第168話 転々と移ろうものなり
レヴァーラ・ガン・イルッゾが御内裏様、ファウナ・デル・フォレスタが御雛様。
そんな雛壇から矮小でも流麗なる独りの女官、アビニシャンが消え失せた。
悪の根源を押し付けられた感のあるディスラドを撃ち払うべく立ち上がった女官の二人、チェーン・マニシングとマリアンダ・デラロサの生命の灯の身代わりと化した。
アビニシャン、最後の『ごめんね』がファウナの心にやたらと多くの釘を打ち込む。
──何故どうして謝ったのよッ! 謝る位ならずっとずっと私の膝元の飾りで居れば良かったのにぃッ!
ファウナは独り思いにふけり、身勝手な涙を浮かべた。
処でディスラドの仕込みも巧妙冴え渡るものがある。撃たれること覚悟の上。自身を映したホログラムを太陽の御禅に置き『撃って来いよ』と狙わせた。
ディスラド神殿からようやく不敵な姿を見せつけ姿を現す。空から何やら鉄屑が落ち地面へ埋まる。
ホログラムの映写装置と拡声器。加えてそれらを浮かせる為の反重力装置。後者は以前レヴァーラ経由でリディーナから引き継いだ貴重な品。
ファウナ3歳の折、エトナ火山を大量の爆薬で無きものとした。彼はこの際、これを用い浮かんで踊り子の軽い剣を弾いたのは既に語った通り。
反重力装置が光線に焼かれて落ちた。恐らく致命的な壊れ方に違いない。何とも贅沢な使い回し。こんな物と入れ替わりでアビニシャンは、味方の力で理不尽に抹消された。
一方──塵芥にすら為れずに果てたアビニシャン。死後に於ける語る口をファウナに向けれたのは、一体どんなカラクリだろう。
ファウナ・デル・フォレスタは、魔道と神の御業を極めるべく、ありとあらゆる勉学に勤しんでいる。それでも成仏し切れぬ者が霊魂のみで語る妖しげは専門外故判らない。
されど其方の考察をしているゆとりは現状皆無。真実のディスラドをこの世界軸から消滅させ、母親と意識の野望を根元から断ち切る。
『──ディッスッ……ラドッ!!』
今のディスラド、空も飛べない生身の人間。そこへ金色の巨人が歯を食い縛り、全力を以って潰しに掛かる。
操縦者のファウナ、血涙を流す思い。見るのも汚らわしき男を問答無用で殺害する気だ。
『アンタさっき私に『あれだけ殺してどの口が言う?』とかほざいたわよね。……私、貴様を人間だなんてこれぽっちも思っちゃいないッ!!』
12m有る機体の拡声器から怒鳴り散らすファウナの罵声。森の女神より直々のお達しである。普通の人間ならばこれ一つで肝を潰すかも知れない。
「フフッ……随分な言われ様だな。神の殺しは天罰覿面! 故にこれ即ち救済也! ──とでもぬかすつもりかァッ!?」
ズガガーンッ!!
『グッ!? 地中で爆発ッ!?』
ディスラドへ機体一歩分、歩み寄ろうとしたファウナ機の足元が不意に爆散する。
危うく足元をすくわれかけ、ホバリングで後退り。地雷の如き爆発の痕跡の中、人間の躰と思しき破片を見つけた。
『ど、何処まで愚劣なのッ! 女性達を生き埋めにするとか有り得ないッ!』
またも芸術を爆散させたディスラド。ファウナの怒りも誘爆させる。
「なぁに……この俺様自ら逝って逝かせた大層幸福な女共だ。今頃天にも昇る悦びだろうよ」
美少女の怒りを真っ向から受け、舌舐めずりする嫌らしき男。ファウナの怒声さえ、さぞ心地良く感じている様子。
破廉恥此処に極まれり。怒りで紅潮していたファウナの顔。『逝く』だの『逝かせた』だの未経験な羞恥を無理矢理聞かされ、不埒な気分で赤を深める。
◇◇
「──き、消えた? アビニシャンが?」
此方は占い師アビニシャンを思いも寄らず消してしまった側である。チェーンが自身の能力で創造した操縦席にてマリアンダ・デラロサが息を飲む。
占い師も共に同じ場所に存在したのだ。それが神隠しでもあったかの如く、瞬時に行方をくらませた。
幾らマリアンダに見えない敵を撃てる技術が備わっているだとしても、狙った相手がどうなったのか知る由もない。
されどチェーンの荷電粒子砲が別の何かに当たったことだけ、理屈抜きで感じられた。操縦席を立ち、膝から崩れるマリアンダ。理由の判らぬ涙を落す。
「け、消した……。わ、私達が彼女を……」
「一体何がどうしたってんだマリアンダッ!?」
途轍もなく多大な声で疑問をぶつけるチェーン・マニシングを他所にマリアンダは泣き続ける。戦場で味方を失う……そんなものは些細な日常。
それでもマリーの慟哭による湧き水が留まることを知らない。自分達の迂闊な行いが大切な仲間を殺害した。
夫の代わりに……夫の気心を知り抜いた気分で、ガディン・ストーナーを殺した辺りだろうか……自分は随分増長していた。軍人として、独りの人間としてやってはならぬ罪を犯した。
マリアンダ・デラロサ、この過失でひょっとすると狙撃手としての御業を喪失したかも知れない……。
◇◇
皆既日食は着実に進みゆく。半分ほど陽の光が欠けた。陽が失われ昼間に夜が訪れた時、ディスラドの身に何が起こるのであろうか。
ファウナ達の狙いは決してブレない。
嘗てアル・ガ・デラロサは、ディスラドの暗転を閃光弾だけで封じた。
同じ事象がオルティスタにも悠々熟せる。炎舞・火焔から陽炎の圧倒的眩しさを以ってディスラドの黒い刃を覆えば済むのだ。
暗転封じ、それを例えやられようとも流転で再逆転すれば良い。ディスラドに取って正に相性最悪な二人。ファウナ達相手に逆転の賽の目など存在し得ない。
一見愚昧な存在に思えるディスラドさえも自分の不利を理解している。暗転がアテにならない以上、彼は己の剣技と異常たる爆発を以って争うだけだ。
──術者当人すらそう思い込んだ先に一縷の望みが存在し得る。
スッ。
不敵な笑みを固定化したディスラドがゼファンナ機の背後を指差す。またも仕込みの美女が爆ぜる音が木霊する。これで森の女神勢は、爆炎のディスラドのみ意識せざるを得ない。
「暗転が俺様に関わる周囲だけを反転させる技ァ? 大層無礼な思い込みだな」
必殺の技。技名とは決めて言うもの。シレッと流すディスラド。
どう切り取っても技の解説を語る言い草。雁字搦めなレヴァーラ機を黒い刃の片方に映し、その刃の裏には背後が爆薬を帯び光り輝くゼファンナ機の黄金色を映す。
『ムッ!?』
『な、何よコレェッ!?』
自分の身の上と一切繋がりのないレヴァーラとゼファンナの事象を反転させたディスラド。
ボロボロなレヴァーラ機を吊るし上げてた森の束縛がゼファンナ機を束縛するよう移り変わる。事はそれだけに留まらなかった。




