第143話 黒い"女"神の方の過去
レヴァーラ・ガン・イルッゾから実の処、見限られたファウナ・デル・フォレスタ。しかし例え片思いの狭間に落ちようとも敬愛する女性を最後まで見届けると決心したのだ。
それは傷心の内に秘めた覚悟であるのは必然。
男の前では『レヴァーラへの好きを貫く』と啖呵を切ったファウナであるが、それは未だどこか心を開き切れていない相手だから見栄を張れたとも言える。
アル・ガ・デラロサに限った話ではない。元ヴァロウズ組やフォルテザに居る他の仲間達に対してもそれは同じだ。
本心では心許せる相手の胸中で涙を流して甘えたいお年頃。今、それすら枯れてるだけに過ぎない。
「──ファウナッ!」
「ファウナ様ぁぁぁ!」
フォレスタ三姉妹の姉貴分二人、長女オルティスタと次女ラディアンヌから不意に声を掛けられ蒼き瞳を見開くファウナである。
「ど、どうしたの2人と……うわっぷ!?」
呼び掛けてきた姉二人へ、金髪を揺らし振り向くファウナ。用件を聞こうした傍からオルティスタの豊かな胸に小さな顔を挟まれ雁字搦めにされてしまう。
「どうもこうもねぇよお前……レヴァーラと絶対何かあったろ?」
増々抱き寄せる腕に力を込める長女である。これでは聞かれた処で、応えを紡ぎ出すゆとりがない。
「な、何でも……ない……わ」
胸に抱かれ言いにくいのもあるが、兎も角ファウナの歯切れが悪い。絶対何かあるを匂わす言い草。
「……ほ、本当にそうなのですか?」
歯切れの悪さなら此方とて負けていないラディアンヌ。長女の胸奥を覗き込む。
可愛い妹を独り占めしてる長女がかなり羨ましい。けれどその包容力に自分は至れない。因みに抱擁と言っても胸のサイズの話ではない。
「え……? えと……あ、あれ? ちょ、ちょっとこれ何ぃ?」
長女の次は次女にも喰いつかれたファウナ。抑えていた感情が知らぬ間に込み上げて来る。
勿論今でも大好きなあの女。もう嫌でも心根に浮かんでくる黒い影。自律神経が壊れた? ファウナがそう思える程、瞳の堰が溢れ、流れ往くものを如何にも許容出来ない。
「ひっく、な、なんで、わっ、私また泣いてっ……るのっ……」
心から頼れる姉二人に見せる嗚咽混じりなボロボロファウナ。彼女は自分の想いに気付ける余裕がないのである。
フォレスタ邸を半ば追い出されるその以前から、オルティスタとラディアンヌだけが親しき姉であり友でも在った。
三姉妹で愛しの踊り子様を探し当てた。身体も歳も自分よりずっと成熟してる姉達は、レヴァーラへ恋焦がれっぱなしな自分の味方を続けてくれた。
家族同然──いやそれ以上、自分に取って切り離せない存在。けれど余り身近に居過ぎる者へ、人は愛情を忘れがちになる。
レヴァーラ・ガン・イルッゾというファウナに取って憧れの絶対的な存在。ついそちらへ目が囚われがちになってしまうのは当然の帰結。
しかし如何にも往くアテが失われた今、無条件で身体を寄せてくれる者への有難みを頭でなくて、同じ身体が教えてくれた。
「──ファウナ、やっぱり辛かったんだな。気付いてやれなくて悪かった」
長女が三女の涙を優しく拭いてやる。ようやくオルティスタの呪縛は解かれたのだが、次はファウナの方から追い縋る。
涙を拭くべく中腰になり不安定だった長女。ファウナに泣き付かれ、不覚にも尻餅をついてしまった。
甘えるファウナに押し倒された格好のオルティスタ。男に押し倒されたのはいつ振り? 女に至っては……あ、居たなあ昔と思わず勝手に苦笑い。
なおも密着を続ける二人を見てると、最早辛抱堪らぬラディアンヌである。
三姉妹の総まとめ役を務める要領で自分を抱擁の間に捻じり込ませた。加えてどさくさ紛れにファウナの綺麗な金色を撫でる。
「わ、私レヴァにフラれちゃった。──ううん、違うわきっと。元々私の独りよがりな片思いだったのよ」
ファウナは頼れる姉二人に散々涙を零した処、幾分落ち着いたらしい。辛い涙を如何にか笑顔に変える。二人だけに見せる顔。
嬉し恥ずかしな気分のオルティスタである。但しファウナが肝心なるレヴァーラとの経緯を未だ話そうとしない。
──まあ……そんなものどうでも良いさ。此処にお前が元気で居れば、後は何も要らない。
改めてファウナとラディアンヌという甘えん坊二人を優しく抱え、微笑みを浮かべるオルティスタである。
◇◇
「──くッ? な、何を今さら迷っている?」
此処にもう1名、孤独そうな面持ちで別の草葉の陰から見ている黒髪の女性が居る。
哀れなことに此方には背中を押してくれる者などいない。無論、自分で踏ん切りをつけることなど出来ようもない。
レヴァーラ・ガン・イルッゾが黒い女神などでなく、ただの寂しい踊り子として三姉妹の様子を窺ってるのだ。
彼女の欲しいもの──それは聞かれるまでもなく総てだ。その傲慢で身勝手な有り様。自分でも痛い位、頭では理解している。
しかし何というか……理解という形だけで言い表せない別の想い。
絶対神に成ろうというのだ。いっそファウナ処かレグラズにしても、好きなだけ引っ張り上げて自分の物にしてしまえば良いだけ。
堅物のレグラズは兎も角、あのファウナであれば、そんな形だけの愛情表現すら受け容れるに違いないのに……。
仮にレグラズならば神の力に任せ、押し倒せば良いだけだと思う。しかしそうまでして自分だけのモノにする気などまるで起きない。
そんな行いがつかないから、今こうして孤独の旅路を歩んでいる。
特にファウナ──森の女神、優秀たる魔導士。そんな肩書なぞすっ飛ばし、ただの少女を馬鹿の様に溺愛したいだけの熟女が未だ首をもたげている。
──あの娘の事を想うだけで、何故こんなにも胸が張り裂けんばかりに苦しいのか?
──これ程欲しいと判っていながらディスラドに於ける野望話を馬鹿正直に何故語ったのか?
あの話を適当に流してさえいれば今でもファウナを躊躇なく独占出来てる筈なのだ。それ程二人の愛は深みに堕ちてた。
「──この想い……我でなく、この身体自身の願いなのか? お前は一体何だと言うのだ……レヴァーラ・ガン・イルッゾ?」
自分の胸を押さえ、訳の判らぬ自問自答。目頭が熱くてもう我慢の限界。目を閉じ涙に抗いながら自分の胸に手を当てレヴァーラとしての過去を見つめ直す。
─────ハッ!?
レヴァーラが翠眼を閉じる抵抗を諦めた。寧ろ目を見開き驚く。
ポタ……ポタポタ、ポタポタポタポタッ。雨の降り始めが如く、格納庫の灰色だけの床を湿らせて往く。
「わ、判った……な、何もかも。し、知らなかったと言え……わ、私は何て酷い人間なのだ」
マーダの意識に取り憑かれる以前、ただの踊り子だった彼女。本当に無力でただの踊りだけでは日々の生活でさえ難しかった。
踊りは上手いが若く身寄りのない少女時代。下衆な輩が悦ぶ踊りを付ければ、それなりのものは得られた。その代価に様々な想いをすり減らしていた。
ファウナとゼファンナ、そして14歳の頃から指折り数えて思い返す。余りに哀しい辻褄が邂逅した。




