第15話 偽りの踊り子と女神の始まり
レヴァーラの超有能たる私兵。ヴァロウズのNo8、ディーネの不思議な能力でその機能を完全に停止した連合軍大尉。アル・ガ・デラロサの機体、グレイアード。
加えてファウナ・デル・フォレスタの輝きの刃の前に真っ二つと化したマリアンダ・アルケスタの操縦する白い最新鋭機の手に握られていた過剰なる電磁砲。
その次の瞬間、連合軍空挺部隊の輸送機から3色の信号弾が打ち上げられた。
「──撤退命令ッ!? まだ電磁砲を失っただけだッ! 幾らでもやり様は……」
「撤退だッ、アルケスタ少尉! 軍の命令は絶対だッ!」
普段血の気が多いデラロサ隊長から冷静なる無線連絡がアルケスタに飛ぶ。逆に通常時、冷静沈着さを失わないアルケスタ副長の方が「チィッ!」と舌打つ。
「少尉、お前の機体は未だ充分に動ける、出来るだけで良い。生き残りを連れてこの場からの離脱を命ずる」
「──ッ!」
やはりアルはマリアンダに取って絶対たる上長なのだ。それでも『未だ動ける……』という言葉にだけ優しみを含める気遣いは忘れない。
だがそんな隊長の期待に応える活躍を出来なかったマリアンダ。暫し、らしくなく命令を無視する。
「──少尉、俺の声が聞こえなかったのか?」
「……了解」
次に隊長としての冷ややかな物言いだけに徹する。これには副長として絶対に応じねばならない。
「マリー、最新鋭機の貴重な戦闘データを持ち帰れるだけ、お前は俺の自慢の部下だよ」
──クッ!
最後にマリーのヘッドセットだけに届く最高の誉め言葉を、優しみだけの声色で伝えたアル。男から好きな女への気遣いが、19歳という成熟してない娘の胸を余計に打った。
バンッ!
座席のアームレストへその複雑たる想いをぶつけた。それがマリー最後の抵抗であった。
連合軍が撤退を決めたその理由。実の処、此処での勝敗は、その決定打に成り得なかった。輸送機へ戻り、司令部より連絡を受けた空挺部隊一同。
完全に言葉を失い、その心は絶望の淵へ叩き落とされた。その事実、ファウナ達も直ぐに知る由となる。
「……行ったか」
白いビルの10階付近、この建物の丁度真ん中辺り。自ら窓を蹴破った黒髪を結った女レヴァーラ。浮遊した状態で撤退してゆく敵を見送る。何の感慨も無い真顔であった。
そして次にレヴァーラの緑の瞳が捉えたのは、地上で散り散りと化した金髪を揺らすファウナである。
そのファウナとて戦いが終結して直ぐ、ずっとレヴァーラのことをその蒼き瞳で追っていた。だから自然と視線が絡み合う。
──ま、間違いない……あ、あの方だわ。
幼少期よりずっと夢見てきた対面。飛び上がって歓喜するかと自分自身思っていた。しかし意外な程、冷静にこの状況を受け止めていた。
レヴァーラがスーッと、ビルの壁面を滑るかの様に舞い降りる。この戦闘に於ける戦乙女の元へ。
「あ、あ……」
まるで言語を知らない赤ん坊の様に二の句が告げないファウナである。ただ視線だけは決して逸らさない。
その瞳とかち合ったレヴァーラの目が大きく見開かれる。自分の腹の底すら見透かされた様な……そんな言い様のない気配が潜り抜けてゆくのを感じたのだ。
しかし改めて気を取り直し、最大の戦果を挙げた娘と向かい合う。
「よくあの白い奴を止めてくれた。礼を言わせて欲しい。我が名はレヴァーラ、彼女達は皆、私の配下だ」
スッとファウナへ向けて頭を下げるレヴァーラ。さらに視線だけで自分の身内をサラリと明かした。その中に蒼いポニーテールで目つきの鋭い女が混じっている。
「──なっ!?」
「や、やはりっ!」
その蒼いポニテは無論、あのジレリノに他ならない。ファウナの両親の仇、暗殺者と共に居た女。さらにそれを『配下だ』と告げた女。
全て倒すべき敵と認識したラディアンヌとオルティスタ。しかしファウナが無言で左掌を後ろへ伸ばし、それらを制した。
レヴァーラは頭こそ下げたものの、未だこの街の主としての尊厳を保つ態度を改めようとしない。いや別に偉ぶっている訳ではないのだ。
ただの彼女の立ち姿から自然と湧き出る圧倒的な雰囲気が、周囲をひれ伏せているに過ぎぬ。
レヴァーラより一回り背の低いファウナ。さらに身を屈め、片膝を地面につき、頭を下げて恭順の形を取る──かに見えた。
「なっ……」
ファウナはごく自然にレヴァーラの白い右手を取り、その手の甲へ唇を寄せた。これには流石のレヴァーラも戸惑いを隠せない。
ゆっくりと惜しむ様に唇を離したファウナ。次は勝手に面を上げ、頬を染めたレヴァーラの事を、さも可愛き生き物でも見つけた様な笑顔を送り届ける。
「13年前と何も変わっていらっしゃらないその御姿。このファウナ・デル・フォレスタ。1日たりとも忘れたことなどございませぬ」
くどいが上から見ているのはあくまでレヴァーラなのだ。
けれどもまるで母の如き包容力で下からその全身をくまなく眺めているファウナの方こそ立場が上の印象を植え付けている。
「──13年前? な、何を言って……」
言いながらレヴァーラは全てを思い出した。燃え盛る獄炎と、己の剣舞を『綺麗だ』と告げ、今の自分と同様に恥ずかしがらせた金髪の幼女の事を。
──そうか。やはり刺客を送った我の目に淀みは無かった。
やはりこの少女──自然の力に目覚めていたと思い知る。自分の脅威となるその前に、消してしまうべきと察した目利きに誤りは無かったのだ。
しかしこれはどうした事だろう……。今はこの目の前に出現した女神が頼もしくもあり、また危うくもありと──そんなあやふやな気分だ。
「──いや、どう考えても三十路……ン!」
目を緩ませながら『13年前と何も……』と浸りきっている処へ横槍を入れようとしたオルティスタだが、同じ姉貴分のラディアンヌから思い切り片足を踏まれ顔色だけ悶絶する。
武闘家の強烈なる踏み足を叩き込まれたのだ。オルティスタの不幸、推して知るべし。
「しかし良いのか? もう重々承知であろう。己が両親の仇ぞ我は……」
此処で実行犯であるジレリノへ視線を送ることはしないレヴァーラの意外なる振る舞い。ただの偶然に過ぎなかったかも知れない。
──それが返ってファウナの胸中をまたも打つのだ。
「正直、そしてお優しい方なのですね。このファウナ、不躾ながら大変好意を抱いております」
左胸の膨らみに手を充てファウナが頭を下げた。服装こそ乱れているのが、その所作には品格が漂う。
そしてまたしても上を向いてこうファウナは宣言するのだ。
「この森の女神ことファウナ・デル・フォレスタ。我ながら不思議でございますが、今は心底レヴァーラ様へ忠誠を誓いたい一心でございます」
偽りの身体を引き摺り、いつの日か全てを統べる力を我が手にと企む女。
そんな彼女を実に人間の欲に準じた麗しき乙女と感じた少女。互いの手を取り、この島の新たな歴史を切り拓いてゆく二人の血よりも濃い繋がりはこうして生誕した。