第157話 自堕落
双子の姉、ゼファンナの生い立ちを始めて知った妹のファウナ。母親へフォレスタ姓の成り立ちを説明した翌日。
ファウナは再び姉の部屋を訪れ、お盛んに乱れた部屋の清掃を、たった独りで始めたのである。
気の利くラディアンヌやリイナ辺りから『お手伝い致しましょうか?』といった提案を敢えて跳ね除け自分独りで埃を被る役目を買って出る。
まるで気にも留めない姉。相変わらずベッドの上で惰眠を貪る。そんなのお構いなしで家事手伝いに精を出す妹。ファウナ自身も家事は苦手、それでも黙々と熟すだけ。
ファウナ・デル・フォレスタは、本来姉妹が縁を深めるべき18年間という時間を全て棒に振るった。二人の姉妹に責任などない。世間が二人の仲を引き裂いた。
そんな理不尽な空白期間を埋めてやろうと息巻いている。母親との縁は異形だがどうにか出来てる。ならば次は双子の姉と取り持つ番。
ファウナ自身、正直これは青天の霹靂な行いだと思っている。今さら『私が姉よ』と押し付けられた処で、自分にはもっと大切な二人の姉貴分が既にいるのだ。
何故ファウナがこうもムキになるのか?
浮島防衛勝利の後、始まった『59日』という謎めいたカウントダウン。これが残り20日を切った。既にファウナは、この残り時間の意味を半ば理解している。
そこで寝転がってるゼファンナと何もしないで太陽を見上げるレヴァーラだけが、恐らくその内容を共有出来ている定め。
これが無を指した瞬間、折角知り得た血の繋がりが、ひょっとすると失われるかも知れない。ならば歯を食い縛ってでも、この20日間だけは家族で在りたい。
20日後、世間で一体何が起こり得るというのか──。
それは何てことない天体ショー、皆既日食。いにしえの時代、総ての源であらせられる太陽神がお隠れになられる凶事の日。
科学が進歩し、天動説が地動説。地球は丸いと皆が認識して以来、昼に訪れる夜を楽しむ刻に生まれ変わった。
これがディスラドと周囲を取り巻く人間達へ何かをもたらす予兆らしい。尤もこれをファウナへ語ったレヴァーラですら、あくまで『らしい』の域を出ない。
果たして賽の目はどう転がりゆくのか。こればかりは、その時が訪れるまで判りやしない。
ならばその根源らしきヴァロウズの元No2、芸術を爆発と履き違えた金髪碧眼の色男。ディスラドをいっそ始末すれば万事解決。
人間の意志とはプログラムのロジックの様に、軽々しく出来てはいない。
愛するレヴァーラがその日を待ち侘びている。それを未然に邪魔するなんて真似──この優しいファウナに適う訳がない。
「さ、起・き・て。もうお昼よ、着替えなさい」
着替えと手慣れてない昼食まで──用意周到が過ぎるファウナ。自分でさえ何もない日は自堕落していた。これではまるで押し掛け女房である。
「えぇ……私普段から自部屋では裸族なんだけど」
「え……嘘ン」
甚だ迷惑といった面構えのゼファンナが文句を垂れる。
──裸族って、裸同然ってこと?
当たり前が過ぎる妹の疑問。自分と同じ顔した女が部屋着は裸。飾り気のない下着でさえ、ゼファンナ流の礼儀だと知り、蒼い眼が点になる。
どうやら普段からの生活習慣であったらしい。これも心の病と捉えれるのか、或いは人それぞれの生き方と認めるべきか。
ファウナ・デル・フォレスタ、此処に来て様々な人を知り、少しは他人と気分を分かち合える大人に成れたと慢心していた。
よもや血の繋がった姉から新しい人種を知るとは思いも寄らなかった。
◇◇
「──ねぇ、アル……私達一体これから……」
此処に昼間の自堕落な裸族を謳歌している夫婦が居た。デラロサ夫妻、愛の巣である。夫の腕枕に抱かれつつ、筋肉溢れる頼もしき素肌の胸で指踊らす妻。
「判らんっ、俺の方こそ教えて欲しい」
同胞とはいえ最上で最後というべき仕事を妻から奪われるという意外なる結末。それでもアルはマリーの過失を責める気など毛頭ない。
けれど振り上げた拳を打ち下ろす場所を完璧に見失った。これがもしレグラズの仕業であるなら、遠慮なく等価の力で殴れば良いだけ。
しかし質が悪いことに可愛い妻ではどうにもならぬ。それにもう過ぎたる事だ。
マリアンダの言う通り、これからの身の振り方を考える時が来ている。身内の不祥事は片付けた。さらに仇も倒した。
デラロサ夫妻、劇団黒猫の所属理由を半ば逸した。何とも頭が痛い話。団長は、世辞にも正義の味方とは言い難き存在。
アレが圧倒的正義であるのなら、その一味として今後とも宜しくも面白きかな。されど元を辿れば悪の巣窟。
エルドラ・フィス・スケイルを始めとする、とち狂った元ヴァロウズ離反者を懲らしめるべく虎穴に入ったこの両者。
『まだディスラドがいるじゃない?』
モノ知らぬ外野はそんないい加減を口走るだろう。
『馬鹿言ってんじゃねぇよ、Meteonellaがいるじゃないか』
まあこれがそれなりの正答。覚醒者の天敵、Meteonella。あの黒猫がにゃ~んと鳴いたが最後。光の速さでケリがつく。
だから流しの軍人二人の出る幕など在り得ない。
「──の、筈なんだが、何ちんたらやってんだか判りゃしねぇ」
天井を眺めてふぅ……と一息つくアル・ガ・デラロサ。Meteonellaと黒い女神に森の女神。三拍子揃えば自分等は御払い箱。
されど『出てけッ! 良い加減手前の家くらい探しなッ!』そう言われる訳でもなく。だから二人して裸族で惰眠を貪っている。
これからも自分達を飼殺してくれるなら、現人神を護る騎士団を気取るか? はたまた今さら抜け駆けして愚連と化すか?
あまり後者は考えたくない。レヴァーラでなく、どうせならファウナ・デル・フォレスタへの忠義を貫きたいものだ。
だが……ゼファンナという仇すら飼い殺しを始めている。血縁の姉妹で在りながら、ゼファンナと轡を並べるのはゾッとしない。
「本当、どうすっかな……」
辞めた煙草を燻らせたい気分のデラロサである。