第160話 森の女神・涙の命令
皆既日食の前日深夜──。
今やこの世界で最も進んだ文明を誇るフォルテザの根幹を成す白いビル。その地下に存在する第1格納庫で事件が起きる。
「──レヴァーラ機が消えた!? 監視カメラはチェックしたの?」
劇団黒猫の恐らく最年長にしてまとめ役。銀髪のリディーナが就寝中、何とも無粋な声に叩き起こされた。
余りの重大事にガウンを1枚羽織っただけの何ともあられもない御姿。格納庫に慌てた顔で駆けて往く。長い髪に櫛を通す暇すらない。獅子の鬣の如く暴れたままだ。
「そ、それは当然──アアッ……!」
リディーナに指摘された監視役が見落としに気付く。ガクリッと肩を落とし項垂れる。映像データが数時間前、差し替えられてた事実に気付いた。
監視役の報告を肉声で聞くまでもなく、状況を飲み込むリディーナ。此方も狼狽え独り落ち込む。
「私としたことが迂闊だったわ。──被害はレヴァーラ機のみで間違いないのね?」
「は、はいっ! それは間違いありませんっ!」
連合国軍最大最後の基地を墜として大層気が緩んでいた。その上、自分がこの場に招集されているのに、最上位の黒い女性の姿が何処にも見えないのだ。
最早考察するのも馬鹿げてる、犯人はレヴァーラ・ガン・イルッゾ当人である。
「──私とゼファンナ姉さんで後を追うわッ!!」
第1格納庫を見渡せるガラス張りの部屋まで届く甲高くも凛々しき少女の声。
何時からそこに居たのであろう。ファウナ・デル・フォレスタが此方を見上げ、大声を張る。隣に全く同じ顔をした、少しだけ背丈の高いゼファンナすら居るではないか。
ファウナは以前、レヴァーラが手ずから渡した超硬質プラスチック製の剣を腰に差した格好。
一方ゼファンナは、フォレスタ家を出て以来、ファウナが嫁入り衣装にしていた服装。ゼファンナ的には、偽ファウナを演じてた際の衣装だ。
ファウナが自身のEL97式改で出撃するのは、まあ判る。されど未だ敵の捕虜というべき、ゼファンナ・ルゼ・フォレスタまで連れ添うのは全く以って腑に落ちない。
けれど二人共々何を言おうが聞く耳持たぬといった体。第一OKのサインすら聞かず、互いの金色へ素早く乗り込んでしまった。
双子の娘が揃い踏みで出過ぎた母親を連れ戻す気でいるのか。
「ま、待ちなさいッ!! 私はまだ何もッ!!」
もう何を言っても無駄だと知りつつリディーナも、無線要らずの大声で怒鳴り散らす。
パチンッ。
『相手は閃光使いの真祖なのよ。それがあの黒い専用機で出撃した』
ファウナ専用機、操縦席のハッチを閉じて無線に切り替え、意外なほど冷静な声音でリディーナへ危うい台詞を伝える。
パチンッ。
『妹の言う通りよ、私達以外に誰がアレを止められて? 知っているなら答えてみなさいッ!』
全く同様の声質であるが、此方はより昂ぶり強いゼファンナ機の無線声。
何れも途方もなきことを口走る。『『敵はレヴァーラ・ガン・イルッゾ』』そう高らかに断言したのだ。
同じ声がステレオで聴こえるだけでも気狂いに陥りそうなリディーナ先生。
閃光使いの黒い女神は、森の女神と共にMeteonellaに乗り込み、最後のヴァロウズを倒しに向かう。他の台本なんて知らない。
パチンッ!
『待ちやがれ御嬢ッ! 俺達は一体どうすりゃ良いんだッ!!』
取り残される皆を代表してアル・ガ・デラロサ隊長がリディーナの無線機を奪い取り、大いにがなり立てる。
『わ、私に貴方達を指揮する権限何て……』
『良いから答えろッ!!』
少しだけ弱気な少女に返ろうとしたファウナの曖昧な返答に、さらなる大声を被せるデラロサ。
アル・ガ・デラロサにはファウナの拒絶が見えていた。
『それでも手前が容赦なく指示しやがれッ! 俺達はそれに従うッ!!』
真のリーダーからブレない指示が欲しい。口先三寸だけでも構わないのだ。
『お、恐らく黒い女神が此処を潰しに掛かるわ。皆は被害を最小限に食い止めて……欲しい』
無線機越しにも判るファウナの震え声。実の母を悪者呼ばわりした上で、仲間達の命を欲する強欲を貫かねばならぬ刻。
──皆ッ! 大好きッ! だけどッ! 今はごめんッ!!
泣きたい、いっそ泣けたらどんなに楽か。けれど今は涙を殺し、頼れる友達の命をくれと命を下す。ファウナ、己の身を切るより辛い。
ガツッ!!
『了解!! 其の命、このデラロサしかと承るッ!!』
デラロサ、両足で固い床を力強く踏みしめ、司令官にさえ見せたことない最敬礼で応じた。
『──後は任せな……死ぬんじゃねえぞ。皆で待ってる』
『う、うん……』
次は小声で無線というよりファウナそのものへ優しみで語り掛けるデラロサである。ファウナは涙を押し殺した砕けた顔で出撃準備を如何にかやり切ろうと躍起になった。
◇◇
時を巻き戻す──。
パルメラ・ジオ・スケイルへ転嫁し、不死鳥召喚が成功を収めた深夜3時頃。
その事実に気付いたのは、パルメラと同居しているディスラドだけかにみえた。現に隣町に等しきフォルテザに住まうレヴァーラはおろか、魔導士のファウナでさえも気取られていない。
だが同じ場所に住まうただの商い稼業である筈の銀髪碧眼の落ち着いた女性。普段滅多な事では動じぬリイナだけが翌日から佇まいを変えていた。
そんな彼女の僅かな変化に気付いたのがリイナ最推しを自称するリディーナだ。
けれど至極残念な話。『リイナ、今朝は何だか顔色が優れなくてよ。昨夜余り寝られなかった?』と聴診器を充てる口実にして『いえ、間に合ってます』サラリと流されて終わる。
『エドル神殿に於ける不死鳥の歴史は、此処から幕を開けたのですね』
彼女はこんな意味不明な台詞を残したに過ぎない。その言葉から察するにリイナという女性は、エドル=不死鳥という史実を何故か見知っていたらしい。
ただそれだけの話に過ぎない。これ以上の話、取り合えず存在しない。
◇◇
リイナの気付きから時計の針を10日程進める。
皆既日食がおよそ3日前と迫り来る。これ程迄近づくと、ようやく世間様が少々喧騒し始める。勿論ただの天体観測としての位置付けに留まる。
「ふぅ……」
割と稀有なレヴァーラ・ガン・イルッゾの溜息。近頃の彼女はEL97式改のシミュレーターにて疲労の息を付くほど御執心である。
執拗い話、連合国軍が機能しなくなった今、人型兵器の必要性は失われつつある。それにも拘わらずジム通いで良い汗を流す女性の様な立ち振る舞い。
無論、語るまでもなく美容と健康へ気を配るつもりならば、ごく一般的なジム通いが一番の薬。22世紀のシミュレーターの質が上がっていようとも、そんな論理変え様がない。
何しろ今さら人型兵器を極めた処で、最後の敵は生身のディスラドただ独り。
レヴァーラは、ディスラド相手にMeteonellaでなく、黒光りの専用機に態々乗機する気でいるのか?
己が娘と共同戦線を張れない!?
何故?
どうして!?
勝手な憶測が矢継ぎ早に飛び交うものの、当人達は素知らぬ顔だ。
『ファウナもファウナだ』
ファウナが18年間の空白を埋めるべく立ち振る舞っているのを理解してる輩ですら、こう感じている。
姉ゼファンナとばかり、仲良し小良しが悪目立ちしてる。肝心な母レヴァーラと一緒に居るのか不明なのだ。
未だ就寝時くらいは、娘の甘えをみせてるかも知れない。だけども昼時、共に過ごしているのを極端に見なくなった。
だから独りぼっちな母親だけは、意味不明なシミュレーターに精を出す? 或いは単なるストレス発散? 実に浅はかでかつ、身勝手な印象だ。
空白の家族時間を取り戻すなら、三人一緒が本来。周りは見たものと聞いたことしか信じない。理由を気に掛ける程、人は優しくないのが普通だ。
平常時ならどうでも良い積み重ねが、人の不信を仰いでゆく。家族の営みに口を挟む自体、不可侵を破る行為だという大切さを失念する。
気味が悪いなら当人達へ直接訊ねれば良い。そんな直近すら面倒臭がる。挙句の果て、アビニシャンの占いをアテにする始末。
アビニシャンは、こんな感じでそうした輩を追い返すのだ。
『占いとは疲労が溜まるの。第一アナタ、私の言うこと信じられるの? 占いはね、聴く相手が信じてくれなきゃ無駄に終わるの』
至極真っ当なアビニシャンの言い分。彼女の占いに魔術師と世界、一体どう映っていたのであろうか……。




