第152話 散り際の講習会
レヴァーラ・ガン・イルッゾが相棒リディーナの閃光を使い、傷ついた愛娘に代わり、先陣を切る覚悟を決めたその頃。
アル・ガ・デラロサ大尉は、敵基地の最深部にて在り得ないものを目撃し困惑の極みにいた。
「──ば、馬鹿な…ED01-Rッ!?」
連合軍が人型兵器の試作機に着手した際、構想段階から例え招集されずとも首を勝手に出してたこの男が見間違える道理がない。
ED01-R、通称グレイアード──。
合計3機は完成したとデラロサは聞かされた。されど自分の細い碧眼で確認したのはたったの1機。元自軍のバルセロナ基地で大層可愛がった奴だけである。
自分の知らないED01-R。まるで亡霊でも見てるかの様な違和感。EL97式より約4m小さなボディ。
狭苦しい基地内、加えてホバリング移動を活かしきれないEL97式に比べ、意外なほど凛々しく、そして様になっていた。
パチッパチンッ。
『まさかッ! そいつに乗っているのはガディン…ガディン・ストーナーかッ!』
デラロサ隊のみ許容する無線回線を全回線へ切り替え、自分の機体で指差すデラロサ。質問してる割に搭乗者を断定していた。
ズダダダダッ!!
返礼代わりの頭部バルカンが火を噴いた。人型に戻っているデラロサ機の足元を舐める様にワザと外す。
『ふぅ……全く以って信じ難い乗り味だよこれは。よくもまあこんな居心地悪い機体で、あれだけの戦果を残したものだ』
褒めているのか、それともけなしているのやら……。讃えているには違いないが、歯に何か物が詰まった様な物言いである。
ジャキッ!
デラロサ機が左腕部の超電磁銃をガディン機へ向ける。隊長自らこの火器を扱うのは実の処、異例の動き。大抵はマリアンダなど他の味方に任せていた。
『おっと、そんな物で此方の真似事は止めてくれんかね。私の足元には大量の爆薬が仕掛けてあるのだ』
両手を挙げおどけるガディン機。仮に虚言だったとしても効果抜群。『司令官殿に引導を渡すのは俺様!』と吼えていたが、こんな自爆テロ的な殺り方。デラロサには許容し難い。
『ソイツの基地内運用の優位性を、今頃ンなってこの俺様に説こうって随分御親切じゃねぇか、アアンッ?』
ED01-Rの専門家であるアル・ガ・デラロサ様に身を以って講釈とは片腹痛いにも程がある。
AI戦闘機、地雷、爆弾と来てからの老人が操るED01-R。
骨董品のオンパレードながら『巧く扱えば如何ようにも出来る』かなりどうでも良い指導を見せつけられた感じ。一際気分を害したデラロサである。
ウィーン。
何とデラロサ、この状況下で操縦席のハッチを開け放つ。無防備を大いに晒す。
「最後の最期までくっだらねぇ芝居打ちやがるッ!!」
操縦席ハッチを解放したまま無線不要で文句をぶつけるデラロサ。
ガディン機にこれは真似出来ない。何故ならED01-Rは機体後方へ操縦席が迫り出す形になるからだ。
バシュッ、ヒュン。
右手甲の上からアンカー付きワイヤーをこれ見よがしに繰り出すデラロサ機。この兵装もED01-Rには存在しない。
ズダダダダッ!
自機を拘束しようとするアンカー付きワイヤーを頭部20mmバルカンで見事撃ち落としてみせるストーナー。中々どうして動きが良い。そして此方もEL97式にはない装備。
ズダダダダッ!
『何だとッ!?』
デラロサのEL97式改の頭部から、在る筈のない30mm機銃砲が撃ち出され、ガディン機の頭部を瞬時でハチの巣と化した。
「追加装備って奴よッ! すっかり頭でっかちになっちまったな、このクソ爺ィッ!」
リディーナが行った改修直後、兵装になかった頭部バルカン。デラロサが頭を下げて『これだけは譲れん』と依頼した次第。
当初リディーナ博士はその申し出、乗り気でなかった。ただでさえ変形機構で頭部が機首に化けるのだ。爆発されては元も子もない。
『随分酷い事をする……ED01-Rは、もう君に取って愛しの機体ではないのかね?』
新しく、然も良く出来た女へ乗り換え済の元部下を煽るストーナー。
男は愛車を良き相棒と取るか、或いは愛しき彼女に仕立てるか?
何れにせよ自分の乗り物を擬人化する無駄を美徳と思い込む、愚かな風習と言えよう。思い通りに動いてくれれば『お前の御陰だ』と独り悦に浸るのだ。
「こっちにはなぁッ! 本物の魂が乗っかってんだよ、そんな人形と一緒にすんなッ!」
デラロサが自分の心臓を親指で差し、『俺様のED01-Rは此処に居る』とぶちまけた。
◇◇
「──じゃ、じゃあ行くわよ『閃光』!」
レヴァーラ専用機でありながらリディーナの蒼い輝きにより覚醒を呼び覚ます。
猫背で下を向いた姿勢のレヴァーラ機。ホバリングでなくファウナの重力解放で天井ギリギリの宙に浮く。単眼の中に秘めた瞳孔が緑でなく蒼で命を灯す。
ガシャンッ!
レヴァーラ機の両脚部が上向きに開き、そこから黒いナイフ2本が飛び出す。この動きだけならオルティスタ機と同じ武装。
だがその後、ナイフ2本の動きがまるで異なる。勝手に宙を舞い、レヴァーラ機を恒星とみなし衛星の様にせわしく周回し始める。アテネ戦での1本は同じ動き、今度は2本だ。
『フフッ……良かろう、実に馴染んで心地良い。──アビニシャン、何か気になる物を見つけ次第、その全てを此方へ送れッ!』
『──え……あ、は、はいッ!』
不意に振られて一瞬戸惑うアビニシャン。彼女、未だ正式にレヴァーラ配下に落ち着いたかといえばそうではない。にも拘らずレヴァーラの有無言わさぬ命令にすっかり気圧される。
──う、くぅッ! お、お願いだから一刻も早く終わらせてぇッ!
リディーナの声にならない悲鳴。全身の骨と肉がバラバラになりそうな凄まじき苦痛。レヴァーラ独りの我儘全てが彼女に押し付けられている。
しかしどうしたことか──リディーナ、普段なら周囲を弄り快楽を得る所謂ドS。それなのに痛みさえも超越しそうな昂ぶり。
『ハァハァ……──ンンッ!? な、何コレぇ、な、何か来るぅ!!』
──わ、私が独りで閃光を使ってもこうは感じないのにぃ!?
自分が着装している戦闘服を通し、普段とまるで異なる気分へ気を抜いたら堕ちそうな危うい領域。
──こ、これは……お、恐らく私がいけないのよ。レヴァーラへ私からの想い。そ、それが戦闘服を通じてこんな形に!
自然、リディーナの息が荒々しさと妖しみを帯びる。彼女は大層迂闊な自分に気付いていない。無線で熟年女性のあられもない声を仲間達へ大いに晒してるのだ。
ブツンッ!
最早見兼ねたレヴァーラ、無線のスイッチを切る。此処でレヴァーラ当人が、自分の犯した辱めに漸く気付いた。
──き、聴かれたぁ!? 皆にぃ!? 何よりあの子にぃ!?
全く以って戦闘と関係ない処で独り破廉恥ぶりを露呈した。然もそれさえ手遅れとなれば寧ろ欲情に溺れ、助手席にもたれかかり涎すら垂らす。
相棒は見て見ぬふりをするだけが、せめてもの情けである。正直僅かばかり憐れんでいる。レヴァーラ自身も想定外の結果なのだ。
「──征く」
ボソリと一言呟くレヴァーラ。其処で力さえ与えてくれれば、後は勝手にやるだけ。
アビニシャンからの伝令を受けた先々へ2本のナイフを操り糸でもあるかの如く、悠々自適に飛ばして魅せる。
仕掛けられた爆弾だろうが地雷でも関係ない。起爆する物自体でなく、そのきっかけのみを悉く瞬時に潰して征く。
実母の本気を見せつけられ、若い娘は己の微力加減を思い知るのだ。黒いEL97式改が進軍する度、哀れな塵が転がってゆくのが見えた。