第159話 決して交わらぬ身勝手同士
無事、不死鳥の初召喚に成功し、それを媒介にした亡き夫。エルドラ・フィス・スケイルから末期の言葉を聞けたパルメラ・ジオ・アリスタ改めパルメラ・ジオ・スケイル。
肖た息子、獣人ジオも終始その様子を眺め、己の名をジオ・スケイルと改める意志を固めた。ジオも本来なら虚ろな父へ甘えたかった。けれど全てを母へ譲った。
しかし末期の台詞がまるで預言者のソレであった。
エルドラは生前『星を落とせし者』と呼ばれ、恐れられた。実際の処、墜とすべき星屑は既に地上へ存在し、これらを操るだけという言わば子供騙し。
但し彼は地球を模した緑の球体を用いていた。地球を模すなら青ではないか、その理由は不明。されど彼がその球体を指先一つ指しただけで、場所は潰えた。
言わば地球そのものを有していたと言っても過言でない。ならばこの星のありとあらゆる生物、事象に精通してても何ら不思議ではない。
これがエルドラの有した元々の能力。自分に能力を与えたレヴァーラはおろか、愛する妻にすら語らなかった秘中の秘。
彼は決して人間嫌いで地球衛星軌道上を住処にしていた訳ではない。溺愛のパルメラと彼女が宿してくれたジオを含め、自身の能力を欲する輩を拒んだ次第。
こんな彼が地球に起こり往くであろう未来を垣間見れると仮定しよう。これを『面妖』と斬って捨てられるものであろうか。
「──見事ッ! 史上初の不死鳥召喚を成し得たばかりか、エルドラを現世へ連れ戻すとは!」
夫の言葉を理解しようと反芻を重ねようとしたパルメラ親子に邪推なる声が混じる。褒め称えた割に冷たく笑う金髪碧眼の怪しい男。
「ガルルッ!」
「ディスラドッ! アンタやっぱ見とったんか? 覗きとは趣味悪いでぇ!」
振り返る母と息子。この男、曲がりなりにも爆発の体現者。目も麗しき女性が華麗なる炎の鳥を呼び出すのだ。興味の泉が湧いても不思議ではない。
「そう絡むな──俺様がもし本気で邪魔する気なら、召喚された不死鳥を横取りしたかも知れんぞ」
細い眼をさらに細め、ほぼ閉じた状態で返すディスラド。『その気があれば横取り出来た』何とも聞き捨てならない事を知れ顔で告げる。
「マーダが未来に必須と来たか。クククッ……エルドラの奴、随分気になる言葉を言い残したものだ」
ディスラドはエルドラの予言をレヴァーラでなく、マーダであると断言した。ただの踊り子でなく、その中身にこそ世界の命運が託されている。
──この判断、まあ妥当というべき処か。
「ふぅん……。アンタは、そないな受け方するんやな」
「ムッ? 当然ではないか。あの女は飾りに過ぎぬ、お前も良く知っておろう」
ディスラドの妖しい視線を真正面から跳ね除けるパルメラ。
これはどうでも良き脱線の話……。このパルメラを含め、綺麗処揃いのヴァロウズの女衆。ディスラドの目を拝んだだけで彼に堕ち往く者など独りもいない。
実はこのディスラドなりに少々悩ましく感じているのだ。
特にパルメラの艶やかぶりは、ヴァロウズ1と言っても良いと、この好色男は感じている。夫とこぶ付きであろうとも堕とす価値在り。
『この女が咲かせる華は、天翔ける華やかさに違いあるまい』
この男、やはり危険が過ぎる……。
「ふふっ……。アンタ意外と女の本質を知らへんのやなあ」
「何ぃッ!? それは聞き捨てならんな」
今度はパルメラがディスラドを見下す番。ディスラドには女性に嘲笑され悦ぶ趣味はない。
「ええか? 女はなあ、一度でも中に入った相手を決して逃さへん。レヴァーラがただの飾りぃ? 何故アンタの為に、女共が喜んで爆弾になるのか、まるで判ってないなぁ」
身長172㎝の女がにやけ面で詰め寄る。ディスラド程、高くはないが挑発で圧倒した。
「ふ、ふざけるなよ貴様ッ! 俺が女を知らんとぬかすかッ!」
ディスラド、これは赦せじとばかりに剣の柄さえ握る仕草。なれど魔女を相手に何故か抜くことが敵わない。
「ま、独りの相手で満足出来へんアンタには一生判らんやろうな」
殺気を放つNo2相手にあろうことか背を向け、さよならするパルメラである。ジオも「にゃ~ん」と白猫に化け直して後を追った。
◇◇
一方の此方は白いビルの屋上で毎度の様に風達と戯れるフィルニア姫。その隣、ベタ付く海風を鬱陶しく感じるディーネも居る。
偶然にもディスラドへ攻め込む以前の組み合わせだ。足元には仲良さげな双子の姉妹が昼食のサンドイッチを頬張る姿が映る。
それが視界の端に入ると「チッ」とディーネは面白くない表情での舌打ち。同じ景色が見えてる筈のフィルニアは気にも留めない。
ガシャンッ。
「──何だか僕、此処に居る理由判らなくなってきたよ」
屋上のフェンスを鷲掴みしながらディーネが今さらなことを吐露し始める。
「どういう意味だ?」
右手を風に翳しながら顔も見ずにフィルニアが返す。本当は相棒の言いたいこと、判っている悪戯なのだ。
「レヴァーラの下で働くことに決まってんじゃない。──そりゃあお金は余る程貰えるし、後は死にさえしなきゃ良い職場よ」
──みなまで言わせる気ぃ?
そんな気分で膨れ上がった表情のディーネが続ける。フィルニアとて同じ想いを抱いてるに違いないのだ。処で『死にさえしなきゃ良い』とは、かなりヤバい。
「私は風を操る能力を彼女から頂いた。その恩義……彼女が死ぬまで尽くすのが人の忠義だと思っている」
フィルニアとて同じ疑問を持ってこそいる。だけど『忠義を貫く』と本気の混じる嘘で誤魔化す。『彼女が死ぬまで……』という気になる含みすら残した。
もし仮にレヴァーラ・ガン・イルッゾが、この世から消えてしまえばディーネ処かフィルニアでさえ、此処に住まう意義を失う。
エルドラ・フィス・スケイルが人を裁くと宣言したのち消されたのと同様。うちの首謀者も同じ目に合わぬと一体誰が言い切れる?
そうなると実に身勝手ながら、二人があと縋れるのはファウナ・デル・フォレスタだけ。だがその当人が宿敵とイチャついている。
例え血縁と言われた処で、こればかりは腑に落ちない。
尤もこの二人や他の仲間達も同様、もっと可笑しなことを忘れ去っている。レヴァーラはファウナに取っての育ての親仇という過去。
「ムッ…?」
風使いのフィルニアが突然嫌悪の表情へ移り変わる。大好きな筈の風達が、異臭な煙を運んで来たのだ。
「ふぅ……」
「嗚呼、やっぱたまに吸う煙草は美味いな」
フィルニアの聖地と為してる屋上に、いつの間にやら音無しのジレリノと、煙草仲間のオルティスタが上がって来ていた。
ジレリノが吸う毎日の煙草を1本貰い、共に燻らせるオルティスタである。背丈が真逆な凸凹コンビ。
喫煙者の肩身は狭い。故に御仲間は自然と仲良しになるもの。但し屋上での喫煙を認めた気は毛頭ない屋上管理者のフィルニアである。
しかしそもそもこの場所、立ち入り禁止。寄って誰一人として、此処のルールを守れていない。
規則は守っていない、されどマナー違反してる気もないこの4人。
人が人を想う解釈とは何とも身勝手が過ぎる。
パルメラ・ジオ・スケイルが指摘する男女の勝手な振舞い……。
ファウナは、敵と仲良くしている……。
レヴァーラは、それを敢えて傍観している……。
他の連中もそれを咎めるには至れていない……。
或る意味誰にも罪は生じず、かと言って絶対的正義もないのだ。人間とは勝手な思想を押し付ける困り果てた生き物なのだ。