第154話 救われない最期
レヴァーラ・ガン・イルッゾが実の母親として、娘ゼファンナを利用された怒り。世界を破滅寸前まで追い込んだ軍の鬼将──ガディン・ストーナーの行いを糾弾した。
それを聞いた妹ファウナ・デル・フォレスタ──。レヴァの愛を独り占め出来ない……当然の事実を受け容れられない己の強欲に涙した。
『──これまた不思議な事を言う。塵は幾ら増えた処で塵でしかない。私は進化するであろう人間達を篩いに掛けているのだよ』
ガディン・ストーナーという無力な独りきりの老人が、現人神と祀り上げられてるレヴァーラ神へ、未だ上からの物言い。神と対等を張れてることで昂っている。
『それこそ異な事を口にするものだ。貴様にそんな権限が在るというのかこの俗物ッ!!』
マーダ、実は此方とて耳が痛い。他人の身体を借りた仮初が神を語り、神に相対しようとする愚者を裁こうと言うのだ。
パチンッ。
『──ファウナ……済まない』
無線を全回線から直通へ切り替えた上でのレヴァーラからの謝罪。二枚舌で敵の大将と大いに舌戦を繰り広げてる者とは別人の如き力無き声が、ファウナ機の操縦席内に響く。
『母さん?』
操縦席に涙を擦り付けてたファウナの顔色が変わる。母親が自分にしか出来ない頼み事をする。手の平返しで傾聴するのだ。
『恐らくこやつの仕掛けは真実。ならばおいそれと派手に爆発させる訳にはゆかぬ。……手伝って欲しい』
デラロサ隊長から聞いたED01-Rの真下に仕掛けられたという爆発物の話。
こんな気狂いならやりかねない。大事な味方をこんな愚者と巻き添えだなんて到底容認出来る訳ない。
『今やこの隊列、私はおろかデラロサのものですらない。残酷だがファウナ、お前が指揮を取れ。9番目と10番目に言の葉で伝令するのだ』
レヴァーラ、自分には指揮する資格がないと敢えて言ってのける。それを知った上、順列で呼称する軽薄。
『──わ、判ったわ』
涙を袖で拭いながら従順たる兵としての応答。流石天然のファウナ、切り替えが早い。
『後はアル・ガ・デラロサ大尉の本気に全てを賭けよう』
戦場に於ける経験値豊かな大尉であれば、敵機を爆散させず殺ってくれるに違いない。正直な話、自分はおろか誰にでも頼めそうなトドメ。
──されど此処で引き金を引くべきはアル・ガ・デラロサであるべきだ──
御膳立てを整えてまでそうすべきだとレヴァーラは断定した。人の造りし意志を持った人工知能……押し付けの気遣いという人間じみた判断。
▷▷アノニモ、ジレリノ、貴女達にしか出来ない仕事を依頼する。やって頂戴。
風の精霊達が暗殺者の女と罠使いの耳元で囁き伝える。我々のファウナは御願いではなく命令を告げて来た。
音無しのジレリノ機。応答なしで人工知性体入りのアンカー付きワイヤーを射出。但しストーナー機を切り裂く為ではない。逃走出来ぬようグルグル巻きで拘束した。
艶消し黒のアノニモ機──もう……居ない。
ED01-Rの天井、景色に溶け込み影無き場所から影の様に出現する。両刀の刃すら黒い。
ザシュッ!
影使いのアノニモ、面目躍如。敵のED01-Rの操縦室ハッチだけを斬り裂き中身を剥き出しにした。
中身、慌てふためくかと思いきや意外なる冷静沈着。まるで斬首を望む侍の如き出で立ち。やはり覚悟を決めていた。
向かい側の同じく中身なアル・ガ・デラロサ。既に拳銃の準備は終えている。後は嘗ての友の眉間に狙いを定め叩き込むだけ。
大層贅沢なる檜舞台を味方は拵えてくれた。思わず苦笑したくなる程に。しかし葬送るのは友であり、恩人である人物。笑ってなどいられない。──手が震える。
パキュッ!
バキューンッ!
これはどうした事であろうか。銃声は二回、地下基地内に鳴り響く。同時だが銃声がまるで異なる。見事ガディン・ストーナーの眉間を捉えた。
涼し気な笑顔の老人の死体、ライフルの一撃による勢いで己が機体の操縦室に叩き付けられ跳ね返る。機体の外へ押し出され、憐れ床へと頭から落ちた。
「──マリーッ!? お、お前何てことをッ!!」
驚き身を乗り出して後ろの蒼白い機体を見やるデラロサ。漂う二つの火薬の匂いと薬莢が落ち往く音。
アルがマリアンダと視線を合わせる。まるでアルケスタ少尉時代の冷たき視線が跳ね返す。どさくさ紛れに自機の操縦室ハッチを開き、昔ながらのライフル銃で狙撃手を完遂させた。
「大尉……失礼ですが貴方には正直出来ないと確信しました」
冷たく言い放つマリアンダ・デラロサ少尉。後で夫からどんな咎めを受けても構いやしない。
──アルが自身のケジメとして司令官殿を葬送る?
何故か愛する女性として許容出来なかったマリーなのだ。何とも可笑しな感情だと他人は思うかも知れない。
──嫉妬。マリアンダの今の気分を一言で片付けるとするならこれだ。
仮に夫が司令官殿の首を刎ねたとしよう。夫は生涯、罪の意識で苛まれるのが目に浮かんだ。そんなものを大事な夫に残留して勝手に逝くなど、妻として到底赦し難い。
その点アルケスタ少尉の仮面なら『さよなら』さも平然に邪魔者だと消せると思った。
愛の形とは何ともし難い。綺麗な映画の様に『主人公:アル・ガ・デラロサ』というテロップを流す訳にはゆかない気分。
寧ろマリアンダ・アルケスタ少尉と悪役呼ばわりされた方がしっくりくるのだ。
恐らくガディン・ストーナー自身も一番好きだった元部下の介錯を望んでいたことだろう。最後の最期、思わぬ伏兵に足元を攫われた格好。
その涼し気な末期の顔、彼は果たして自分を葬送ったのが愛弟子でないと気付いているのであろうか。今と為っては誰にも判らない。
『──任務完了。全機、撤退する!』
声を震わし隊長としての任を貫くデラロサである。戦争に情は無用の長物、彼自身が一番良く理解していた。
終始無言で隊長の命に従う特殊空挺部隊。完全に掃き溜めだけと化した軍最高の機密基地を這い出るEL97式改の群れ。
参列者の殆どがこの葬儀で見送る者のことを良く知らない。人付き合いで不意に冠婚葬祭へ呼び出された者達の気分など、たかが知れてる。
母艦であるチェーン・マニシングが化けた白い竜に無事帰還を終えた。
後始末はこの母艦のお仕事。高く空へ舞い上がった後、アビニシャンが示す基地最深部へ向け、巨竜の息よろしく、最大出力の荷電粒子砲による光の筋を浴びせた。
ガディン・ストーナーが自ら用意した棺桶と火葬場。連合国軍最強最後の基地、何ともあっけない幕引き。地上に巨大な花火が咲いた。
──第12部 混沌と入り混じる敵味方の思惑 完──




