第167話 虚しく散り失せた飾り
レヴァーラ・ガン・イルッゾの専用機、ラディアンヌ機の足払いを受けホバリング機能を大破。
それ処かオルティスタ機の新技も喰らい片足を失う。
立ち上がることすら適わない黒の機体。
加えて神聖術士、パルメラ・ジオ・スケイルは、息子ジオの怪我の具合が心配過ぎて戦う処じゃない始末。
森の女神勢、後は根本へ意識を集中すれば済む話。
「──『重力解放』、──『戦乙女』」
遂に森の女神が静かなる事始め。魔力もEL97式改の電力も未だ温存してある。
語るまでなくファウナの狙いはディスラドただ独り。ファウナが彼に魔法を用いれば暗転を返礼として寄越すに違いない。
ファウナの行動予定たるや至って簡単。暗転に負けず劣らずな流転で応じる。
或いはディスラドの暗転じゃ歯が立たない集中力と、自信を込めて大変懇切丁寧な術を決めれば良いのだ。今の彼女にはそれが熟せる揺るぎない自信と覚悟が両立している。
ザクッ!
バァァンッ!!
『──好きにはさせんと言っているッ!!』
ディスラドの元へ向かおうと宙を舞い始めた黄金色な機体の前に黒い塊が邪魔をする。
ただの重りと成り果てたもう片方の脚を手ずから切断。剣を機体の両手で握ると、最上段から地面へ叩き落とす。そんな足掻きで再び跳ぶのだ。
──これが本当に、あのレヴァーラ・ガン・イルッゾなの!?
周囲の誰もがそう疑わずにいられぬ頑固な行動。普段冷たい笑みを湛え、相手を小馬鹿にする戦いぶりで優位を取る彼女とは別人の様。
こればかりはレヴァーラを慕うファウナでさえも『往生際最悪…』と呆れて馬鹿にしたくなる。実母は果たして何を夢見ているのか。
レヴァーラ……いや、この場合マーダと語るべきか。マーダがこの後、望んでいる結果。
ファウナはその方法論を既に聞き終えている。……理屈じゃない、マーダの心の在り処や何処に。
パチンッ!
『もぅ……良い加減諦めなさいッ! ──『森の束縛』!』
柄の無い剣先をファウナへ手向け、痛々しい影が忍び寄る。背後には操られし巨大なナイフが舞っている。
森の女神、此処までみっともない母に最早負ける要素が見当たらない。無線で態々忠告してから、森のツタを前後まとめて一斉に伸ばす。
両脚を喪失したレヴァーラ専用機と、それが操るナイフ共々ツタで雁字搦めの刑に処す。現人神、まるでキリストが十字架刑に処された姿と似通る皮肉。
憐れな母の機体を尻目にファウナがディスラドを墜とすべく太陽へ機体を向ける。金色が陽の輝きを幾重も揺らす十重二十重。
やはり同じ神を名乗るのならば、暗黒より燦々たる煌めきの方が映えるというもの。黄金色なる森の女神が、数多の尊い命を死に追いやった咎人へ裁きを下そうと迫り征く。
──光ッ!? 此方へ向かって来る!?
太陽が昇る東方の真逆から、これまでと異なる煌めきの点を見つける。此方へ向けて一直線に飛来するのを見つけたファウナ。
地球上で最も輝く光すら嘲笑う圧倒的な輝きへ、瞬時に成長を遂げる箒星の様な光の帯。
光線を見て『見覚えがある』と表現する暇があるのも可笑しなものだ。ファウナとレヴァーラのさらに上へ流れる光の筋。
「あっ……」
「や、止めろォォッ!」
太陽の陰りに潜むディスラドを狙った荷電粒子砲の輝き。こんな桁外れな攻撃が出来る者はただ独り。但し並外れた標的を狙い撃てるは、別の独りに違いない。
──気取るファウナと絶望に瀕した顔のレヴァーラ。
──さらにこれを見やりなお、口角を上げるゆとりが存在する金髪碧眼の男が独り。
何れも非現実、しかし当然の現象と受け止められる異常。
「──『暗転』」
美女を爆弾に変える異常者にしとくには勿体ない色気と余裕の在る声。黒い刃に光線を宿す。確実にこの危機的状況を事前察知していたと思える振舞いの為せる御業。
ボシュ…。
──えっ?
誰もが目標だと思い込んでた金髪の男。光の矢を受け鏡が粉々に割れた感じで消えゆく。何と呆れた話かこのディスラド、手軽な幻影であった。
見えるモノだけに無我夢中になり、熱源センサーの類等を見落とした者共。
その背後、ファウナは確かにディスラドと違う誰か……それも特徴的な髪飾りをその中に見る。断末魔も躰を燃やす音さえも光の速さで終わる。頼りなき蝋燭の火を燭台毎消し去った。
──『……私、終わってしまったわね』
不意に甲高く透き通った声が森の女神の心へ突き刺さる。光線を全身に浴び、蒸発した女性の声。そんな非科学が、さも当然に届いた。
──『あ、アビニシャン……アビニシャンなの? 嘘、如何してあの能力にまた頼ってしまったのよ!』
魂の姿なんてファウナの蒼き瞳にすら見えやしない。だが心の中に住まう占い師が、残り寿命を示す蝋燭を吹き消されたのに何とも気軽な言い草なのだ。
──『小さくて可愛いチェーン。貴女を大切に思い始めた元軍人……そして私。ファウナ……貴女自身と貴女が愛するレヴァーラを失う事。私達到底認められなかったの』
アビニシャン、末後の言い分。
白狼に化けたチェーン・マニシングの荷電粒子。その撃ち方を指示する狙撃手のマリアンダ・デラロサ。
これらを確定させたいが為、アビニシャンは再び考えるのを辞めた。審判の力を用い『ディスラドを絶対滅する』それだけを強く強く望んだ──が敵の精神力の前に敗れ、自分が消される側に回った。
──『嘘ッ!! 貴女は見え透いた嘘をついてるわッ!!』
ファウナの全てを見透かす瞳。これを行使するまでもない。アビニシャンの審判……何も取り戻せてなどいない。
第一アビニシャンにはマリアンダの狙撃術に決して劣らぬ超感覚が未だ存在する。彼女が本気で狙いを示せば幻影など見間違える訳がない。
彼女はチェーンとマリアンダの危うい企みを聞いたその場で深慮した。マリアンダ、或いはチェーンが自ら放った業火に焼かれる様を確信したのだ。
だから考え抜いたすえ『私の審判を使いましょう』と嘯いたのである。
──『何故ッ! どうしてッ! そんなの利己的な貴女らしくないじゃないッ!!』
映像でなく心の内で慟哭しながらファウナが訴える。
──『そうね……私考え過ぎちゃったみたい。タロット見せて当たらないからおよしなさいって素直に伝えれば良かったのにね』
姿見せずに弾んだ声でアビニシャンは、ファウナに謝る。
──『……ごめんね』
侘しい…寂しさ溢れる最期の感覚。ファウナの胸の中に明らかなる空虚を穿つ。
──ど、どうして……。
「せ、折角私が拾ったのにッ! 何で勝手に逃げたりするのよォォッ!! アァァァァァッ!!」
心の声から魂の叫びへ移りゆく森の女神、怒りと悲しみの咆哮。何と身勝手で強欲なる言い分。
拾った仔犬がふらりと夜の街に失せ、息せぬ遺体へ転じ手元へ戻った。ただの物を睨む飼い主の如き嗚咽。
「ファ……」
「ファウナ……様」
「──ッ!」
オルティスタとラディアンヌ。10ヶ月前、フォレスタ邸にて知った己が主の我儘。またしても似た色合いが炸裂したのを見る思いに駆られる。
実姉ゼファンナ、独り歯を食い縛り妹と同じ色を無言で逸らす。
──私の可愛い妹は覚悟が足らない、これは血で血を洗う争い。アレは勝手に散った駒。引き摺られたら今度は貴女へ番が回るわ。
『でぃ……ディスラドォォッ! よ、よくも私のアビニシャンを殺ってくれたわねッ!!』
ファウナ・デル・フォレスタ、怒声混じりで真なるディスラドをそれこそ神の如く睨み付ける。魔法少女らしさが欠片さえ消えた。
「──ハァ? 貴様こそどの口が言うって奴だな。神の名の於いて今までどれだけ愚人共を殺めてきたァッ!?」
ディスラドとて負けてない視線で跳ね除ける。女神の裁きなる大義名分。情け知らずな虐殺を重ねていると断罪した。