第161話 絶対の美こそ正義也
『ファウナ・デル・フォレスタ。EL-Galesta、ファウナ機、出るッ!』
『ゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。EL-Galesta、出るわよッ!』
第1格納庫のハッチをゼファンナ機が超電磁砲にてこじ開け強制排除。2つの金色機体が己の輝きと共に絶望の待つ夜空へ羽ばたく。
両機共、蜘蛛の糸で己を直結し、重力解放の御業で飛び出して征く。この姉妹なら本当に事を成すかも知れない、そんな雄々しさが見える気がした見送りの仲間達。
ガシッ。
ゼファンナ機が前往くファウナ機の肩を緩く掴む。
「──レヴァーラ機が奪取されたぁっ!? 良くもまあそんな嘘を抜け抜けと言えたものよね。自分が嗾けた癖にぃ?」
呆れ声が握った機体を通して妹の元へ送り届けられる。
「ゼファンナ姉さん──人間は……」
「はいはい、01だけじゃ推し量れないって言う気でしょ? 何事も表裏一体、判ってるつもりよ」
ゼファンナのリディーナ評は恐らく正しい。
嘗てリディーナは、相棒が初めて閃光を駆使した折、その能力に思わず『このままでもアリかも』意味不明な想いを抱いた。
だがそんな成長さえもディスラドの放つ魅了に劣る様だ。監視カメラやレヴァーラ機に在るリディーナ自身の生体lockを外す。彼女に取って朝飯前より気楽な活動。
付け加えるなら、娘等二人が追い縋るのも恐らく計算の内。それでも私の最高傑作は、決して負けやしない。
「でもさあ……幾ら閃光が使えるとはいえ、私達二人の魔導士が追い掛けるのは大袈裟じゃない?」
器用にもゼファンナ機、空いた方の掌を広げ、大袈裟振りをジェスチャーで示す。
「姉さん……? それはかなり自意識過剰だわ。私達が相手取るのは母さんだけじゃない。だから態々囚われの身に堕ちたのじゃなくて?」
ゼファンナが随分良い加減なことを告げている。
もし本気なのだとしたら、敵である自分達に投降なんてまどろっこしい真似などしない。直接単機で攻め入る筈だ。
「──ムッ……可愛くないなぁ」
妹は真面目でノリが悪い。これは単なるレクリエーションの一環。『ふふっ、かもね』な具合に微笑み返せば姉は充足出来る。
「それに母さん、閃光状態でEL97式改のシミュレーターを繰り返してたらしいわ」
「げぇっ!?」
ファウナの冷たい物言いを聞き、大層嫌な顔をしたゼファンナである。
「それってつまり……閃光の稼働時間を延ばしたって事ぉ!?」
「……」
姉の驚き混じりな質問に妹は無言で応じた。
レヴァーラ専用機──最大にして実に単純なる特徴、閃光乗りを二人搭乗させることで向かう処敵なしな時間を引き延ばした事だ。
されど今回レヴァーラ・ガン・イルッゾは、その有利性を自ら放棄した。寄ってゼファンナの気楽ぶりも不思議ではない。
レヴァーラのジム通いの理由、簡単な理屈であった。割合気楽な姉も、それを聞いて背筋が冷たい。
「わ、私の方こそ……くだらない話をひとつ良い……かな?」
母親がいよいよ以ってヤバい。そんな話をしてた真面目な妹が、不意にしおらしくなるではないか。急にどうした?
「ンンッ? 何々?」
ドリンクボトルのストローを咥え、軽く受け流すか考える姉。
この先恐らく長丁場、大変貴重な飲料。こんな序盤で飲む訳ない。興味ないフリをしただけ。
「あ、あのさあ……その格好、姉さんが着ると、やけにきつくない?」
機体越しでも伝わってくる妹の吐息混じりな恥じらい。
未だ母君への溺愛が止められぬ不謹慎なファウナ。自らと全く同一の格好でありながらゼファンナが着こなすと、やたら大人女性が溢れ出る気がする。
これ程まで差し迫った状況下でありながら、嫉妬を抱く自分を恥じる。激しい戦の前だからこそ、余計な思考が仕事をするのだ。
ゼファンナからしてみれば何とも無駄な劣等感。それでも口元を緩めずにいられない。
「あ、あらぁ……あらあらぁ、やっぱ私の妹ってば可愛いのねぇ……。貴女だって私に負けない位、しっかり有るじゃない!」
もう可愛くてどうしようもない自分の妹。生身の付き合いであれば、容赦くなく小さい背中を後ろからギュッとハグして、耳元で囁き煽りたい衝動に駆られる。
「わ、私のは……防護用の詰め物が……あ、在るのよ」
──あ……嗚呼……これは、Miss Take。
ゼファンナ、一瞬声にならない後悔。頭抱えて虚空を見上げる。妹の方は、パットという特殊兵装を秘めているのだと今さら知り得た。
「だ、大丈夫よぉ……気にし・す・ぎ! 胸は大きさじゃなくてよ。ささ、無駄話はこれ位にしてサッサと貴女の大好きな母さんに追い着くわよっ!」
重力解放で浮いてるとはいえ、ホバリングを殆ど使わずだらけた様子で飛んでた2機。
もう気が付けば時計は5時だ。せめて陽が昇り切る前にレヴァーラ機へ追い着きたい。太陽が陰り始めたら戦況が怪しさを帯びる。
但し何度も語るがディスラドの根城は近い。遅刻をしたくないから? それにしたって深夜の外出は、余りに気が早過ぎる。
まるで緊張溢れる初めてのデートな様相。実際、何処か勝手な待ち合わせ場所を決め、今や遅しと愛人を待ち構える。浮気な母にヤンデレ属性すら加わる感じ。娘達は面白くない。
姉妹は母親の密会を邪魔する探偵の様なものか。電力こそ勿体ないが、地上でかくれんぼしている母親から狙撃されては堪らない。光学迷彩で忍ぶ。
『──見つけた! 岩陰の場所!』
以前ディスラド神殿を白狼のチェーン・マニシングが情け容赦なく破壊したその成れの果て。崩れた神殿の破片、そこに黒いEL97式改が潜んでいた。
ビュッ! ビュッ!
「──ッ!?」
「いッ!? は、速いッ!?」
レヴァーラの待ち受ける愛人はディスラドではなかったのか? 男を待つフリをして、本命は娘二人で在ったの如き勢いの、黒いナイフが緑色の輝きを散らし一挙に迫る。
姉妹共々これを避ける術がない。されど2機共々、白い輝きが勝手に弾き飛ばした。
『フフッ……その巨体で白き月の守り手を扱うとは、流石大した防御だ。待ちかねたぞ、私の娘達』
白き月の守り手を互いの自機に付与していたファウナとゼファンナ。それを称えほくそ笑むレヴァーラ。
ファウナ・デル・フォレスタの予想通り、母は閃光を惜し気なく最初から使ってきた。
レヴァーラから聞いた話が正しければ自分達を倒した後、愛人相手に本気を出さねばならない。そこまで覚醒をモノにしたというのか?
「──『紅の爆炎』!」
ゼファンナが容赦知らずの攻撃を見舞う。EL-Galesta最強武装、左腕部に装備した超電磁砲へ爆炎系最強呪文。紅の爆炎を注いだ一撃。
普通の人型兵器であるなら、この一撃だけで後片付けが不要と化すのだ。
「──『憤怒の焔』!」
此処でとんでもない伏兵現る。凛々しき術の掛け声と共に、ゼファンナの紅の爆炎を軽々一掃。
詠唱必須な神聖術士で在りながら、ファウナ、オルティスタ、ラディアンヌ、チェーン、フィルニア、ディーネを息子のジオとたったの二人でキリキリ舞いさせた褐色の魔女。
ヴァロウズNo0という奇妙な欠番を勝手に名乗り、邪魔立てした閃光のリディーナの介入により、どうにか退けた世界最強の女魔導士。
パルメラ・ジオ・スケイル──。最凶と恐れられた夫の名を引継ぎ、煌びやかな守りの星屑達を纏い、『絶対の美こそ正義』と言わんばかりの存在。此処に推参。
──そして世界最高峰なる親子喧嘩の幕が上がる!──




