第169話 黒の戦乙女(ヴァルキュリア)と金色のEnzo(エンツォ)
ディスラドを欲するレヴァーラを森の束縛で拘束する事に成功したファウナ・デル・フォレスタ。
だが巧妙な機転を利かせたディスラドの暗転により、レヴァーラは紐解かれ、代わりにゼファンナが虜へ転じた。
『──こ、これは……』
ツタで吊るされ宙へ置き去りにされていたレヴァーラ機。
宙に吊るしてくれるツタを失ったにも拘わらず、未だ宙を彷徨えている。ゼファンナ機から継いだ重力解放の恩恵。
さらに己を鍛え上げ伸ばした閃光の輝きと、戦火の火種を喪失した代わりに違う力の火種を感じている。
しかも武器を持たない左手から蒼い光の刃すら伸びている。
『──ちょっとこのツタ腹立……ンッ?』
代わりにツタで拘束されたゼファンナ・ルゼ・フォレスタ機。普段通りの生意気な文句を垂れようと口を開くが途中で止める。
もう幾度この機体色を語ったか定かでないが、金色なるゼファンナ専用機。黄金色の輝きがさらに激しさを増し、その上違う力の火の粉を散らす。
レヴァーラ・ガン・イルッゾ⇔ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。二人に掛けられた能力がディスラドの暗転により完全に置き換えられた。
──ククッ……この我に加勢を求むか。ディスラド、小癪な奴め。
レヴァーラの周りを小馬鹿にする口角の上がり具合が戻る。早速浮いた黒い機体をディスラドの前に滑り込ませた。自由を取り戻したレヴァーラの昂ぶり。
『アハンッ……貴女の言う通りディスラドってとんだFucking Moronだわ ──『閃光』!!』
一方、妹から御大層なお手入れを受け続けたサラッサラの金髪を掻き上げ快然たる笑いを飛ばす姉ゼファンナ。
森の束縛を軽々と解呪する。森の魔導を女神の次に巧く操る彼女に取って造作もない行為。
ゼファンナ機、既に金色なる閃光の破片を散らしているのをお構いなしで新たに握った能力を声高らかに態々宣言。
重力解放と戦乙女の二掛け。毎度の小細工より自身の躰を過剰な重力の如く押さえつける代価を寧ろ快楽と為す。
『私の機体が閃光未対応だから底上げよりも扱い辛さに振り回されるとでも思ったのッ!』
レヴァーラが着装している戦闘服をゼファンナは当然着ていない。
されども蜘蛛の糸だけ張り直し閃光を開花させた。彼女の腹の内にも僅かながら閃光の根源は現存するのだ。
バシュッ!
輝きの刃を強奪された左手の甲からアンカー付きワイヤーを嗤いながら繰り出すゼファンナ機。当然だがこのアンカーに人工知性体は含まれてない。
『なッ!?』
このワイヤーを切断するべくレヴァーラ機が、即席な輝きの刃を振り翳す。それを寸での処で避けられ慌てる搭乗者。
そのアンカー、当然の様に兵器相手を想定している。生身の人間に喰らわせたが最期。地面に転がる火薬達と同じ定めを迎えるだろう。
バチンッ!!
「フンッ!!」
ディスラド、余りに不敵で無敵が過ぎる振る舞い。造り物の腕を盾代わりに涼しい顔で弾いた。
仮にこのギミック自体の強度がアンカーのそれを上回っていたとしよう。なれど飛ばした重さを軽量な躰で受け流すのは理屈が合わない。
ゼファンナとディスラドによる理屈の合わない共演の正体。
ゼファンナの方は、蜘蛛の糸で機体と直結した思考と、閃光によるさらなる自己覚醒を存分活かし、機体の左腕に絶妙な震えを与え、アンカーを自在に魅せた。
軍所属時代、ファウナに追い着け追い越せを目標に、日々の鍛錬を欠かさなかったのは流石伊達じゃない。
ディスラドはもっと単純明快。彼の足元には微量な火薬が仕込んである。尤もそれらを人並み外れた判断と技量を以って行使するのだ。
何せ自分が望んだ能力なのだ。爆弾とは到底思えぬほどの火加減の扱いぶりを熟知していた。
何れの行動も他人から見れば薄氷を履むが如しなやり方。だけども当人達に言わせば涼し気な顔で『こんなの簡単』サラリと応える。
人の実力たるや他人の物差しで推し量れるものではない。
「誰にも邪魔などさせんッ! 来いレヴァーラ!」
ディスラドが両手の指を怪しく動かし関節を怪しく鳴らす。加えて嘗て一応主人であった黒い女神を呼び捨てで煽る。
「──低能な俗物が」
レヴァーラは独り、これまでと異なる不思議な魅了を感じている。愛も金の繋がりすらない者から虐げられる。彼女に取っては稀有な悦び。
『阿呆の如く俺様だけの踊り子と化せ』
強き者へ心預けて直向きに舞い踊る。こんな経験、愛娘のファウナはおろか、自分の意識を生んだ老人でさえ与えなかった。
世界の絶対へ登り詰める事だけ望む自分の中に潜むマーダ。他人に仕える喜びを今さら知り得た。
パチンッ。
『俺達のやるべき事は始めっから決まってんだッ! 後へ続けッ!』
長女オルティスタが無線を自分達だけの周波数に合わせ、4姉妹に檄を飛ばす。
『ラディアンヌ、了解ッ!』
『チィッ……仕方ないわね、ゼファンナ了解ッ!』
次女、ラディアンヌ機が素直に応じ、オルティスタ機の斜め右後ろにホバリングで追い縋る。
新たな三女、ゼファンナ機。装い新たな閃光に目覚めた処へ『従え』と言われ思わず舌打ち。それでも空いてる左斜め背後に渋々応じる。
オルティスタ機、2本のアーミーナイフを炎舞で赤く滾らせる。ディスラドの暗転封じ込め作戦に変更の二文字はない。
4番目──ではなく、位的には最上位である森の女神とその専用機。女三銃士の背後に続く。
「──『火焔』!」
オルティスタ機が滾る二刀の刃先で巨大過ぎる燕を器用に描いてディスラド&レヴァーラ組へ飛ばす。これらが陽炎で閃光弾と化せば、暗転封じの完成。
「──射て『捌きの弓矢』!」
今にも赤い燕達が弾けようとした瞬間、天から比類なき軍神インドラの矢が落ちる。晴れ渡っていた空に突然浮か不自然な雷雲。落雷が火焔を掻き消す。
『パルメラッ! 息子の方は大事ないのか?』
元・主様から如何にも母親染みた声掛けを聞き、パルメラはそれだけで充足した顔つきで緩む。
マーダの方は知らない。けれどレヴァーラは子供想いの母親なのだ。そんな砕けた想いが知れただけでパルメラは戦える力を得られた。人間味溢れる彼女を心底守り抜きたい。
「ジオは私とエルドラ様の子供、大丈夫、堪えてくれます」
「そ、そうか……済まない」
自分の声を励ましレヴァーラの質問に答えるパルメラ。息子の事を心配している。だがその息子自身が母親の奮起に期待している。
レヴァーラは黒い機体の操縦席に座っているので顔色こそ判別出来ない。それでも『済まない』の声色から深謝が窺い知れる。微笑まずにいられぬパルメラである。
パルメラ・ジオ・スケイルは、あくまでレヴァーラを守る為、戦線に復帰した。同じ元・ヴァロウズであるディスラドの方は正直どうでも良い。
兎に角、森の女神勢に取って正直戻って来て欲しくない最大手が堂々帰って来た。もう腹を括って争うしかない。