第14話 人の能力Vs人の創りしモノの結末
アル・ガ・デラロサ大尉の駆る試作機、ED01-R。通称グレイアードは、所詮データ取りの試作機であった。
そして副長、マリアンダ・アルケスタがその隊長すら騙して掠め取った正式採用機。グレイアードをより一回り大きくしたスマートな白い機体。
マリーに『古めかしい2足歩行……』と言わしめた試作機と異なり、脚部スラスターに備え付けたジェット噴射によるホバリング移動すら可能としている。
その巨躯を活かし、もはや電磁銃でなく電磁砲台と言っても過言でない武器を運用し、連射すら可能であることを大いに見せ付けた。
これで敵を粉砕出来れば、連合軍此処に在りを全世界へアピール出来る。13年前に起きたシチリア事変もこれで解決。
これが実に適当な台本で有った事を彼等はこれから痛感するのだ。
「ハァァァァァァッ……クゥッ!!」
「や、止めろっ! 生身の人間に電磁砲の砲撃が切れるものかッ!」
輝きの刃という青白い光の刃を以って、アルケスタの撃ち込んだ2射目に自ら飛び込んだファウナ・デル・フォレスタ。
例え魔法の力と言えど、人の力でどうとなるものでない。
アルケスタは自分で掃討の一撃を放っておきながら、その痛々しさぶりに思わず回避を促すという道理の合わない行動を取った。
今にも消し飛んでしまいそうな金髪の美少女である。グッと堪えている悲鳴とも受け取れる声。
だが──果たして本当にそうなのか?
そもそも超音速の弾丸を目視した上で跳ね退けた第1射目の時点でどうかしているのだ。
そしてこの第2射目だ。これも視覚で追った人間が止めた時点で既に奇跡が始まっている。そのまま生身の彼女がこれに耐えている。
もう絶対的な科学論など吹き飛んだ処でのやり取りなのだ。
「ま、負けるもんかァァッ!! あの人に逢うまで決してェェェッ!!」
在り得ないことが現在進行形で起きている。人の力で粉砕など出来やしない大口径の弾丸に、僅かばかりだが、ひびを入れてゆくファウナ。
両親を失った絶望からくる自暴自棄の行動ではない。
4歳の時に自分の命を拾ってくれた憧れと再会を果たすという夢だけは絶対に捨てられないという宣言がその小さな背中を押した。
──そして遂に奇跡は起きた。
電磁砲の弾丸が木っ端微塵になったのである。
「はぁ、はぁ……」
同性ですら振り向く程、可愛く着飾っていたファウナの姿がボロボロである。長い金髪は散り散りと化し、青を基調し金の装飾を施した服装も焼け千切れていた。
杖を文字通り、身体を支える為の杖として扱い、ようやく立っているファウナである。しかし尊厳を決して失わない碧眼の輝きは損なわれてなどいない。
白い柔肌に小傷や火傷こそ負ってはいる。だけどファウナ・デル・フォレスタは、この試練に見事打ち勝って見せたのだ。
「どうだぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ファウナッ!」
「ウワァァァァァンッ! ファウナ様ぁぁぁっ!」
小さな身体を大きく仰け反りあたかもこの戦の勝利を掴み取ったかの如く、空へ向けて大声を張る。そこへ涙を散らしながら駆けつけるオルティスタとラディアンヌ。
この奇跡の情景を目の当たりにした連中に取って、敵や味方などという枷は完全に吹き飛んだ。独りの美少女が起こした奇跡に皆の心が動かされた。
少女の生んだ奇跡に対し、至る所で歓声が沸き起こる。
何しろアルケスタが放った銃弾が、もし4人を消し飛ばしていたのなら、同じ場所で争っていた連合軍の兵士達も同様に消し炭と化していたのだ。
自分等の命を拾って貰った事実だけ切り取っても、歓声を上げるに値する大金星だということだ。
──……今だ!
そんな最中に於いても作戦行動中であることを忘れていない執念の女が独り。視線だけで指示を送る。
先ずヴァロウズNo8のディーネが動いた。デラロサの乗機へ音も立てずに忍びよると、その機体へただ触れた。
「──おっ? おおっ!? ど、どうした俺様のグレイアードッ!?」
コクピットのありとあらゆる計器が急に異常値を示し、警報で一挙に騒々しくなった状況で狼狽えるデラロサである。
水温、油温共にリセット不能。もう機体を捨てるしかない。迷わず脱出装置を起動させた。
ボシュッという音共にコクピットハッチが吹き飛び、デラロサ当人もシート毎飛び出した。
これでグレイアードは行動不能。残るはアルケスタの乗機のみ。だが此方迄の対策は、策士のジレリノとてノープランなのだ。
何せ敵軍ですら想定外の出撃である。此方側に策の用意などある道理がない。1機目を片付けたディーネが一応全速で向かってはいる。
だが相手はホバリング移動が出来るのだ。それに1km先に居たグレイアードに向かった逆方向へ切り返す訳で、1.5kmを人の脚で折り返すには大量の時間を必要とする。
音無しで向かっているとはいえ、アルケスタの目と最新鋭機の感知センサーを誤魔化し切れるものなのか? こればかりは情けないが天に祈るより他はない。
しかし此処でアルケスタの目が捉えたのは、大変意外な人物であった。
「な、そ、そこでアンタは何やってんだよっ!」
音を消せる能力が在りながら、心の声が漏れる悪い癖を敵の武闘家から指摘されていたジレリノの叫びだ。この作戦遂行にあたっては、だんまりを決めていた。
それにも関わらず、とうとう震えた声を上げてしまった。それは仕方のないことだ。自分達の王様であるレヴァーラが大胆にも窓を蹴破って飛び出して来たのだ。
「黒髪を結った女ッ! アレが13年前の首謀者!!」
これにアルケスタの乗機のセンサーが反応を示すのは当然のことだ。最後の最後になって落とすべき最大の相手が出現したら、全ての注力が注がれるのも無理からぬことである。
けれどこれでもディーネが届く迄には未だ時間を要する。
「お、お願いオルティスタ! わ、私をあの白い奴まで思いっ切り投げ込んでぇぇッ!!」
「──ッ!?」
満身創痍である筈の妹分がぶっ飛んだ要求を投げてきた。だがフォレスタ邸を強襲されて以来、この娘の行動に不正解は0%だ。
もぅ考えているゆとりなどない。小さく屈んでか細いファウナの腕を取り、一本背負いで投げ飛ばした。
幾ら体重が軽いといえ、オルティスタの負担が異様に軽過ぎた。それは必然である。ファウナの躰には未だ重力解放の効力が残留していた。
何なら自力で宙を舞うことすら出来ると彼女は思った。しかし空中戦を知らないのだ。で、あればいっそ届けて貰うのが早道と考えた。
「──『輝きの刃』……そして『戦乙女』!!」
飛ばされながら再び青白き光の刃を展開する。加えて戦乙女とは術者の能力を何倍にも底上げする強化の術だ。
空飛ぶ精霊の如く機敏に動き、なおかつ北欧神話の主神オーディンに仕えし最強の乙女であるワルキューレを模したその姿。
これで現代兵器の粋を極めたものへと、17歳の少女が強襲を掛けるべく空を駆ける。
加えてレヴァーラという親玉に気を取られ、この奇襲に対する反応が遅れたアルケスタである。
最上級武器である電磁砲で斬り結ぶという以外の選択肢しか選べなかった。斬る得物に撃つ得物で応じる。これ程愚かしい行為はない。
電磁砲の銃弾すら破砕したファウナの輝きの刃が、見事敵機最強の攻撃手段を斬って捨てた。
「や、やった……」
「グッ!? お、おのれ小賢しい真似をッ!」
その手応えにグッと拳を握って自らの戦果に魂を滾らすファウナ。一方、未だ戦いの手段は在ると次の手段を講じようとしたアルケスタ。
此処で連合軍からの閃光弾が3発上がる。自らの初戦に敗北を認めた瞬間であった。