第147話 6番目の竜による導き
恋人達の情から母娘の愛情へ移り変わったファウナとレヴァーラ。
何れにせよ縒りを戻したという意味では同じ。いや寧ろ強固な絆と化したのかも知れない。
そんな二人のみならずアル・ガ・デラロサ隊長率いる特殊空挺部隊が、揃い踏みにて晴れて空からの作戦へ討って出ている。空挺部隊として本来の役目が巡って来た。
しかし乗っているのは輸送機ではない。
何とも雄大なる白い竜──12m級のEL97式改を複数積んでもまだ余る。それ処かリディーナの創造した最大級の黒猫、Meteonellaさえまとめて輸送しているのだ。
普通空想上のドラゴンには鋼より硬い鱗が在ったりするもの。この白いドラゴンの硬さは意味合いが異なり過ぎる。
EL97式改やMeteonellaの様な機械としての硬質ぶりを披露していた。
もうこの竜の正体は伝わったであろうか?
ヴァロウズのNo6、生き物なら何にでも化けられる能力という、1実験辺り1つしか得られぬ能力を過大解釈した自由人。チェーン・マニシングが化けた姿だ。
これまで現存する生物をモチーフにすれば変身出来た彼女。巨大な白狼、シャチ、犬鷲と確かに自在ではあった。
しかしファウナ・デル・フォレスタから無邪気に『コレに成れる?』と振られた際、流石のチェーンも一度小さな少女に返り、口をあんぐりさせた。
22世紀──未だ生存確認出来ていない未知の生物。これに大化けして輸送機ですら運べないMeteonellaも一緒に運んでくれと笑顔。
この初の試み、チェーンの想像を遥かに超えた創造に挑まねばならぬ。されどチェーンはやはり自由で在った。
よくよく思い返せば15m級の白狼や犬鷲が既に空想上の存在。ならばとばかりにファウナに見せ付けられた竜の絵を創造へ転化。見事超巨大輸送兵器が完成した。随分無茶苦茶な話である。
このやり口、もっと以前に思い付いていれば浮島の一戦などさぞや楽だったかも知れない。
ただあの際は、結果あれで正解?
アル・ガ・デラロサ機&マリアンダ機による暗中狙撃。加えて同じく暗雲の中からファウナ先導による犬鷲チェーンがゼファンナ隊を撃った。それが勝利に結び付いた──と言えなくもない。
何せ今回、この図体である。隠密だなんて言おうものなら世界の笑いを誘うであろう。
地上から見上げる者共がその雄大な姿の影に入る度、歓声や悲鳴が上がる。出撃の折、ファウナはレヴァーラ、リディーナ、リイナへ相談を持ち掛けた。
『いっそ大々的にやっちゃわない? 我ら二人の女神が世界を混沌に陥れた軍に天罰を下す……ってね』
この開き直り……まあ同意せざるを得ない。どうせバレるが必定。あと気になるのは敵がいつ如何にして迎撃するか?
現状敵の主力の最右翼として想定されるのはエルドラ機による星の屑攻撃。
しかし浮島の際、ディーネが地面を凍結させただけで封印が成功したことを鑑みるとだ。星の屑とは普段、宙には居らず、地面の上で惰眠を貪っている。
だとするなら地上2500m辺りを悠々飛んでいる此方に届かない可能性が高い。
あとこれは語るまでもない。敵のEL97式改がゼファンナ・ルゼ・フォレスタの助力なしに空を駆けるのは有り得ない。
それ以外でレヴァーラ達へ攻撃が届きそうな兵器。衛星軌道上からのレーザー射撃か、はたまた時代遅れの大陸間弾道ミサイル。
まあどちらが飛んでこようが同じ事。
この生きた超巨大輸送兵器が竜の息よろしく荷電粒子で薙ぎ払うのみ。理不尽此処に極まれり。
ただ恐らくその全てが敵に取っては禁じ手なのだ。
地下に潜みし秘密基地。撃った傍から素性が周りに知れる。では他の連合国からの牽制はどうだ? これも総じてアテに出来ない。
まだゼファンナがファウナの名を語り、余剰なる基地だけを潰してる分にはアテに出来た。さりとて今やこの秘密基地は浮島以上の爪弾き者扱いである。
要するに彼らは連合国軍史上最大の兵力を保持していながら独立愚連隊へ転じた。他の軍はレヴァーラ達へ牽制を掛ける処か手助けしたい位である。
「──全く、ファウナ様の想像力。開いた口が塞がりませんね」
これは作戦に同行しているア・ラバ商会のリイナの発言。
竜と化したチェーンの背中には、チェーンが創造の際、ファウナが与えた知識を元に製作した格納庫と地上を見下ろせるキャノピーすら用意されている。
寄って美麗なるリイナの長い銀髪が強風になびくことはない。
「もう本当に冗談じゃないわ。チェーンの変形には流石の私も及ばない。それは良いのよ。だけどこれは反則過ぎない?」
リイナの愛人代表リディーナが少し文句を垂れる。こんなふざけた巨大兵器をただの創造だけで開発&製造されてはエンジニアとしてお役御免だ。
「──やはり本気を出せばチェーン・マニシングがヴァロウズ最強なのではないか? 尤もそれを引き出したのはファウナだけどな」
チェーンの一応次にランクインしているNo7のフィルニア・ウィニゲスタが紅い髪に手櫛を入れつつ、相変わらずの好い声で二人の会話の間に入る。
「どうかしらね? 大気使いの貴女ならドラゴンの舞う気流を乱す台風を呼べるのではなくて?」
「フフッ……それは流石に買い被りが過ぎるというもの」
もういよいよリディーナがチェーン相手のみならず、異能者全てに対し匙を投げたい感覚なのだ。
一方、苦笑を禁じ得ないフィルニアであるが実の処、満更でもない気分もある。
もういつでも雷雲を呼び、自機のタービンを回す嵐を起こせる。後は規模の問題。出来るか出来ないか? でなく、やるかやらないか? 冷静な彼女である。無駄にそんな馬鹿はしない。
「しかし今さらだが良くもまあ此処まで荒れ果てた大地にしたものだ。あの軍の連中、此処まで力を誇示したかった理由は何だ?」
ゼファンナ隊の一方的戦闘により、文化を消された焼け野原。それを空から見つめながらフィルニアが誰に問いてるのか判別出来ない怒りを告げる。
「判らないわ。最大の戦争犯罪人が笑って相手にしないのだから……」
リディーナがチェーンの目から引き出した映像を索敵しながら呆れ顔で応じる。そのゼファンナだが独り、アドノス島の基地へ置き去りにしている。
出撃する際、No10のジレリノが『そこから1歩でもお出掛けしようもんなら、膾に斬られた美少女が出来上がるぜ』と脅してみせた。
部屋の入口に見えない糸のワイヤートラップを仕掛けたと堂々教えた。
ゼファンナが本当にその気になれば入口の罠を切って堂々脱出すれば良い。魔法を取り上げられてもそれ位出来そうなもの。ジレリノの言葉、実は相手を試す虚言。
入口の罠を例え切った処でその後にも無数のワイヤーが在る。尤もそれさえも如何にかしてしまいそうではあるが、敢えて恐怖を先に植え付ける罠使いの巧妙な仕掛けなのだ。
『しないわ、そんな面倒なこと。私良い加減疲れちゃったの。此処の方が御飯も美味しいし余程マシよ』
ゼファンナ・ルゼ・フォレスタは、あっけらかんとそう答えた。やはり何を企んでるのか危ういものだ。
「ムムッ!?」
竜のチェーンがその目で地上の蒼い不自然な輝きを見つけた。口を軽く開き火力弱めな荷電粒子でそれを難なく撃ち落とした。
「──まさか? 馬鹿なの!? 本当に向こうから撃ってくるだなんて!」
同じ映像を観たリディーナが呆れと驚きの入り混じる気分を吐露した。