第164話 褐色たる神々の宴
フォルテザの地下シェルターにてファウナの真実を知ったフィルニアとディーネの二人。フォレスタ家は、シチリアの森に語り継がれし名家。
イタリア本土とシチリアを地続きにしたメッシーナ大橋。これが軍の攻撃で落とされた直後、物資調達を本土から受けられないのが悩みの種であった。
しかし失われたフォレスタ邸の威光は衰え知らず。
いや……正確にはフォレスタ家当主による威信ではなく、幼女の頃から森の住民達と分け隔てなく大いに遊び、可愛がられたファウナ当人の名が知れ渡った結実である。
ファウナ・デル・フォレスタがレヴァーラという何とも怪しげな女の元へ嫁いだ際にも、様々な農産物と労働力を笑顔で提供した森の住民達。
この人々、昔からファウナを森の女神と慕っていたのだ。フィルニアの語る『ファウナは生まれた時から女神であった』というのはそうした所以。
その上、これだけ大層な置き土産である。小さな島国へ転じたばかりのアドノス。フォルテザという如何にも急成長を遂げた街。されど裏を返せばハリボテに過ぎない。
ファウナ、それすら見越した上で生粋なる島民達の敬愛を一身に集め、魔法を超える奇跡を成した。
◇◇
皆既日食迫る中『18年間の家族生活を取り戻す』と、やたら姉ゼファンナとだけ蜜月を繰り返している様に周囲が思えた折。
『──ファウナは、一体何を遊んでいる?』
フィルニアはそんな苦言を陰ながら吐き出していた。『所詮彼奴等は余所者だからな』憤慨するフィルニアをさらに焚き付けたのは、元傭兵のジレリノである。
『余所者……か』
ジレリノの言葉をさも寂しげに、フィルニアは反芻した。
ジレリノやアノニモ等は元より金で命すらやり取りする輩なので、そんな地獄を知らないフィルニアやディーネ達は、言葉半分にそれを受け取る。
されど半ば強引にレヴァーラの手下と化したヴァロウズ達全員に取って、この言葉は絶対的重みがある。
人工知性体を身体に埋め込む実験を受け、如何にか生き延び能力を得た同じ穴の狢達。
『能力を与えし我に従え──さすれば安寧を授けよう。いや、止めはせぬがな』
当時レヴァーラ・ガン・イルッゾは、こんな言葉で異能者達を自分の元へ引き留めた。
それに比べファウナ・デル・フォレスタと、その護衛として仲間に転じたラディアンヌやオルティスタ。彼女達は或る意味気楽と蔑む腹の蟲も無かったとは言い難い。
然しそれでも共に死線を潜り抜けた戦友。だからファウナ達の事を最後まで信じたい。縋る想いのフィルニアやディーネであったという話の顛末。
ファウナ・デル・フォレスタは、信者達の期待を決して裏切らなかった。
◇◇
双子の姉妹、そして母親同士な二人と1匹による筆舌尽くし難い争い。
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタは、自身が体の良い囮に使われているのを理解している。
──この優秀なお姉ちゃんに全部任せなさぁい。
寧ろこの状況を望んだ上で1対3という超劣勢を引き受けている。
『──『戦之女』!』
此処で妹ファウナからこれみよがしな応援が届く。ワザと無線にしたファウナ。『ゼファンナ機は、より強く強固へ転じた』と敵達に訴え掛ける。
さらに語るまでもなく、姉の尊厳すらも大いに底上げするのが狙いだ。
──ま、まだ……もう少しだけ1人で粘って欲しい。
ファウナには今にも垣間見えそうな考えがある。これを策に持ち上げるべく、僅少な時間を欲する。
ガシャンッ!
ゼファンナ機が重量の在る超電子砲を惜しみなく捨てた音。現状、威力何て幾ら用いても無駄。
閃光で通常の3倍以上の速さを活かせるレヴァーラ機。それに威力だけなら未だ底の見えない生身の術士、パルメラが圧倒的。
グシャッ!
「──ッ!?」
持て余すから打ち捨てた武器、それは良く判る理屈。だがゼファンナ機、あろうことか超電子砲を自機の足でぶち壊す。
気でも違ったかと驚く母親を他所にゼファンナ機が、ただの鉄の筒へ転じた塵2つを両手で拾い上げる。
『フフッ……見てなさい『輝きの刃』!!』
不敵な笑みを声に載せ、輝きの刃の二刀流と洒落込むゼファンナ機。
後は戦乙女に寄る底上げと、重力解放で朝焼け浮かぶ金色の空へ己の金色を織り交ぜ黒いEL97式改に襲い掛かる。
ガシンッ!
「くッ! 光だけの刃なのにぃ!」
鉄筒から繰り出した実体の存在しない刃を造作もなくレヴァーラ機に斬り結ばれ、痛恨のゼファンナ。
『ぬるい! ぬる過ぎるゼファンナ! 天斬の蒼き刃に遠く及ばぬ!』
嘗てレヴァーラは、東京での戦いに於いてパタに形状の似た剣で光線剣使いの元祖。ヴァロウズのNo3、天斬と斬り結び、やがて圧倒せしめた。
人型兵器で巨大化したに過ぎぬ。然も天斬の太刀筋は超一流、付け焼刃なゼファンナの二刀など片腹痛いにも程がある。
ゼファンナ、慌ててホバリング逆噴射で後退り。そこへ情け容赦なく緑の輝き散らし、迫りくるレヴァーラ機。然も上下から空飛ぶナイフも襲い掛かる非情。
「──『森の刃』!」
これはまずいと感じたファウナ。無線で術の公開はせず、森の刃で2本のナイフを落す援護射撃。下層の術ながら使い処の多い森の刃。
無数の木の刃を朝陽で輝かせながら姉と母の間へ。ナイフを弾くだけでなく、ほんの僅かでもレヴァーラの視界を削ぐ強かぶり。
例え同じ術式でも使い道の在り様ならば真祖の方が真似事より上位らしい。
『くどいッ!』
なれどレヴァーラ、無数に降り注ぐ刃を例の変形した剣ですべからず弾き飛ばした。閃光のレヴァーラ、尋常ならざる動き。
「──絶滅の層!」
詠唱不要なパルメラからまたもや見知らぬ神聖術が説かれる。地響き鳴らし地面が揺れ動く。何もなかった平地がひび割れ、地層が映える。
不意に形成された谷間から知識こそ皆在るが、初見の生き物達が続々と溢れ出す!
「ま、まさか生きた化石!?」
これはまたしても何たる事か──。
ゼファンナ機、無数に飛び出すシーラカンスの群れによる襲来を受ける。他にもマンモスやら、ティラノサウルスといった歴史の教科書からはみ出た生き物達で大混雑。
恐らく創造主ブラフマをパルメラが解釈した術式。魔法と言えば、火・風・水・地からなる精霊に頼るものが大抵を占めるもの。そんな概念を根底から覆す。
「こんなかび臭い連中に私が負ける訳ないわッ!! ──『爆炎』!」
相手は兵器の歴史処か、ファウナの告げた『人類に於ける紀元前の叡智』以前な言わば大先輩。
22世紀生まれのゼファンナに取って『Get lost and never come back!』な諸先輩方。最新鋭の兵器で根絶やしに還すのだ。
『ククッ……パルメラ、実に面白いがこれではまるで動物園。もう少し実益兼ねたものを我は所望する』
面白き見世物だがこれでは争いとは言えぬと苦笑を禁じ得ないレヴァーラである。敵味方関係なく襲来する故、自身も狩りで一汗掻かねば|如何にもならぬ。
パルメラとて重々承知な上での御遊戯。全力の術を見せしめとして用いたに過ぎぬのだ。ニヤリッと笑いて次なる一手。
「──『戦火の火種』!」
パルメラの右掌から黒い炎が走り、レヴァーラ機をぐるりと囲う。一見味方を攻撃している術式。
「おおっ!? こ、これは! 我の躰がまるで火の化身の様だ」
レヴァーラは己の滾りを真っ先に感じた。
ヒンドゥー教、戦いの女神。ドゥルガーによる火の導き。早い話、ファウナの扱う戦乙女に限りなく近しい。
既に自分の閃光で倍加してる力をさらに底上げ。然も閃光と異なり、自らの肉体へに対する負担が限りなく無きに等しい。
ヒンドゥーの戦の女神は、レヴァーラを正義連なる者として認めた様だ。パルメラ・ジオ・スケイル、褐色の魔女を返上。褐色の神々の体現者と己を成した。