第144話 ラディアンヌ・マゼダリッサ(女性/24歳)の主張
傷心のファウナを実姉よりも立派に励まし受け容れるオルティスタとラディアンヌの二人。
そんな仲睦まじさを遠目に見ながら意気消沈の奈落へ沈むレヴァーラ。彼女、一体何に気付いてしまったのであろう。
「──えっと……後29日? まだそんなに在るのぉ!? こんなとこに独りで居たら腐っちゃうじゃないッ!」
謹慎室という名の監獄で、ただひたすら怠惰な毎日を送っているゼファンナ・ルゼ・フォレスタ。腹いせに枕を投げる。
浮島の一戦の後、連合国軍総司令とレヴァーラが揃って発言した69日。これがどうやら約残り1ヶ月を切ったらしい。
このさも意味在り気な言葉、一体何を指しているのだろう。ゼファンナの言い草から察するにそのXdayまで彼女は敵地潜伏が正しい選択肢。
魔法使いの命というべき魔導書代わりのペンダントを奪われた現在の彼女に、妖怪眼鏡拭きはどんな期待を抱いてるのやら……。
「あぁぁぁッ! 何か楽しいことないかしらッ!」
ベッドの上、子供の様にジタバタ暴れ散らすゼファンナである。こういった素行を一摘みしただけでも精神年齢は、実妹であるファウナの方が余程上に感じられる。
──そうだわ!
▷▷ねぇ、アンタ今何してんの? たまにはお姉様に差し入れの一つでもしなさいよね!
突然の邪魔が妹の耳へ舞い込んだ──。
物凄く不機嫌面のファウナである。よもや宿敵のゼファンナからメールを飛ばす様な気軽さで、風の精霊術『言の葉』による連絡を受けるなどとは思いも寄らない。
処で過去にも精霊術なら詠唱がいる代わり、魔導書等の媒体を見る必要がないという説明をしたが、この術も例外ではない。
──で、あるなら他の精霊術をゼファンナが注文すれば、容易に今の拘束を突破出来そうである。さらに付け足すとファウナとて、その位の事、お見通しで間違いあるまい。
「──ファウナ? どした?」
とても怪訝な顔をしている三女を見てオルティスタが気になり声を掛ける。フォレスタ三姉妹は今、ファウナの景気付けという建前により、三毛猫亭で豪勢なお茶をしている最中なのだ。
苺たんまりなクリームパフェに興じるファウナの手が急に止まったのである。尚、オルティスタ姐さん、またしても昼間からソルティドッグを既にグラス3杯目。
「──ゼファンナ姉さんから連絡が入ったのよ。態々精霊術を使って何言い出すのかと思ったら『たまには差し入れ寄越しなさい』……本当最低! 信じらんない!」
膨れっ面で固まるファウナ。やはり魔法を使ったという由々しき筈な事態には目を瞑る様だ。こんなくだらない用事を自分へ投げる圧顔無恥が信じ難い模様。
それを聴き、頭を抱えテーブルで伸びるオルティスタ。ラディアンヌも唖然。因みに次女はティラミスを菓子パンでも食べる様な気軽さで頬張ってる最中である。
「い、一体どういうつもり何でしょうか……」
無論ラディも呆れている。ただ同時にこうも感ずる。
──お姉様の天然ぶりは妹以上という訳ですか。本当に凄い双子……。
心の中でそっと押し留めつつ、ティラミスと共に胸中へと流し込む。次女の甘党ぶりも大概である。それこそ何処に付いているのやら。
「知らないわ、考えたくもない」
再び苺を唇に放り込み始めるファウナ。姉に応答する気は粉微塵も在りはしない。
「ファウナ……その余り話をしたくない存在の事を聞きたいのだが」
流石の長女もこれは実に切り出し辛い空気である。けれども話をするには絶好の機会。ファウナがレヴァーラといざこざが在ったとするなら、この話題に他の邪魔を入れたくないのだ。
「ゼファンナは、何企んでんだって話でしょ?」
ファウナは敢えて先んじて話題を口走る。──正直面倒いという圧を掛ける為の子芝居。折角浸れていた良い気分が実姉の所為で台無しである。
「わっかんないのよ私にも正直な処。今さら此方へ寝返る訳ないしね」
ゼファンナの投降──やはりファウナとて気にしていた言い草。今を楽しみたいから、その話題は触れたくない。それもあるがどうやら本当に判らない様子。
「世界をあれだけ滅茶苦茶にしたのも、今さら私の方へ擦り寄って来る理由さえもよ。悔しいけど全然見えないからごめんっ!」
ファウナ、『ごめんっ!』と謝る勢い任せにオルティスタのグラスを横取り、残りを一気に飲み干す。
「そ、そうか。いや俺の方こそ済まん」
頭を下げ陳謝するオルティスタ姉貴。ファウナは知ってることを、意地悪で黙ることはしない。寧ろ判らなくて苛立ってる一番手なのだと思い知る。
「無粋ですよオルティスタ。今はあんな人より急に別れを持ち掛けてきたレヴァーラさんの話の方が最重要です」
長女の酒豪もさることながら、次女の甘党も度が過ぎている。御洒落スイーツを頂くのにナイフはおろかフォークも殆ど使わず2口、3口程で皿の上から消し去るのだ。
そして何よりゼファンナの事もだが、レヴァーラ話をぶり返すのは、かなり余計な御節介という奴だ。
「ら、ラディ……それこそ禁句」
ダンッ!
今度はオルティスタがラディアンヌを止める番が巡って来た。しかし飲んでいたジャスミンティーの入ったカップで、悪酔いした客の様にテーブルを叩いた。
──ラディアンヌ・マゼダリッサ、彼女の酔い処の在り処が最大の謎かも知れない──。
「いいえこればかりは決して譲れませんっ! あれ程ファウナファウナと言い寄っておきながら突然何なのです! 私絶対許せませんっ!」
他の客や店員が騒然と化す。その位大きな声を張った上でのラディアンヌの主張。まあファウナ親衛隊会員No1(自称)の彼女に取って、これは由々しき事態。
ファウナ様御本人が憧れてるので、ラディアンヌはレヴァーラに道を譲ったのだ。にも拘わらずッ! そういう次第だ。
「ら、ラディ……わ、私フラれただなんて一言も……」
これには慌てふためくファウナ様。きちんと事情を話せてない自分が悪い。レヴァーラが目指す先を聞き、ファウナの方が断固反対した故の決裂劇。
ガタッ!
「ええそうでしょうとも! こんなに可愛らしさ満点のファウナ様を嫌う人いる訳がない!」
遂に席を立ってしまったラディアンヌ、魂の主張。身内話がマゼダリッサ弁論会に様変わりした。
「ま、まま、先ず落ち着いて座れ」
アルコール依存してる女がドン引きする程、素面で突っ走る甘党。慌てて肩を掴みソファへ落ち着かせる。周囲に対する軽い謝罪も忘れない酒酔い也の礼儀作法。
しかし此処で酔いが覚めた姐さんがふと思い直す。そしてファウナの座るソファの隣へ不意に詰め寄る。
「な、何? こ、今度は何なの!?」
窓際へギュッと押し込められファウナの方も大いに焦る。
「いや……良く考えてみりゃ此奴の言う通りなんじゃねぇの? そんな気がしたってだけさ。──お前の大好きなレヴァーラをもう本当に止められないのか?」
「へっ?」
今度はファウナが顔を紅潮させる番。『お前の大好きなレヴァーラ』などと言われ意識せずにいられない。アルコールが回っただけで赤くなった訳ではないのだ。