第148話 人して最期の抗い
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタとその取り巻きであったEL97式改で編成した特殊空挺部隊。
これを指揮・先導していた地下に暗躍する敵軍基地を殲滅すべく、チェーン・マニシングが化けた巨大なドラゴンを空母として運用する手段を講じたアル・ガ・デラロサ特殊空挺部隊。
ついこの間ギリシャ・アテネを墜とされるとアドノス島のフォルテザが丸見えになる。ファウナが案じた場所。ロシア南部とカザフスタン北部国境線付近。
その上空をチェーンが通過しようとした処、地上から見覚えのある蒼き光がファウナ達に向かって放たれた。
「──ククッ、隠れても無駄とでも悟ったか? 軍司令部、もう少し利口な連中だと思っていたがな。それにしてもファウナ、こうも予想が的中するとは。その目、やはり未来視出来るのではないか?」
ファウナの予想をさも楽し気に褒め称えるレヴァーラ。尤も国境線何て探すのが無駄に思える程、景色の変わらぬ荒野が広がる。
地上から撃って来たのは間違いなくEL97式改に天斬の人工知性体を繋いだ機体。
本物の天斬同様、蒼い光を収束した刃。これを剣の柄から分離、光線の様に飛ばす攻撃に相違ない。
「あくまで単なる予想よ。それよりまさかあんな玩具だけで私達と本気でやるつもりかしら?」
ファウナは、けんもほろろな感じで適当に母の発言をあしらいつつ、Meteonellaの後部座席へ素早く乗り込む。
浮島戦の時は同じEL97式改だったので辛酸を舐めさせられた。だが対エルドラ・フィス・スケイル決戦兵器であるMeteonellaなら話は別。
覚醒した人工知性体を探索、暴走を促し殲滅させる黒猫の力。覚醒者に取って忌むべき存在。天敵と言って過言でない。
それは人の肉体と魂を失った人工知性体だけであっても同様なのだ。ナノマシンのプログラムを暴走させるだけ。やることは何一つとして変わらない。
レヴァーラの『閃光』とMeteonella自体を操るファウナ。この二人の女神の同乗が不可欠という点だけ。今回は全条件が出揃っている。
増してやあんなに低い地上から撃たれた処で蚊が刺す程にすら感じない。
チェーンに乗騎したままMeteonellaの背中に在る羽根達4本を地上へ飛ばし、天敵機とエルドラ機さえ葬れば、基地殲滅はデラロサ隊に任せれば良い。
「──捕捉された!? 何処から?」
ズガガーンッ!!
「グッ!? 痛ってな! 何しやがるッ!」
自分の身体にミサイルを浴びせられ文句を言う巨大空母。チェーンは人間であることを周囲の者は、相変わらず忘れそうになる。
ヒューーンッ!!
「AI戦闘機による特攻ッ!?」
「ククッ……遂に形振り構わずだな」
ミサイルが直撃し怯んだ処、無人の戦闘機が此方へ突っ込んで来るを感知したリディーナ。
然も1機に非ず。ステルス状態で周囲を旋回していた20機程が惜しみなく放たれ弓矢の如く雨霰。まさかこの期に及んで古臭い戦闘機で自爆行為とは想定外。
そして地上からは狙撃手の様に蒼き光を撃ち込んで来る天斬機。成程、こうも四方八方では少々面白くないものがある。
それに白い巨大竜と化したチェーンは、余りにも小回りが利かな過ぎる。
「舐めるなあッ!!」
「これは撃ち落とし甲斐があるってもんよねッ!」
安直に飛んでくる標的など閃光を使うまでもないとばかりに背中2門もバズーカ砲で迎撃するレグラズ・アルブレン機。超水圧銃を使い熟すNo8のディーネもそれらを墜とそうとする。
ガッ! ガガガッ! ガッ!
「ぐぅっ!?」
「よ、よもやその手が?」
戦慄の走る効果音。自機が何かに穿れ、声でない悲鳴を上げゆく。
全ての戦闘機が特攻して来るのかと思いきや、1機だけ白い竜の下へ潜ってしまった。
──間違いない、間違い様がない。
悪夢の残り香というべき存在は、EL97式改でなくAI戦闘機に載せ替えられていた。確かに宙に漂よってはいない星の屑。だがチェーンの巨体と自分達がせっせと運んで来たのだ。
「な、何故だ?」
「何で此奴等当たらないのよッ!?」
先程ただの戦闘機など迎撃すれば良いと判断したレグラズ&ディーネ機。敵戦闘機が寸での処で躱してしまう。AIの為せる技術にしては余りにも出来が良過ぎる。
星の屑による攻撃を受けた事で照準がズレているのか? それにしても1発すら当たらないとはどうしたことか。
ブンッ。
『──やあ、レヴァーラ・ガン・イルッゾ率いる皆々様方。ようこそ私の基地圏内へ。私が此処の総司令『ガディン・ストーナー』だ。以後、お見知り置きを』
リディーナが索敵索敵用に見ているモニターのみならず、デラロサ隊各機。さらにMeteonellaのモニターにさえ、ガディン・ストーナーを名乗る初老の男性が映し出された。
『司令官殿ォォッ! 手前散々俺達をコケにしやがってぇッ!』
アル・ガ・デラロサ大尉が見知った顔を拝んだ途端、モニター越しの司令官に喰らい付かんばかりの有り様に変わる。
『やあデラロサ君、そしてマリアンダ君。遅ればせながら御結婚おめでとう。素晴らしく泥臭い結婚式だった。実に君達らしくて観ている此方も楽しめたよ』
一応昔の同僚二人に御挨拶。意外なほど屈託のない笑顔。たまに顔見せする親戚の叔父的な態度。
『アンタを御招待した覚えはねえんだがなッ!』
『そう寂しいことを言わんでも……第一あの式の御膳立ては私達がしたのではないかね。私とて君達夫婦の未来に於ける幸せを心底願っているのだ』
昔の上司に無遠慮なデラロサ隊長。軍で最も……いや唯一尊敬してた存在が、底辺と化し今では敵の大親分。然も自分達を売って得た地位。
そして伊達眼鏡を外し、拭きながらいつもの悠長さで勝手に続ける。
『──随分大々的に私達へ天罰を下すと二人の女神様に宣告されたからね。人間代表として最大限のおもてなしだよ』
二人の女神の人間として認める気がないという煽り文句。加えて散々滅してきた人間の代表者とさえ嘯く傲慢ぶり。
『EL97式改部隊で得られた貴重なデータ。総てAI戦闘機に連動させて貰った。地面をうろつく人型より余程都合が良い』
EL97式改をAIで完全自動にするのは手間も時間も足りない。何しろEL97式改を至高の兵器と為し得るにはゼファンナの助力が不可欠。
然も敵は巨大な白い竜に騎乗し、堂々空から防空圏内に攻め入って来る。
ならば軍とて同じ空で歓待するのが礼儀というもの。薄ら笑いの司令官、余裕の解説。
「──ファウナァァッ!! 地上は後ッ! もう一度奴をこの地上から消すッ! ──『閃光』ッ!」
いつになく気合の乗った声でレヴァーラが実娘に叫ぶ。
「Yes……My Mum.Meteonella、Target lock.Eldora・Fiss・Scale」
「──ッ!?」
黒猫の操縦席に座ると毎度、端末の様に変わるファウナの声。心なしかいつもに比べ人間味を帯びてる気がする。
それとなく傾聴していたリディーナが自分の聴覚を疑う。軍人が上官へ敬意を払い使う意味での『Mum』なのだろうか。
そう言えばこれまでとは違った意味に感じられる二人の間柄。案外、真実なのかも知れない。
敵の司令官に神扱い──人として認められなかったファウナとレヴァーラ。今この二人、人間の繋がりとして絶頂に在るのだ。