第151話 何とも身勝手な生き物
同僚で在り、信頼出来る上司で在り……何より、心許せる友であった。
何とも身勝手な生き物──それが男である。
自らの人生を納める鞘を度し難いほど欲する癖に、心底通じ合える同性の友人との酒盛りを中毒患者の様に止める気がない。
アル・ガ・デラロサ……30代前半という男として人間として、成熟手前の助走区間な年頃。対するガディン・ストーナーという二回り以上歳の離れた頼れる存在。
ガディンはアルという若者へ、期待と希望を余す処なく大いに注いでくれた。一方アルは、若さという勇気をガディンに与えていたと未だ自惚れていたい。
それは敵味方として離別し、これから恐らく永久に死別するであろうこの瀬戸際に於いても不変の想いと為りて抱え込むのだ。
『おおっ、レグラズッ! 乱れ撃ち、良くやってくれたッ! 最ッ高の仕事だぜッ!』
いつもなら『事務方ッ!』と馬鹿にするレグラズ・アルブレンを珍しく褒め千切るデラロサ隊長。
敵基地のハッチから抜け出ようとする敵側のEL97式改をレグラズ機による集中砲火が爆砕した。
どうやら搭乗者不在で爆弾だけ抱えた敵機が紛れていたらしい。
ハッチが誘爆により、二度と閉じれぬただの大穴と化した。そこへ飛行形態の優位を存分に活かし、デラロサ機が単独で本拠地へ飛行したまま突っ込んで往く。
『──アルッ!?』
『幾ら何でも無茶が過ぎるわ!』
妻マリアンダの夫の身を案じた声が虚しく響く。ファウナに取っては、だいぶ無鉄砲だが歳の離れた良いお兄さんに為りつつある。
未だ何が潜むか不明な軍の本拠地へ、部隊編成を態々崩して単機で乗り込む隊長らしからぬ無謀な行為を誰も止める術を知らない。
ズダダダダッ!!
余り物の敵機が頭部20cmバルカンを狼狽えながら、未だ基地の外側に居るファウナ達へ向け撃ち込む。もう誰を狙っているのか定かでない危うい撃ち方。
何とも異様であり、なおかつ異形の存在。EL97式は内包する武器を基本排除した、暴発を恐れた故に。この敵機、頭だけが最早懐かしきED01-Rという次第。
恐らく余り物同士という単なるニコイチ。そんなゴミ同然の存在であるにも関わらず、頭だけでもあの漢が心血注いだED01-Rだと思うと、攻撃を躊躇う各機。
──ッ!?
特にマリアンダ機が金縛りにあったが如く活動を停止する。
同乗者のアビニシャンが、マリーの動転からくる心拍の乱れを察したものの、こればかりは如何ともし難い。
『ハァッ!』
この亡霊を帯びた敵機の頭部へ回し蹴り一閃。怪しき敵機の首を飛ばし、ただの部品に戻したラディアンヌ機。よろめく首無しのさらに上部から、踵を墜として沈黙させた。
流石、精神修業の研鑽ぶりが並外れている女武術家。これしきで気の迷いなど起こしたりはしないのだ。
『──『輝きの刃』』
金色のEL97式改と言えば、超電磁銃から光の刃を生やした姿が通常形態の体を成していると言って過言でなかろう。
『征くのかファウナよ?』
もはや聴くまでもない質問を、娘へ投げるレヴァーラである。
母の心境──全く以って不謹慎だが危険を冒すくらいなら、いっそ同士討ちも止む無き事だと切り捨てたいのが本音。
『ええ、危険だけどやるしかないわ。私がこの輝きの刃を伸ばして活路を切り拓く──チェーン! 面白くないだろうけど外の守りをお願い!』
重力に逆らいながら先陣を切るファウナ機。その金色を色とりどり、見た目大変艶やかなEL97式改達が緊張の面持ちで後追いの敵基地侵入。
まるでサーカス団の様な華やかを以って、異能者達による人型兵器の一団が連合国軍最後の砦を墜とすべく、討ち入りの瞬間である。
白い巨大竜であるチェーン・マニシング、そのままの姿で待機を仰せ遣った。他の外に居座る敵兵が秘密基地ごと一網打尽──そんな寒々しい台本を阻止する為だ。
「応ッ、任されたッ! 行って来いッ!」
『み、皆様どうかご無事で……』
相も変わらず無線要らず、ドでかい声のチェーンである。味方はこれから敵地で隠密を企てる故、本来静寂に見送るべきもの。この雄々しき声で敵を威嚇しているつもりらしい。
逆に静寂の中。両手を重ねて天に祈るはア・ラバ商会の女性社員、リイナ。彼女がその姿を取るといよいよ聖職者の出で立ちに見える。
先頭を往くファウナ機が早速輝きの刃で造った白蛇を床や天井、四方に這わせ、何か仕掛けがないか入念に調べながら前進する。
それにしても広い通路が奥まで見える。EL97式改の身長を考慮してるのだろう。15m程の高さといった処だ。
此処を夫は飛んだままの姿で慌ただしく通り過ぎたに違いない。自分達が牛歩の進軍に思える妻の苛立ち。
──ハッ!?
『駄目ッ、ファウナッ! そこへ触れてはいけないッ!』
アビニシャンの神秘的な碧い瞳がカッと見開き、何かを感じた。少女みたいに甲高い声を、咄嗟に無線へ載せファウナに届ける。──が、時既に遅し。
ズガッ! ズガーンッ!!
『うッ!? こ、これは地雷源!?』
通路の高さに達する火の手と煙がすぐさま上がる。ファウナ機へ届く程の爆発。左腕ごと超電磁銃が消失した。まるで自分の腕を喪失したかの如く、愕然とする森の女神。
『う、迂闊過ぎたわ……まさか最大限まで伸ばした輝きの刃に届く地雷だなんて……』
訓練された警察犬の様に己の前を探らせ進めば問題ないとタカを括っていたファウナ。AI戦闘機よりさらに骨董の極みである地雷何て塵にやられるのは想定外。
余りにも幼稚な仕掛け。地雷の火薬量を増やしただけ。地雷──核兵器同様、旧世紀からの底辺なる遺産で在りながら実に厄介な代物。
唯一救いなのは、これがたった今、爆発したという事実。先行しているデラロサ機が無事だという何よりの証拠である。
近頃の戦闘に於いて成功率が上昇志向だったファウナ。石橋を叩き過ぎた結果、自ら壊した様な屈辱。いっそEL97式のホバリング移動に頼り、宙を浮いていたなら回避出来たかも知れない。
『──この先罠づくしってんならやっぱ俺様が……』
空迷彩のジレリノ機が甘ちゃんのファウナに代わり先頭へ躍り出ようとした瞬間。銃色の鈍き輝きを散らすレヴァーラ機がそれを制した。
『いや──何しろもう時間がない。我自ら露払いをさせてくれ』
時間がない……この基地殲滅作戦で気に掛けるべき制限時間が在るとは思えない。
あの冷徹なレヴァーラ・ガン・イルッゾが仲間の安否と、それを一刻も確認したい妻のじれったい気分を汲み取り『時間がない』と名乗り出た。
「リディーナ、そういう次第だ。お前の分、我が使わせて貰う」
「ええ……ま、まあそうなるわよね。良いからサッサと終わらせて頂戴」
何度も言うがレヴァーラは既に閃光を使い切った。実の処、身体中が悲鳴を上げている。彼女の言う『お前の分』とは同じ機体に乗るリディーナの分。
相棒の閃光を機体に流し、自身の力として自由に振舞う。そんな手前勝手な事すらやれるらしい。
正直リディーナは乗り気でない。戦闘服の力を全開にしてヴァロウズのNo2、ディスラドへ体当たりをかました時でさえ、全身が酷い痛みに包まれ、3日は動きたくなかった。
それでもこの愛すべき同僚、一度言い出したら最後。他人の話に耳を貸さない女だ。
仲間の為、首領自ら雑魚相手を買って出る優しさを持った。されど『我が正しい、我こそが道』頑固一徹の方はさらに磨きがかかった様だ。