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第156話 天然なる母娘の語らい

 双子の姉、ゼファンナ・ルゼ・フォレスタの過酷な真実に精通(せいつう)してしまったファウナ。


 孤児院でごく普通の子供としての人生を歩むより、人殺しの巣窟(そうくつ)でも構わないから褒め(ほめ)(たた)えられていたい衝動(しょうどう)。それがゼファンナを突き動かす原動力であった。


 ファウナは御爺様の身勝手な期待を一身に背負わされる嫌がらせを受けていたが、深い森と自分の探求心が自由を与えてくれた。


 だからファウナ・デル・フォレスタは、ただの姉妹として対面することで、姉の気持ちをようやく自分の内に落とし込めた。


 それはそれとして──ファウナは話終えると、ゼファンナを強引に風呂へ突っ込ませた。姉妹水入らずで共に……そんな綺麗事は在り得ない。


 (そで)(まく)って自分の服を濡らしながらも、嫌がるゼファンナを無理矢理洗ったのである。世話の焼ける子供の面倒をみるかの如くだ。


 人は疲労が蓄積(ちくせき)し過ぎると、風呂や睡眠でさえ、苦痛を伴うことが在る。今のゼファンナが正にその状態。


 彼女は軍で大車輪の活躍をみせ、大いに労働した。然しその(かせ)から完全に解き放たれた今、自分が何をすれば良いのか判らない者へ転じた。


 ゼファンナが投降した際『お風呂の在る部屋にして頂戴』と要求したのが噓の様。仕事というのは逃げられず疲労が(たま)ってゆくもの。


 さりとてそれに(すが)って姉は生きていたのだ。失ってしまえば最後。働か()()者、働け()()者。その狭間(はざま)海溝(かいこう)の如く深く、そして判り合えない。


 然しゼファンナ・ルゼ・フォレスタとて、己の目的を見失った訳ではない。只今(ただいま)絶賛(ぜっさん)心がお疲れ(鬱状態)の為、身体が勝手に休暇を貰っているに過ぎない。


 ◇◇


 チャプン……。


「──で、詰まる処、ゼファンナが此処へ自ら落ち延びた理由は判らず終いという訳だな?」


 日付は変わり時計の針は午前2時を指す。


 母娘は、二人きりの入浴を楽しむ。ファウナは姉の身体こそ洗っておきながら姉妹で一緒に入るのは(こば)んだ。


 ──にも(かかわ)らず肉親であることを知ったレヴァーラは無条件で許容(きょよう)する。未だ恋人ゴッコの沼から抜け出せずにいた。


「ん、何て言うか私の方が今夜は此処まで聞ければ充分……って思ってしまったの」


 素肌(全裸)の肩を竦めて(すくめて)やれやれといった様子のファウナである。


 それを横目に母は優しみの笑顔。『それはお前が思いやりの心を知っているから』こんな声を掛けたい。けれど母親面出来る立場だとは思っていない。


「ガディン・ストーナーは本物(ファウナ)を諦め、(コピー)(すが)った。だがどうしても本物を手中に収めたかった様だな」


 長い自分の黒髪を(いじ)りながら、レヴァーラは話題を僅差(きんさ)にずらす。ゼファンナ当人の直接的話題でなく、彼女を操り人形に仕立てた老人の話へ流す。


 母親(レヴァ)の微妙なフリを聴き、今度は妹が濡れた頭を引っ()く番。


「う、うーん……私ってそれ程重要? 姉さんだって努力の(すえ)魔力(マナ)だけなら私を凌ぐ(しのぐ)存在になってたのに?」


 風呂の湯を白い手で掻き(かき)回す意味のない仕草。生まれながらの能力(スペック)こそファウナの方が勝っていた。


 しかしだからこそなのだ。森のエルフ達からの指導すら受けず、森の女神と(うそぶ)()の魔法を見ながら独自の解釈(かいしゃく)で成長した姉である。


 泥水を啜る(すする)様な真似事だったに相違(そうい)あるまい。ファウナは、姉の方こそ余程優れた人材だと本気で思う。


 ──レヴァとこれまで(はぐく)んだ禁断の間柄(愛だ柄)だけは、例え姉さんでも(ゆず)れないけど……。


 こればかりは理屈ではない、感情が成した想いだ。


 母の裸体を横目でチラリッ。年齢不詳のうちは『叔母さん(年増のババア)』と揶揄(やゆ)されていた。彼女自身、32歳(同い年)のアル・ガ・デラロサに対し『年上の女』と告げてた位だ。


 32歳の女性──美貌(びぼう)(そこ)なわれて往く様を諦めていないのならば、世間に充分通じる年齢。実際、本物の踊り子として(きた)え抜かれた体幹(たいかん)が、ボディラインの美しさを(たも)っている。


 その点、知識一辺倒(いっぺんとう)のファウナより、(かえ)ってレヴァーラの方が大人女性の魅力を十二分に発揮している。思わず赤らむファウナの(ほお)


「──ん? どうした。私の顔に何か付いているのか?」


「ななな、何でもない……です」


 娘の視線に気づいた母親。よもや自分(母親)の身体を隅々(すみずみ)見て、欲情しているとは思いもしない。ファウナ、目を(そむ)け鼻の辺りまで湯に浸かり下手に誤魔化(ごまか)す。


『付いているのは口元の艶っぽい(セクシーな)ホクロです』


 こんな間抜けた本音を実は言いたいファウナである。


「ええと……話を戻すね。ゼファンナ姉さんは、何らかの企み(たくらみ)が在った上で、投降したのは紛れ(まぎれ)もない事実よ。……ただ今夜は……ね」


 湯舟を泡立てながらファウナが呟く(つぶやく)。最初に話した通り、今日はゼファンナ姓を名乗る理由だけでも聞けて充足(じゅうそく)している。


 ファサ……。


 人二人分くらいの間を開けていた二人。


 何か言いたげな娘にレヴァーラが波を立てながらゆるりと距離を詰めて来た。鍛え抜かれた筋肉と(やわ)らかなる優しい脂肪が同居する胸でファウナを抱く。


 ファウナ──唖然(あぜん)。湯の暖かみと母親の温かみに(はさ)まれ、()()()(おか)しそうになる。レヴァーラの抱擁(ほうよう)、あくまで母の愛情表現らしい。


「──母さん(マム)、いえレヴァ……」


「ファウナよ、今の私は二人の母親。身勝手だと思われても仕方ないがな」


 ファウナがレヴァの胸の内へまるで自身を一体化させるが如く、埋め込んで往くのを止めない。母親に甘える娘というには年端(としは)が行き過ぎている。


 レヴァはレヴァで勝手が過ぎる。これまで幾度(いくど)マーダ(男の意識)(かぶ)を被って、若い娘(ファウナ)を大いに(たぶら)かした。


 今頃になって『今の私は実の母親(レヴァーラ)だ』そんな言い訳を押し通すつもりらしい。


「ファウナよ、これから私をどう扱うつもりだ?」


 母のふくよかな胸元が発声の度に揺れ、まるで心で直接語り掛けて来る様な錯覚(さっかく)。ファウナは、そのままの姿勢でこれに応じる。


「私は母さん(マム)に何も強要するつもりはなくてよ。私が勝手に貴女を止める」


 甘えん坊の割に生意気を言う娘である。レヴァーラがディスラドの元へ走る刻限(こくげん)は既に理解している。ならばその前に止めるのが一番楽だ。


 されどファウナは『強要しない』と自ら宣誓(せんせい)した。


 束縛(そくばく)をしない。

 味方へ密告もしない。

 レヴァーラが孤独に堕ちる真似を一切己に禁ずる。


「ふふっ──それはまた随分我儘(わがまま)で無茶苦茶なやり口だな」


 レヴァーラ、ほくそ笑む。彼女の毎度馴染(なじみ)な相手を嘲笑う(あざわらう)感じではない。娘の可愛げある方法を聞き、優しく微笑みかけている次第。


 世辞(せじ)にも頭の良いやり方だと()められない。──然しだ。


「如何にも()()のお前らしいな。実にファウナ・デル・フォレスタらしい」


 愛娘と愛する少女の混じるその頭を優しく撫でるレヴァーラ・ガン・イルッゾ。されど壮大(そうだい)な跳ねっ返りを浴びるのだ。


「え……だって私、とても虚ろ(天然)なレヴァーラ・ガン・イルッゾの娘なのよ」


 抱かれたまま目線だけ上へ向け『私の天然は母譲りだよ』と真顔で応えるファウナである。


 母はひとしきり驚いた後、口角を上げるだけの笑いではなく、貴重な吹き出し笑いでこれに応じた。この場で血の繋がりを実娘から指摘されては何も言えない。


「ふ、ふふっ、た、確かにお前の言う通りだな」


 (たま)らず肩揺らして笑う母。親の笑顔ほど子供に希望を湧かせるものだ。この笑顔を出来るものなら永遠にしたい。


 ──それは子供だけに(ゆる)される押し付けの想い(願い)なのだ。

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