第16話 最凶の敵
レヴァーラの不意を打ったファウナからの唇と、自分もその傘下に加えて欲しいという宣言。
驚くレヴァーラを他所に置き、ファウナの身勝手が留まる事をまるで知らない。
「私の優秀なる護衛、東洋の氣を自由に操りしこのラディアンヌ。さらに滾る剣で全てを斬り裂くオルティスタも加え、貴女様の御旗の元、働きたい所存でございます」
「──こ、コラ。何を勝手にィッ!?」
「──ッ!」
自分達を家族同然に扱ってくれたフォレスタ家への忠義。これすら身勝手に曲げられたオルティスタが大いに苦言を呈そうとした次の瞬間。
またもラディアンヌから足を全力で踏まれ、その発言を阻まれた。
脂汗を搔きながら隣人へ文句の矛先を変えようとするオルティスタであったのだが、その様子を見て即座に断念した。
緑の両眼に今にも湧き出そうな泉を湛え、それでも身震いしながら堪えているのだ。
──済まない、ラディ。お前の方が余程悔しいよな──って言うか俺の紹介しょぼ過ぎやしないか?
ラディアンヌに取って、ファウナはただの可愛い妹分の範疇をとうに超えていた。この時代、性別による恋愛の枷は完全に消滅している。
ラディは心底ファウナに惚れ込んでいた。それにも関わらず、あろうことか御館様の仇へファウナ自ら唇を明け渡すという、とんでもない屈辱を目の当たりにしたのだ。
命を拾ってくれた踊り子様へ抱く尊敬の念。それだけならまだ許容出来た。しかし今この場で見せつけられしは、完全たる愛の証。
──先を越された……。それもあんな仇に。
ラディアンヌの胸中を思えば、自分の怒りなど些細な事。一番の姉御肌である自分が受け止めてやるしかない。
──だが、それにしても……死ぬほど痛いぞ。
「アレか、お前達二人掛かりで殺り損ねた女神と言うのは?」
ヴァロウズのNo7、風のフィルニアがジレリノの元へと近づく。声だけで相手を落としそうな程、キレのある低音である。彼女の往く先々でそよ風が舞い、その衣服へ悪戯をする。
「フィルニア姫、お前さんも見てたろ? あのふざけっぷりをよ? あんときゃ確かに俺様も相棒も油断してたさ……」
自嘲気味で応えるジレリノ。せめてフィルニアに姫を付ける抵抗位はしたくなる。
「──だがな、何ならこの相棒共全部を賭けしても良いぜ。あのガキ、ヴァロウズの上5人ですら、1対1なら勝てると思うぜ」
緊張の争いが終わり、一服を探すジレリノ。けれど着衣の至る所を探しても見つからなかった。諦めきれず、地面に落ちてたシケモクを拾い、どうにか火を灯す。
「それは幾ら何でも過大評価だと僕は思うなぁ」
ニシシと笑う口を拳で押さえながら、この会話にNo8、水の使い手であるディーネも参戦する。自分を僕呼ばわりする割に、その声にはうら若き女性の茶目っ気がある。
フィルニアが風を連れて来る様に、ディーネの周囲にも涼やかな霧が常に付きまとう。戦い疲れ、暑いと感じる輩には実に有難い。
「いんや、お前等は知らねえから、そんな減らず口が叩けんだよ。あのゼロ詠唱で、俺様なんか自分の撃った弾を全部てめぇの身体にぶち込まれたんだ」
あっという間に吸い尽くした不味い煙草をペッと吐き出し、『全部……』と言いつつ、自らの躰の至る所を指で突き刺す。
「まあそれはそれとして、レヴァーラちゃん。本当に顔真っ赤かだよぉぉ……」
「──だな、アレは完全に女神様とやらに堕ちた顔だ」
ディーネが完全に女子会トークのノリで盛り上がる。もぅ顔がキャキャしている。真逆の口ぶりで腕組みしながら頷くフィルニア。
独り「ケッ! あんな奴俺は認めねえ」と苦虫を噛むジレリノであった。
「──その申し出、このレヴァーラ、しかと受け留めようぞ。我が配下……」
「あちらの赤い髪の女性が大気を意のままに操れるフィルニア様、恐らく歳は24」
「なっ──!?」
レヴァーラは、自分の配下達をその能力と共に紹介するつもりでいた。これはファウナ側が既に同様の事をしているので、礼儀を払う意味であった。
けれどまだ何も喋っていないというのに、ファウナが如何にも知った風な口を開く。
年齢すら言い当てられ、フィルニアが目を白黒させた。
「……そして黒髪ロングの女の子の方、水分であれば、どうにでも出来るディーネ様ね。えっとぉ……多分私の1個上」
「凄い凄いっ! 貴女一体何なのぉ?」
これもズバリ言い当てられた。寧ろテンション上げてディーネは喜び、兎の様に跳ね回る。
能力の方は先程の戦いの模様から推察出来なくもない。フィルニアは竜巻で電磁砲の弾を弾き飛ばした。
ディーネの方はあの巨大ロボットを触れただけで機能停止に追い込んだ。恐らく水冷用の水かオイル。もしかしたらその両方を異常値になる程、熱したか凝固させたか。まあ、そんな処であろう。
だが2人の年齢まで正確に言い当てるのはどうかしてると言わざるを得ない。
「……で、この間の傷が癒えずに寝てるアノニモ様。自分の影すら消せる女よね?」
「「なっ!?」」
この驚き声が重なったのはオルティスタとジレリノの両者だ。
「だ、だからあの時、御館様を斬った気配すら判らなかったのか……」
影から影へ移る暗殺者──それは相対したオルティスタとて理解していた。
ただその能力の本質迄は結局の処、判らずじまいだったのだ。
──こ、此奴、いよいよ気持ち悪いっ!
柄にもなく身震いするジレリノである。敵場に繰り出した際、互いの名前を発言などしていない。
因みにアノニモ、その素性全てがヴァロウズの誰しも知らされてない。アノニモとは名無しの意味だ。
もしかしたらこの少女、あの暗殺者の素性が透けて見えているのに、先輩達への気遣いなのか、敢えて伏せている様にすら窺えた。
「……で、最後にジレリノ様ね。此方も偽名──と言うより通り名。触れたモノ全てから一定時間音を奪う」
外連味たっぷりに最後と告げるファウナのやらしさが酷い。
ヴァロウズの7番目から末席まで、きちんと順を追っているのだ。これにはジレリノでなくとも気色悪さを禁じ得ない。
──何もかも見通す力……か。
これはレヴァーラの想いである。彼女はそんな能力に覚えがあるが、それは口にするのを敢えて止めた。
「た、大変です、レヴァーラ様ッ! 映像を御覧ください!」
不意に皆の頭上から届いた声。酷く動揺しているのが良く判る。
何もないビルの外、宙に浮かぶ巨大な映像。
ニュースキャスターらしい女性と、酷く荒れ果てた荒野が映る。
『御覧下さい。これはJapan-OkinawaとAmerica-Pearl Harbor。連合軍の基地が在った場所です……』
それはそれは、此方の争いなど可愛く見えてしまう程の荒野しかない地獄の果て。暗い面持ちで記事を読み上げるだけの機械と化している。
もう基地だと認識出来る痕跡すらない。
──星屑を無数に落とした跡。間違い様がない。
「ファウナ、我に本気で仕える気ならば良く見ておく事だ。アレが我々に取って最凶の敵」
「──最凶の敵」
フィルニア、ディーネ、アノニモ、ジレニノ……。9番目こそ不在であったが、それでもこの3人だけであの連合軍空挺部隊を蹴散らせた。
ファウナ・デル・フォレスタは、そう認識している。それにも関わらず顔色が悪いレヴァーラの様子。
それだけで『最凶の敵』と言う言葉に嘘偽りなしと確信するファウナであった。
─ 第2部『時代錯誤の戦争勃発』 完 ─




