第172話 金色映えるHarem(ハレム)
大層痛々しい余り物を相手取ると事を決めた森の女神率いる女性聖騎士団。
パチンッ。
『──ゼファンナ、お前が先陣を切れ。俺達二人がお前に合わせる、遠慮は要らない』
これまで先頭を闊歩していたオルティスタが無線で告げる一番手、交代の知らせ。強気な長女肌の意外な提案。
『Really? Whatever brought that on?』
ゼファンナ、昂らずにいられない。母国語でさらに気分を上乗せ。
『閃光とファウナ様に匹敵する魔術。そして何より貴女が一番終わりが近いのですから必然です』
ラディアンヌも無条件で同意の意志。あの可愛い妹が全幅の信頼を寄せる姉達だと敬服するゼファンナ。そしてニヤリッと上げる口角。
『了解! 私だけで終わらせちゃったらSorry』
金色のゼファンナ機が輝きを散らしかと思った刹那、空間転移したかの如き目にも止まらぬ配置換え。
神憑り冴え渡るゼファンナ機の迅速に阿吽の呼吸で合わせられる残り2機の動きも見事。二人の姉も随分人型兵器の扱いに熟練味が増したものだ。
『行くわよこのDoucheッ!』
かなり汚い英語のスラングで罵倒しつつ、バシュッとアンカー付きワイヤーをゼファンナ機がド変態に向け射出。『これでもしゃぶりなさいッ!』と行動が告げる。
加えてホバリング全開、ディスラドの鼻づらに迫り征く。先程アンカーをぶち当てても揺るがなかった生身の馬鹿男が相手だ。此方は全長12mもある人型だけど遠慮は無用。
「グッ!?」
ゼファンナ機が華麗なバックステップを刻む。全開のホバリングをディスラドへ浴びせ掛ける。砂埃と放出された熱に目を逸らすディスラド。負けじと己が黒い刃を睨む。
閃光を帯びたゼファンナ機が舞い散らす黄金色に染まっていた。これでは流石に暗転が行使出来やしない。
──問題ない。この間隙を縫って18の美少女が必死の覚悟でこの俺様に狙いを付ける。
寧ろ可愛き戯れだと思い上がり嗤うディスラド。攻め入られるのが予め想定出来ているのなら美少女が飛び込む悦楽を待ち望めば済む話だ。
「ウグッ!?」
これはディスラド、迂闊が過ぎる。真っ先に自分へ向けて飛んで来たのは女達でなく、ただの冷たきアンカー。それを涼しい顔で避けるだけなら無問題。
しかしアンカーを繰り出した張本人が稲妻の勢いで後退したのだ。アンカーを縛るワイヤーの長さは当然有限。避けたと思ったアンカーが背後からぶち当たって来た。
無様にも吐血し、強制で背筋矯正されるディスラドの哀れな姿。魔導騎士ゼファンナが魔法はおろか剣すら用いず、元ヴァロウズNo2を翻弄する単純だが残酷なる仕掛け。
『Huh, you’re still alive?』
まるで潰した筈の害虫を嫌がるゼファンナの言い草。確かに兵器を破砕可能なアンカーを背中からモロに受け、未だ生きてる男はさぞや気持ち悪かろう。
「しょ、少々お痛が過ぎやしないか? だ、大体だな。このディスラド様相手に楽しみたいならそんな無粋なる服剥ぎ取らんで何とするッ!」
吐血を止めず、減らず口も続けるディスラドを見やり、女達がいよいよ以って総毛立つ。血を吐きながら『服を脱いで此方に来いッ!』と指差されたのだ。
「う、うわぁ……」
「こ、これは流石に……」
「Oh……Scary」
オルティスタ、ラディアンヌ、そしてゼファンナ。誰もがドン引きして声を失う。決して相容れない異性の気色悪さを超越している存在。最早人間としてOUT。
ズガーンッ!!
急に轟く爆砕の音。気が付けば何とディスラドが爆風を駆使しゼファンナ機のメインカメラよりさらに上方から降って来るではあるまいか。
思わずゴキブリ最後の迫り来る羽根が頭を過ぎる。何とも形容し難き物凄い形相。
然も首だけと化した生き血滴る女の頭を鷲掴みにして、ゼファンナ機の操縦席ハッチ目掛けて投げ込んできた。
「No kidding!」
そんなふざけた物に当たってたまるか。ゼファンナ機、残り僅かな閃光を使い、当然の回避へ走る。
ズガガンッ!!
「はぁッ!?」
次はゼファンナが油断した。
自機の足元に仕掛けられた地雷が爆発し立っていられなくなる。12mの金色なる巨人が倒れ往く絶望の様。こんなやられ方、余りに低能が過ぎる。賢い自分に似合わない。
バーンッ!
嗚呼……何とも無常也。
ゼファンナのEL97式改、操縦席ハッチが美女の頭一つで吹き飛ばされる。止む無く生身のゼファンナが重力解放でフラリッと逃げ惑う。
よもや害虫に敗北したゼファンナを見てオルティスタとラディアンヌにも戦慄が走り抜ける。
もうこの周辺全ての地面がディスラドの虜と化した女共の結界の上に思えた両者。取り合えずホバリング全開で宙に跳ねる。
つい先程までの気高き女性聖騎士団で在り得たものが瓦解する? 気狂いの男独り相手に?
認めたくないが三人の内、最強と思われたゼファンナ機が瞬時に干され、今や羽虫の様に情けなく空を飛んでる。
冷静に立ち返れば敵は元より生身。足枷になるだけなら、いっそ自分達も潔く機体を捨てれば良いのに混乱をきたしている。白蟻に喰われ木屑へ還る豪邸の様な虚しさ。
オルティスタ、ラディアンヌ共に嘗て素手で兵器を一蹴し、No10から『機械特攻補正でもあるのか』と不可思議な誉め言葉を貰ったことを忘れていた。
リディーナが与えし各々の専用機。それらに搭乗して他の人型兵器を精彩放ち追い詰めたまでは良かった。これでは道具に踊らされてる。
何れにせよこれでは最早、戦と言えない。何ともあっけない終焉。
森の女神勢の女性聖騎士団Vs芸術を履き違えた男の勝負は、後者の高笑いと言って差し支えない。
高笑いの男が身勝手な悦に浸る。彼の心持ちは既に、三人の美女を相手取り、総てを捥ぎ取り足元へ悠々はべらかせていた。
残る勝負はレヴァーラ・ガン・イルッゾVsファウナ・デル・フォレスタの一騎打ち。此方とて、もう残り僅かな揺れる火なのだ。
『──レヴァッ! いつまでこんな馬鹿げた真似をッ!』
『決まっておろうッ! 貴様の覚悟が決まるまでだッ!』
ファウナ悲痛なる叫びに無情で応えるレヴァーラ。
ファウナ・デル・フォレスタは『私を止めて見せろ』と通話された時点で救われた想いに駆られた。自らの全身全霊を見せつければ実母も恋人も過ちを正してくれると思い込んだ。
レヴァーラ・ガン・イルッゾの『仇である私にトドメを刺せ』という憐れなる悲願は、幼き女神へ届いていない。
──もう何れにせよ母なる我の意識が地上より姿を消す! お前の手でこの憐れな女に引導を渡してくれッ!
レヴァーラの喉元たるや溜ったモノを声にしたくむず痒くて仕方がない。されど伝えたが最後、森の女神はただの儚げな少女へ還るに決まっている。
これは18という記号だけ大人へ引き摺り出された女性に取って余りに過酷。神の宣告が出来る程、優しきファウナは、女神に為り切れてはいないのだ。
『ええぃッ! いつまでそんな生温いッ!』
白き月の守り手によるファウナ機の手刀攻撃。呼吸術の使い手ならいざ知らず、ただの魔導士が防御魔法で強化した攻め込みなぞレヴァーラ的には片腹痛いにも程がある。
黒い機体の破損著しくとも、両腕と二刀は未だ健在。ファウナ機の白い手刀を潜り抜け、同じ時代を生きる現人神の操る金色の操縦席へ、殺意を示す右腕の剣の突きを繰り出す。
『グッ!?』
『どうだッ! これ以上本気を出さねばファウナ、貴様を我が滅するッ!』
ファウナ機、操縦席ハッチが斬られ、中身が剥き出しと化す。
電動機械を斬られた痕跡が電気の火花散らす。火の粉が操縦席まで降り掛かりファウナの金髪を僅かに焦がした。
初恋相手の意地──戦慄と何故が入り混じるファウナであった。