第145話 思い描いた不死鳥と真なる再会
ファウナ・デル・フォレスタとレヴァーラ・ガン・イルッゾ。
二人の女神を擁する神都と化したフォルテザより、そう離れていない神不在の巨大なるエドル神殿。元ヴァロウズ、爆発と芸術をこよなく愛する金髪碧眼の男。ディスラドの居城である。
此処に不死鳥を呼び出したいが為、居候している同じく元ヴァロウズのNo4、パルメラ・ジオ・アリスタとその息子である獣人ジオが居るのは周知の事実。
パルメラはあの地獄の再実験の最中、己が望む炎の鳥を拝むことは出来た。──が、肝心な詠唱の文言を作するのに苦心していた。
何せ彼女は古代インドの神々に連なる力を引き出す神聖術士。古来伝承からなる不死鳥の出処はエジプト神話。
己が神の存在を信じ抜いているからこそ、他の神様による力を創造にするのは猶更難易度が跳ね上がる。
「あ、アカン……。1文字も書けへん」
嘗てNo6のチェーン・マニシングが破砕した跡であろう巨大なる岩の破片。これを机に見立てたパルメラ、岩肌の上に身体を伏せて難儀していた。
インド神話で思い浮かぶ神鳥と言えば月並みだがガルーダ辺りか。然しながらヒンドゥー教と捉えてしまうと始末が悪い。何しろ定まりし制約がなく無限の解釈が存在し得る。
寄ってパルメラ・ジオ・アリスタがヒンドゥーの教えから創造しようとしている不死の鳥。これは砂漠の中から一粒の砂金を探し当てようとする程、埒の明かない作業である。
「母様……。もう3日も寝てない。余り無理をしては駄目ニャ」
まるで自分をふかふかの毛布と為したが如く、その愛しい背中を温めようとするジオ・アリスタ。此処は男子らしく格好良く決めたい処。けれどどうにも抜けぬ猫語が腹立たしい。
されどそんな可愛い息子だからこそ、母は勇気と希望を底なしに貰えるものだ。自分に腹を立て俯くジオを見ながら悪い知りつつクスッと笑うパルメラである。
「ありがとうなぁ……ほんまにジオは優しい子やで」
何もない──けれどもこの子が居る。その事実だけでパルメラは充分過ぎる程、既に与えられている。
ゴクリッ。
母親の愛情と変わりが居ない美しさに思わず唾を飲むジオ少年。男に『初恋のお相手は?』と聞くのは野暮な女の理屈。
男子はこの世界に産み落ちたその日から最初の女性は決まっているのだ。ただくだらない自尊心がそれを受け止められないだけだ。
息子のジオから見てもパルメラの美麗さは筆舌尽くせぬものだ。そんな女が相当な無理を自分に強いてる。少年がどうにか漢の顔を覗かせたくうずうずしている。
「か、母様っ! 母様みたいな素晴らしい術士に僕みたいな未熟者が物言うは大変失礼ですが!」
自ら声を励まし面と向かって意見しようとするジオ少年。母が優しい顔を手向けて此方を見ている。顔が赤らみそうだ。
「母様には母様だけの不死鳥が生み出せると僕は思います。こう言っては失礼ですが所詮伝説上の鳥。母様が初めてになれれば、それが世界の真実になるのです」
無我夢中──自身の想いを声に乗せるジオの一言。その当然過ぎる発言、暫く戸惑いを隠せないパルメラである。だけども直ぐにハッと見開く。
そして愛しい我が子を抱き締め、こう告げるのだ。
「せやな、何でそないな簡単なこと、気付きへんかったんやろ? せや、ウチだけの不死鳥を生めばええんや」
母の大変無邪気な愛情表現。大層戸惑うジオ・アリスタ。小さな躰をジタバタさせつつ抵抗を試みる。高熱を出したみたく余計に赤みを帯びる。
これまでインド神話の神々の力を解釈し、数々の術を輩出したパルメラが純然たる術の本質を忘れていた。
そうなのだ、実の処、術という存在など在りはしない単なる妄想の産物。魔法使いも場末の魔術師とて皆同じ。
世界をあっと驚かせたく、頭の中を巡りに巡る妄想を如何に表現し得るか? 答えは余りに単純過ぎた。彼女自身が夢見た不死鳥を形にするよう現界するのだ。
後は吟遊詩人の如く、想いを詩に描けば良いだけ。まるで急に論文の正答が浮かんだ受験生の様に、ペンが気持ち良く走り往く。
「──で、出来たでぇ」
呼吸さえも忘れた様な勢いで書いた不死鳥の召喚呪文が遂に完成。パルメラ、会心の笑み。数え切れぬ数多なヒンドゥーの神々より、我が子の教え一つで全てが出揃う。己が神は目前に居た。
未だ不死鳥召喚が完成をみた訳でもないというのに、終わった様に浮かれるパルメラであった。
◇◇
ファウナ達、フォレスタ三姉妹が三毛猫亭にて三女の頑張りを労う会を密やかに行ったその明くる深夜2時頃。
レヴァーラ・ガン・イルッゾは孤独なベッドの上で独り、項垂れていた。
自分もあんな風に仲の良い友達としてファウナと触れ合えたなら──胸中に空いた穴を如何にして塞げば良いのか途方に暮れる。
「──今夜も恐らく眠れぬだろうな」
自部屋の天井を見つめながらレヴァーラが寂し気に呟く。ディスラドの真実をファウナに話して以来、世辞にも良いとは言い難い浅瀬の眠りが続いている。
コンコンッ。
──なっ……そ、空耳であろうか。
眠れぬ目を驚きで見開き自室の扉を見やるレヴァーラ。
コンコンッ。
諦めの悪い2度目のノック、間違いない。こんな夜分、我の部屋を訪れる無粋な輩は独りしかおらぬ。
「……(鍵は)開いている」
一言だけ返すレヴァーラ。まるで『入っていい』という許可をしてない様な言い草。
ガチャッ……。
やはりそうだ。
いつもの白いネグリジェ姿のファウナが廊下に立っている。何を考えているのか不明な無表情。
此方も『入るよ』などと一言も触れず、勝手にズカズカ上がって往く。
そこまではまだ良かった。
何とファウナ、あろうことかレヴァーラのベッドへ理不尽にも潜り込んだ。そして対処に困るレヴァを他所にシーツの中でこう呟くのだ。
「────母さん?」
レヴァーラが自分の聴覚機能、いや五感全てに疑念を抱く。
自分の思い描く幻を見ている?
或いは既に自分は眠りに落ちている?
「私の母さん……何だよね?」
ガッバ!
母さんと呼ばれた女が感情入り混じり過ぎた歪んだ顔でシーツを捲る。躰を小さく丸めながらも此方を蒼き瞳で真っ直ぐ見つめる少女がいる真。
「──い、何時気付いた!?」
「……い・ま・だ・よ」
ある程度の自信を以ってカマかけしたファウナである。まんまと乗せられた実母。
ファウナの応答を聴き、「フゥー……」と溜息を零し掌で自分の顔を拭う。そして自らと我が実娘にシーツを被せ、後ろから抱き締めた。
「ふぁ……ファウナ…。何て馬鹿な娘、お前それを知ってなおも、こんな酷い私に付いて往くつもりでいるのか?」
もう実母の涙腺が壊れて止めようがない。今日これで何回目の号泣なのか、もう覚えていない。
しかし今日の昼間、自分が双子を仕方なく捨てた底辺なる母であることに気付いて以来、流す涙と質が異なる。
「わ、私はぁ! どんな言い訳をしても足らぬっ!」
「──ッ」
「14の時──まだ名を決める処か、顔さえ見せて貰えず……相手の男が産まれ立てのお前達を何処かへ連れていってしまったのだっ!」
涙交じりに声を枯らしながら懺悔する神を捨て去りし女。
これが当時ただの踊り子であった少女が二人の娘の母親となったにも拘わらず、何もさせて貰えなかった言い訳の正体。
恐らく底辺の父親は、子供を欲しがる金持ちへ商品として売りに行ったに相違なかろう。結局直ぐには売れず、施設が預かる事となった流れ。
フォレスタ家の先代に見初められたのは少し後の話であり、世界の底辺を彷徨うだけの踊り子には知る由もない経緯である。
さりとて今となってはどうでも良い、如何にもならない話。此処から先が最重要だ。
ファウナ、本日オルティスタに続き、二度目の熱籠りな抱擁を受けている。
腕力だけなら長女の方が上。けれども実母の抱き締めには抗えない別の何かを感じる。それも決して気分を損ねるものではなかった。
「──そ、そりゃあ流石に恋人同士って訳にはいかないわ。だけどね……」
「──?」
昼間に続き、またしても胸中で口をモゴモゴさせるファウナである。真の意味で再会を果たした母娘。様々な想いが清濁泡立っているに違いない。
「──だけども母娘の愛で良ければ私は喜んで受け容れるわ。……こ、これで答えになってるかしら?」
ファウナ、母の胸内で顔を挙げてさも恥ずかし気。無理からぬこと。18歳にしてようやく真の母親と交わす愛。母につられて溢れ出る純な涙。
ファウナ3歳の頃から憧れていた踊り子様の顔が皺くちゃに歪む。
「ファウナァァァッ! アァァァァッ!!」
孤独以外何もなかったレヴァーラの部屋を装い新たな幸福が包み込む。
しかし二人、気付いていながら敢えて触れてない話題が在る。何故、姉ゼファンナがフォレスタ姓を名乗っているかという奇実だ。