヴァーラによる二人組を相手取り、見事負かせた聖騎士団。
まさかただの爆弾男に遅れを取り、太陽の欠ける僅かの間で敗北を喫した。
オルティスタとラディアンヌが、ようやく自らの機体に取り憑かれていた愚行を悟り、操縦席ハッチを開き、機体をかなぐり捨て生身の争いへ転じる覚悟を決めるが、黒星は覆らない。
一方、両脚を喪失したのみならず、自分の意識を保つことさえ瀬戸際のレヴァーラ・ガン・イルッゾ相手に辟易しているファウナ・デル・フォレスタである。
──私の覚悟が足りない?
ファウナ……これ程言われてなお気付かないとは、酷く楽天的と言わざる負えない。
躰の持ち主であるレヴァーラ側の意識が間もなく失せる。視線の絡み合った相手の様々な置かれた立場を知り得るファウナの蒼き瞳。
彼女自身『ただの想定から判断して導き出してる答え』と嘗て謙遜していた。それが真実と仮定してもだ。
実母であり初恋であり、4歳の頃から敬愛し続けた相手の気分を洞察出来ないのは残念過ぎる。これではもはや盲目に等しい。
レヴァがこれ程まで恥も外聞も吐き捨て剥き出しの自分で襲い掛かる理由に、少しでも傾倒すれば正答を導き出せそうなもの。
──いや、真実を判っていながら目を背けているのではないか。自分が意識してない最中で哀しき擦れ違いを演じているのやも知れぬ。
大体ファウナが本気を出しているのなら、白き月の守り手で武装した手刀などという回りくどい手法を取る道理がない。攻撃呪文で吹き飛ばせば速攻カタが付く。
「──ファウナッ!! いつまで寝ているつもりかッ!!」
黒い塊の如きレヴァーラ機、左腕らしき方から輝きの刃を鞭の様に振るう。ファウナが得意としていたやり口。蒼き大蛇に転嫁を遂げた輝きの刃がファウナ機の上半身を両腕毎拘束する。
──れ、レヴァ!?
ファウナがようやくレヴァーラの手加減に気付く。レヴァーラが本気であれば、拘束だなんてまどろっこしい真似などせず、そのままファウナ機を輪切りにすれば事足りる。
ピッ。
ファウナが腕時計型端末で通話口を開く。我に返った穢れ無き綺麗な手が震えている。
『れ、レヴァ……貴女どうして……』
涙交じりなファウナの声。実母も恋人の返事もしないレヴァーラ。ただただ無言で俯く。
──ファウナ・デル・フォレスタ……我の足搔きに良い加減気付いてくれ。
レヴァーラ自身の意識が消え掛けてる。さらに空を見上げれば、今にも落ち往く太陽が在る。マーダの意識に汚染され尽くすまで残された時間……時としてカウント出来る程、悠長ではない。
レヴァーラ、涙出す余力すら存在しない。死に際の人が遺言を伝えるべく最後の一滴で如何にか堪える様子に似ている。
──もぅ……無理だ。済まない私の愛するファウナよ。
『ふぁ……ファウ……ナ。わ、私……もぅ、消え……』
言葉なのか、はたまた呼吸なのか判別危ういレヴァーラ、魂の台詞。ハッと息を飲むファウナ。
操縦席ハッチを自ら開き、必死な顔でレヴァーラ機のハッチに取り付く。
「──『爆炎』!」
かなり乱暴だが爆炎の呪文でレヴァーラ機のハッチを吹き飛ばす。自分自身が振り落とされかける。もっと賢いやり方を考慮するゆとりは皆無だ。
「レヴァッ! レヴァーラ・ガン・イルッゾッ!!」
操縦席の上、大きかった翠眼が酷く薄目だ。座っているというより席に縋っている痛々しい感じ。尤も見た目だけなら大人女性の魅力溢れる素のままである。
危うい躰の肩を泣きながら強く揺するファウナ。重体な身体を動かす危険は重々承知の上での行動。今のレヴァーラは身体でなく心を奮い立たせるべきだと確信している。
「……ファ、ウナ?」
レヴァーラの目には既に泣きじゃくる実娘の姿が映っていない。自分の躰を握る娘の手がやけに熱を帯びて感じられる。
「母さんッ! レヴァッ! 嫌だッ! 私の前から消えたりしないでぇッ!!」
──嗚呼、やはりファウナか……。
薄れ往く意識の中でレヴァーラは目前に居る存在がファウナだと確信に至る。されど愛の言葉を語る余力が欠片もない。
精一杯、全身全霊を両腕に流し込むレヴァーラ。ゆるりと流れる刻の渦中、腕を広げ胸へと少女を誘う。
「レヴァァァッ!!」
全力で最初の相手を抱き締め、唇の交わりだけで終わらぬ、燃える様な情熱帯びたファウナの口づけ。これはキスというより、呼吸を与える行為に近しい。
ファウナの全身から輝く糸が次々と湧き、蚕の繭が如く互いを優しく包み込む。蜘蛛の糸による直結を人間相手に試みるのだ。
「──森の美女達。ほんの僅かで構わない、私達の時間を延ばして御願い」
加えて精霊達へ直接の祈りを捧げる。詠唱要らずの森の女神が普段従わせてる森の美女達へ願いを届ける。
森の美女達の息吹は、命ある者にしか通用しない。枯れた花へどれだけ水を与えようが戻りはしない。だからいつもと異なる手段で懇願するのだ。
──な、何だこの温かな何かが注がれる感じ方は?
マーダではないレヴァーラの意識が緩やかだが戻り往く。
ゆっくり己の翠眼を開くと、ファウナが口同士のみならず、蜘蛛の糸と、さらに背中から生やした枝の様なものが自分と繋がっているのを知り得た。
プハッ!
ファウナ、大人の口づけの枷をようやく紐解きこれまで見せた事ない恍惚極まる表情を愛するレヴァへ手向けるのだ。
「こ、これは……もしや繋がっている!?」
異性同士が交わる愛情表現中、最大級の手段。形だけならBLでも成せる。なれど子供を為せる百合じゃ決して出来ない愛のカタチ。
森の女神の飽くなき欲求が遂に形にしたのだ。蜘蛛の糸による直結、これまでMeteonella等の機械相手なら幾度もやり遂げた。
ならば女性同士で出来ぬ道理がないと直感したファウナ。こんな簡単なやり様を何故今まで思いつかなかったのか不思議な位だ。
けれどもただ繋がるだけでは満足出来ないファウナの強欲。
愛するレヴァと少しでも時間を共有したい欲求に駆られた。そこで自らの躰を媒介にして己の生をレヴァーラの中に解き放った。
18年間の人生に於いて一度たりとも味わったことのない感じ方。ファウナの何とも満ち足りた顔が物語る。レヴァーラを下に置く妖しげなる微笑み。
これはあくまで救命行為の結実。
然しながら延命されたレヴァーラも初めての好意に形容し難い感覚を抱き、ファウナとは違った意味で酔いしれ、己が女神を見上げている。
「ふぁ、ファウナ……。やはりお前は途方なき存在だな。人の生にこれ程の悦びが在るとは想像出来なかった」
レヴァーラ14の折、してはいけない踊りを演じ、結果双子の娘を産み落とした。けれどその行為自体に愛など欠片も存在しない。
「レヴァ……大好き、私もよ。今とても幸せ。こんなの言葉で言い尽くせないわ」
ファウナ、繋がるなら心より愛する者だけ許容出来ると当然ながら思っていた。
されど同じFemaleであり、増してや実の母が初めてになるだなんて、流石の彼女も想像の範疇外。これは斜め上を往く結果であろう。
尤も胎内に居る間、臍の緒で繋がっていた次第。しかしこれはあくまでレヴァーラという独りの女性が孕んだ間の話。
別の個体へ転じてから、育み互いを求める愛情だからこそ、成し得た今が極上なのだ。
「フフッ……」
レヴァーラ、思わず含み笑い。よもや同じ女性、然も娘に上を取られるとは思わなんだ。
レヴァーラは14歳、愛の無い子供達を産んでしまった。強制で捨てさせられ、その行為を悲しむ……懺悔するゆとりも無かった。
その後、マーダという別の意志の乗っ取りを受け、泣くことすら知らぬ間に終わる人生だと思っていた。
まさか我が娘に親娘の情だけでなく、恋愛経験まで教わる人生の愉快。これまで生きてて良かったと心底感ずる有難み。
「ファウナ、そしてゼファンナにも伝えてくれ。御前達の母親でいさせてくれてありがとう」
「う、うんっ……」
ファウナがまたも泣きべそをかく。
心も顔も穏やかで満ち足りた感謝の言葉。愛情表現下手なレヴァーラが出来る最大限なる尊き形。
「そして今度こそ最期だ。レヴァーラという女の意識は消え失せる。然しだ。ファウナ、ゼファンナ……そして我と交わりの在った皆が私を忘れぬ限り、永久に生き長らえようぞ」
「レヴァッ!!」
ファウナ、顔をくしゃくしゃにしながら別れの口づけ。『お前達の心で永久に生きる』レヴァーラ最期の言葉を魂へ刻み込んだ。
ファウナとレヴァーラ。
最後の愛を語り合うには味気ない兵器の操縦席。ハッチを失った故、外から飛び込む無慈悲な背景。遂に暗黒で満ち溢れてしまうのだ。




